第234話 パンドラの箱(前編)
翌日。
午後二時に病院前で待ち合わせをした、星華、緑依風、奏音。
昨日は結局、夕方まで緑依風の家に居続け、作曲の宿題も奏音に楽譜への書き方を教わりながら、星華がほぼ自力で終わらせることができた。
残りの宿題はあと三つとなったため、今日もお見舞いを終えたら一つずつ片付けるつもりだ。
治療のため、六月六日を最後にずっと会えずにいた親友の亜梨明。
月に数回、家族と共に面会していた奏音とは違い、星華と緑依風は約二か月半以上ぶりの再会となるのだった。
亜梨明のいる病室前に辿り着くと、星華も緑依風もワクワクとした気持ちで、扉が開く瞬間を待つ。
奏音がノックをして「入っていい?」と聞くと、亜梨明の「いいよ~!」という元気な声が聞こえてきた。
ガラッと引き戸を開けた瞬間、「わ~っ!!」と星華と緑依風、亜梨明が同時に歓声を上げ、両手を広げ合う。
病院らしい、白い部屋と白いベッドの空間にいる亜梨明だが、その姿は以前とは比べ物にならない程健康的で、最後に会った日には青白かった顔色も、ほんのりピンク色になっててツヤツヤだ。
「みんな〜!会いたかった〜っ!!」
亜梨明は、ベッドの近くにやって来た緑依風と星華に順番にハグしながら、きゃっきゃと、はしゃいだ声を出している。
「久しぶりだね亜梨明ちゃん!改めて、手術成功おめでとう!」
「ありがとう緑依風ちゃん!」
「相楽ママが日記に写真載せてくれてたけど、生で見ると顔付き随分変わったなぁ~!ほっぺがふっくらしてる!」
星華が亜梨明の顔をまじまじと見つめて言うと、亜梨明はちょっぴり恥ずかしそうにしながら「うん、少し太った」と言った。
「あっ、いやいや……!太ったって言いたかったんじゃなくて、健康的な感じでいいじゃんってことなんだけどっ!」
一瞬傷付けたと思い、慌てて訂正する星華だが、亜梨明は「ふふっ」と笑っていて、全然気にしていないようだ。
「退院はいつできるの?」
緑依風が聞いた。
「もうすぐだよ。もう一回検査して、以上なければオッケー!多分、八月中には退院できると思う!」
亜梨明が説明すると「じゃあ、あともう少しだね」と緑依風は安心したように言った。
「ただ、学校に復帰するのはすぐじゃないかも。まず自宅療養で様子を見て、学校に通えるようになってからも、しばらくは午前中授業だけ参加して、午後には帰らせてもらうから」
「なんで?」
星華が尋ねると、「少しずつ体を慣らすためらしいよ」と、奏音が言った。
「私自身は、もうすっかり元気なつもりなんだけど、すごく繊細で複雑な手術の後だから、いきなり日常生活に戻すと、体がびっくりして参っちゃうんだって。あ~あ、はやく学校行きたいなぁ~!」
亜梨明はぐーっと伸びをしながら、復学への意欲を見せる。
「そういえば、日下にはもう会った?」
「あ、そうそう!やっと遠距離恋愛が終わったんだもんね!」
緑依風と星華が交互に言うと、亜梨明は「えと、まだ……」と、歯切れ悪そうに答える。
「でも、今日緑依風ちゃん達が二時に来るって言ったら、三時くらいに僕も行くって、連絡くれたよ」
「そっか。じゃあ、日下が来たら私達帰るね」
緑依風はスマホの画面で時間を確認し、奏音が用意してくれたパイプ椅子に座った。
「な~んかさ、大勢で行くのが迷惑になるから、亜梨明ちゃんが帰ってくるまで我慢しようって決めたけど、日下は亜梨明ちゃんの彼氏になったわけだし、友人代表で送り出してあげればよかったよね~!」
星華は椅子の代わりとして亜梨明のベッドに腰掛け、腕を組みながら言う。
「まぁ、確かに彼氏なら優遇されててもいいとは思うけど、でも亜梨明ちゃんちと日下んちにも事情とか色々あるから、星華や私達が簡単に行ってこいなんて――って、どうしたの?」
星華と緑依風の会話を聞いていた相楽姉妹が、何やら表情のみで相談するようなやり取りをしている。
「うーん……。今の話聞いてて、いっかって思ったから言うけど……実は、日下だけこっそりお盆に来てもらってたんだ」
奏音が正直に白状すると、亜梨明も「黙っててゴメンね!」と、両手を合わせて二人に謝る。
だが、星華も緑依風もそれを聞いて怒ることは全く無く、むしろパアッと笑顔になって、「な~んだ!」「よかった!」と言った。
「全然気にしないでよ!むしろ安心した!」
緑依風が言うと、星華も「そうそう!」と頷き、にへへと笑う。
「……で、日下は会いに来て何かしてくれた?」
星華が興味津々な様子で質問し、緑依風もその日の出来事を聞きたそうにソワソワしている。
「うん!病院の中でだけど、初デートしてきた!一緒にご飯食べたり、お喋りしたよ!」
亜梨明がはにかみながら言うと、「病院でデート!?」と、星華が目を見開いて叫ぶ。
「そ、それで!?ちゅ、チューはしたの??」
話に食いついた星華が、まるでタコのように口先を窄めて亜梨明に詰め寄ると、そんな親友と姉の間に割り込んだ奏音が、「やめんか!」と、星華の頭にチョップした。
「大体、まだ初デートでしょ。それに、あの日下がいきなりそんなことまでするわけ……」
――と、奏音が言いながら亜梨明を見ると、彼女は真っ赤に染まった両頬を両手で包むように押さえ、「え、えっとぉ~……」と、フニャフニャしている。
「えっ、したの!?」
いくら姉妹でも、こういったことを詳しく聞くのは良くないと思い、あえて聞かなかった奏音は、ちょっぴりショックな気分で亜梨明に叫ぶが、亜梨明は、そんな妹の心情など全く気にすることなく、真っすぐに切りそろえられた前髪に触れ、「うん、おでこにね……チュッって……」と、恥ずかしがりながらも嬉しそうに答えた。
キスされた場所が唇ではないとわかった途端、つい今しがたまで大興奮していた星華と、知りたいと知りたくない気持ちの狭間でハラハラしていた奏音が、「……なんだ、おでこか」白けた様子で亜梨明から離れる。
「あぁん、もうがっかり~っ!普通キスといえば口同士でしょ!日下の意気地無しめ~っ!」
星華がイーッと歯を食いしばりながら、もどかしそうに頭を抱えると、亜梨明は「爽ちゃんは、私がまだ抵抗力弱いのを気遣ってくれたんだよ~!」と、彼があえて避けた理由を説明した。
「……でもね、他にもたくさん嬉しいことがあったんだ……。だから、会いに来てくれた爽ちゃんだけじゃなくって、準備してくれた奏音やお母さん達にもすごく感謝してるの!……ありがとう」
亜梨明がにっこりと笑みを向けて言うと、奏音はにひっと笑って手のひらを前にし、「お返し楽しみにしてるからね」とふざけたように言った。
*
それからしばらくの間、四人が亜梨明の東京滞在中の話、恋バナを中心にガールズトークに夢中になっていると、病室の扉がノックされ、爽太がやって来た。
二人きりの時間を邪魔しては悪いので、星華、緑依風、奏音の三人はこれにて退散することにし、「また来るね!」と亜梨明に挨拶をして、病室を後にした。
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