第226話 猫目の少女と泣き虫少年(前編)
食事を終えて、レストランを出た亜梨明と爽太。
時間はまだたっぷり残っているが、次の行き先は特に決まっておらず、せっかくなので、別棟の一階部分を可能な限り探検してみようということになった。
「あ~、ご飯美味しかったなぁ~!」
亜梨明は口の中に余韻が残るパスタとオムライスの味を振り返り、満足気な様子だ。
「ふふっ、亜梨明ずーっとニコニコしっぱなしだったもんね!」
「だって~……いくら栄養バランスがいいってわかってても、病院のご飯はどれもシンプル過ぎて、全部おんなじような味ばっかで飽きちゃうんだよ。たまにはエビフライとかグラタンとか出してくれたらいいのに~」
亜梨明が唇を尖らせ、似たような味付けの病院食に不満を露わにすると、爽太はクスッと小さく笑って「でも、安心したよ」と言った。
「ん?」
「ご飯、たくさん食べれるようになってたから。顔周りも最後に会った時よりふっくらしてるし、血色もすごくいい」
「……もしかして、太ってがっかりしてない?」
手術前から比べると五キロ体重が増えた亜梨明は、彼に幻滅されたのではないかと思い、気まずそうに聞く。
「がっかりどころか、もう少し体重増やして健康的になってもらわないと心配だよ」
「よかったぁ~……あ、こっち行き止まりだ」
二人が角を曲がると、その先は従業員専用通路らしく、カードキーが無いと開かない仕組みの自動ドアとなっていた。
「じゃあ、庭の散歩でも行こうか?暑いだろうからちょっとだけにして、その後また病棟のある方とか周る?」
「うん、賛成!………?」
亜梨明が小さく挙手しながら言うと、爽太はその手に軽くハイタッチをしてそのまま握り、静かに下におろす。
「……手、繋ぐの忘れてたなって」
慣れないことをして赤面する爽太は、いっぱいいっぱいの表情で俯く。
亜梨明は、精一杯彼氏らしくしようとする爽太を愛しく思うと、ただ手のひらを繋ぐだけの状態から、互いの指を組ませるような繋ぎ方に変え、「えへっ」と口元を緩ませて彼を見上げた。
「彼氏と彼女が繋ぐ時は、こっち!」
「そうなの?」
「うん!……って、漫画で見た」
「そっか……!」
「うふふっ!」
亜梨明が笑うと、爽太は細長い指にギュッと軽く力を込め、彼女の手が離れぬようしっかりと繋ぐ。
「じゃ、気を取り直して……行こうか!」
「うん!」
*
爽太と手を繋ぎながら、病院の外にある庭に出た亜梨明。
真夏の昼過ぎの時間帯ということもあり、太陽の光は全身を刺すように強く照らしてきたが、術後はずっと空調の効いた屋内にいた亜梨明にとって、その日差しは叫びたいほど懐かしく、空に向かって手を伸ばした。
少し歩いて花壇を見ると、青や白、黄色の小さな花々が咲き誇っていた。
亜梨明はその花にそっと触れると、どこからか聞こえるセミや小鳥、風に揺られる草木の擦られた音に耳を傾け、心地よさそうに目を細めた。
爽太は、久しぶりの外の世界に夢中になる亜梨明の様子に嬉しさを感じつつも、彼女の具合が悪くならないように気を配り、十分程して「そろそろ中に戻ろう」と声を掛けて、再び病院内に戻った。
「一旦、休憩しようか」と爽太が言うと、亜梨明は「じゃあ、おやつにプリン食べながら座ろう!」と言うので、二人で院内のコンビニに向かい、亜梨明がここに来てからお気に入りのプリンを購入する。
コンビニ近くのフリースペースとして設けられている場所は人がいっぱいだったので、病棟へ続く通路の隅にあるベンチに移動し、二人はそこに座ってプリンを食べた。
亜梨明が「このプリン、爽ちゃんにも食べてもらいたかったんだ~!」と言うと、爽太は「夏城のコンビニにも同じのあるかどうか、帰ったら見てみるね」と言い、地元に帰っても亜梨明が同じプリンを食べられるよう、探すことを約束した。
*
プリンを食べ終え、亜梨明がポケットの懐中時計を見ると、時刻は午後一時五十分。
高城先生との約束の時間まで、残り一時間ちょっとしかない。
「この後、どうしようか?」と、爽太が尋ねる。
広くて大きな病院とはいえ、患者や一般人が入れる場所は限られており、行動できる範囲はとても狭い。
「うーん……あ、そうだ!ねぇ、爽ちゃん!病棟のプレイルームに行かない?」
「えっ、プレイルーム?」
「爽ちゃんも昔ここにいたってことは、遊んだことあるでしょ?懐かしい思い出の地巡りってことで!」
亜梨明はそう言うが、爽太にとってあのプレイルームというのは、自分が他の子供達とトラブルばかり起こしていた場所で、正直あまりいい思い出が詰まった場所ではなかった。
「私もね、小さい時はよくそこで遊んだの!……でも、中学生になって一人で入っていくのはちょっと恥ずかしくて、ここに来てから大分経つのに一回も行ってないんだ。でもでもっ、あそこには大きなグランドピアノがあるの!」
「――――!」
その時爽太は、忘れたいプレイルームでの出来事の中にただ一つ、忘れたくない大切な記憶が混ざっていることを思い出した。
「(ピアノ……プレイルームの、グランドピアノ……)」
「――それでね、爽ちゃんが一緒だったら入りやすいかなって!ついて来てもらってもいい?」
亜梨明は両手を合わせ、彼に付き添いを依頼する。
「……うん、もちろん!」
爽太は深く頷いて了承すると、立ち上がって亜梨明の手を繋ぎ、小児病棟のプレイルームに向かって歩き始めた。
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