第225話 初デート(後編)
病室を出て、廊下を並び歩く亜梨明と爽太。
だが、久しぶりの再会、念願の初デートだというのに、緊張によって二人の間に流れる空気は硬くてぎこちなく、手を繋がないどころか会話も無い。
「(どうしよう……会ったら直接お話したいこといっぱいあったのに、びっくりしすぎて全部すっぽ抜けちゃった……!)」
亜梨明がチラっと爽太を見ると、彼もまだ自分と同じようにカチカチの様子で、斜め下に視線を維持したまま、口を結び続けている。
これじゃあ、友人同士の時の方がよっぽど近くて、目と目を合わせて、触れ合うことも出来た……。
「(付き合ってるのに、付き合ってないみたい……ん?)」
急に何かが頭の中で引っかかり、亜梨明は「あれっ?」と声を発して足を止める。
「どうしたの……?」
爽太もようやく亜梨明に視線を移し、首を捻る彼女に声を掛けた。
「そういえば、私達って“付き合ってる”のかな……?」
「えっ?」
もちろん、互いに好意があるのは知っている――が、『付き合う』『交際する』という話は一度もしたことがない。
「僕は、そのつもりだったけど……違うの?」
「うーん……私もよくわかんない」
「好き同士=付き合う……じゃないのかな?」
「そうなの?」
「……多分?」
双方揃って、初めての恋。初めての両想いのせいなのか、亜梨明も爽太も頭の上にハテナマークをたくさん浮かべながら、『恋人』『交際』というものについて考える。
「……あ、でも!前に爽ちゃんがメッセージで言ってくれたことは嬉しかったよ!」
「メッセージで言ってたこと?」
爽太がどのメッセージの内容かわからず尋ねると、亜梨明はポッと熱くなる頬を押さえながら、「そのっ……」と恥ずかしそうに躊躇う。
「友達に、私のこと……彼女って……話したってやつ……」
「あ……」
亜梨明から答えを聞いた途端、爽太も彼女以上に顔を熱くし、口元を押さえて俯く。
「――私も、爽ちゃんのこと……彼氏って、言っていいのかな……?」
亜梨明が頬に手を当てたまま、ゆっくりと上目遣いで聞くと、爽太は「うん……」と頷き、顔を上げた。
「もちろん……そのつもりだから……」
「うん……!」
「……レストラン、混んでくる前に行こう」
そう言って、亜梨明の手を繋いで歩き出す爽太。
エレベーター前に向かうと、ちょうど二人のいる階に到着したようで、それに乗り込み、爽太が一階のボタンを押す。
「あ……」
「…………」
扉が閉まると、二人は背面の大きな鏡に、手を繋ぎっぱなしの自分達の姿が映っていることに気付く。
他に誰もいないというのに、恥ずかしさに耐えられなかった亜梨明と爽太は、ドアの方だけを見つめ、早く一階に到着することを祈った。
*
一階に到着すると、亜梨明と爽太は病棟から廊下を渡った場所にある、別棟を目指す。
そこは主に人間ドックやセミナーなどを行う建物で、一階のフロア内は患者や見舞いに来た人々、医療スタッフの憩いの場として、レストランが二件、大手チェーンのコーヒーショップや、小さなカフェ、ベーカリーショップ、本屋やコンビニなどがあり、待ち時間を自由に過ごせるフリースペースも設置されている。
「うわぁ……病院の中に、いつの間にかこんなのができてたなんて……」
「あ、そっか!爽ちゃんもこの病院何度か入院してるって言ってたもんね!」
「うん。でも確かここって、昔は使用禁止の旧病棟だったよね?オンボロで、すごく不気味な雰囲気の……。五年前に来た時は、建て替え工事が始まったばかりで……」
爽太が記憶を辿りながら言うと、「去年の春にできたばかりなんだよ~」と、亜梨明が説明した。
「ちょうど、私が夏城に引っ越す前だったし、こっちに来てからも病棟下のコンビニで全部買い物は出来てたから、別棟は私も初めてなんだ!」
「へぇ~……」
爽太が辺りを見渡すと、フロア内はガラス窓の壁から外の光が建物いっぱいに差し込み、とても病院とは思えないくらい、明るく開放的な空間。
しかし、爽太が幼い日に見たこの建物の外観は、うっそうとした木々に覆われた隙間から見える薄汚れた壁に、いくつもヒビが入り込み、それごと飲み込んでしまいそうなツタが這われて、恐ろしいものだった。
「……旧病棟にはお化けが出るって、よく噂されてたよね」
「知ってる!だから、いたずらっ子とか意地悪な子はすぐ、「いい子にしてないとあっちのお部屋に連れて行くよ」って、看護師さんに叱られてて……ふふっ!」
亜梨明は、かつて小児病棟で出会ったやんちゃな子達がそう言われた瞬間、ピタッとおとなしくなっていた姿を思い出し、声を出して笑ったが、その叱られていた子供の中に入っていた爽太は、複雑な心境で「はは……」と苦笑いしていた。
「……あ、それよりさ!どっちのお店に行く?こっちは和食メインで、こっちは洋食屋さんみたいだけど」
早くこの話題から逃れようと、爽太はレストランの名前が書かれた案内板を見る。
「うーんと……じゃあ、こっち!」
亜梨明が洋食のレストランを選んだため、二人はそこで昼食を取ることにした。
*
二人掛け用のテーブルに案内され、椅子に座った亜梨明と爽太。
病院のレストランと言っても、きちんとしたシェフやホールスタッフが運営しているため、他の客の元へと運ばれる料理を見ても、皆どれも美味しそうに見える。
「わ~っ、何にしよう!?何食べよう!?パスタも食べたいし、オムライスもいいなぁ~!あ、エビフライなんてもう何か月食べてないだろう~?ケーキとパフェ!?うわぁ~っ!!」
男性スタッフからメニューを受け取った途端、亜梨明はとても興奮した様子で、ページを次々と捲っては、また最初から眺めてを繰り返している。
爽太は、料理の写真を見て、悩んだりうっとりしたり、表情がコロコロ変わる亜梨明を、微笑みながら見ていた。
「うぅ、どうしよう……。デミグラスソースのオムライス……ベーコンときのこのクリームパスタ……。どっちも食べたい……でも、さすがに両方は無理だし……」
亜梨明はどうやら食べたい物を二択まで絞り込んだようだが、なかなかその二つから決められないようで、しかめっ面になりながら唸っている。
「……じゃあ、僕オムライスにしよう」
爽太がメニューを閉じて言った。
「あ、じゃあ私も……!」
亜梨明が言うと、爽太は「亜梨明はクリームパスタ頼みなよ」と言った。
「わけっこして、半分ずつ食べよう?」
「え……いいの?」
「そしたら二つとも食べれるし、楽しめるでしょ?」
爽太が注文を頼もうとすると、亜梨明は「あ、もう少し待って!」と爽太を止める。
「デザートがまだ……どのパフェにしようか悩んでるの」
「頼むのはいいけど、亜梨明そんなに食べれる?それ、結構大きそうだよ?」
呼び出しボタンから手を離した爽太は、病み上がりの亜梨明の胃袋を心配しながら、隣のテーブルを見る。
爽太の視線に合わせて亜梨明も横を見ると、写真で見るより高さのあるグラスに、コーンフレークやクリーム、フルーツ、アイスが隙間無く詰められたパフェが到着しており、それだけでお腹いっぱいになりそうな量だった。
「……む、無理かも……」
いくら美味しそうでも、食べ残してしまってはもったいないと思った亜梨明は、今回はパフェを諦めることにした。
*
スタッフの呼び出しボタンを押した爽太が、二人分の注文を伝えて、分け合う時の取り皿も一緒にお願いする。
亜梨明は、やっぱりまだスイーツへの未練を捨てきれないようで、周囲のテーブルに運ばれるケーキやアイスクリームも羨ましそうに眺めていた。
「ご飯食べ終わっても食べられそうなら、また追加で頼もう?」
「あっ、うん!」
爽太に心を読まれて恥ずかしくなった亜梨明は、かあっと顔を赤く染める。
「それに、今日食べられなくても明日のお出かけもあるし」
「うん、そうだね!……あ、スイーツといえば!木の葉のケーキもまた食べたいなぁ~!いつもはテイクアウトだから、夏城に帰ったら、お店でパフェとかパンケーキも食べてみたいかも!」
「じゃあ、夏城に帰ったら一緒に木の葉に行こう!」
「いいの!?」
亜梨明がテーブルに身を乗り出して聞くと、「もちろんだよ!」と爽太は言った。
「二人で美味しいもの食べに行きたいって、前に話したもんね!」
爽太が以前、誕生日会の時に語り合ったことを思い出しながら言うと、亜梨明は「ふふっ」と嬉しそうに笑う。
「……あの時、爽ちゃんとやりたいことをいっぱい言ったけど、本当にデートできる日が来るなんて、夢みたい!」
「あははっ、まさか病院が初デートになるとは思わなかったけどね!……もっと元気になって退院したら、違う場所でもデートしてみよう。木の葉だけじゃなくて、少し遠い所にも。僕と亜梨明と二人で行ってみたい」
「うん!」
*
しばらくすると、注文した料理が二人のテーブルに運ばれてきた。
半熟のふわふわたまごと濃厚なデミグラスソースの掛かったオムライス。
コクのあるホワイトソースを纏った、肉厚ベーコンときのこのクリームパスタ。
それらがテーブルに乗せられた途端、亜梨明はパアッと表情を輝かせ、「おいしそう~っ!」と、手を組みながら感動していた。
爽太がパスタとオムライスを均等になるよう半分ずつ取り皿に分けると、二人は揃っていただきますを言い、スプーンやフォークを取って食べ始めた。
久しぶりに病院食以外の食べ物を口にした亜梨明は、カレーの時同様に、何度も「おいしい」「幸せ」という言葉を連呼しており、爽太はそんな彼女の嬉しそうな笑顔を、優しい眼差しで見つめていた。
食事をしながら、二人は会えない間にあった出来事をたくさん語り合った。
爽太は夏休み前の学校のこと、夏城にいる友人達のこと、バレー部のこと。
亜梨明はリハビリのこと、食事のこと、栄養ドリンクのことなどを。
亜梨明も爽太も、お互いの空白の時間を埋めるように、会って直接話したかったことを伝え、笑い合い、共感し合い、とっても楽しいランチタイムを過ごしたのだった。
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