第222話 爽太と真琴(前編)
夕暮れ――。
うっすらと焼けるようなオレンジ色の空の下を、紺色の艶やかな車が颯爽と駆け抜ける。
「貴重な休みの日なのに、うちの用事に付き合わせてごめんね」
車を運転する真琴は、後部座席に座る爽太にちょっぴり申し訳なさそうに言った。
「いえ、そんな……。僕も亜梨明に会いたかったので……」
爽太が首を振ってそう告げると、真琴は「ははっ、日下くんは嬉しいこと言ってくれるなぁ〜!」と満面の笑みを浮かべてハンドルを回す。
「日下くんにも、ご両親にも本当にお世話になってばかりだ……。日下くんに会ったのは、去年の猫のことが初めてだったけど、その前から奥さんに日下くんの話はたくさん聞いてたんだ」
「話……?」
「学校で最初に亜梨明が倒れた時、見つけて保健室に連れて行ってくれたとか、亜梨明と同じ病気だったこと。他にも色々……ね」
バックミラー越しに映る真琴の目線に、爽太は少し気まずそうに息を呑む。
亜梨明と過ごした日々の中には、あまり彼女の両親に知られたくないこともある。
「お父さん、そんな言い方だと日下ビビっちゃうよ」
助手席に座る奏音が、爽太の顔が強張っているのを見て言うと、「あ、ごめんね!」と真琴は謝り、「深い意味は無いから、気にしないで」とも付け加えた。
「それより、東京までの道中の話なんだけど……向こうには渋滞が無ければ二時間くらいで着くんだ。途中で寄り道して、晩ご飯を食べていこう。いいかな?」
「はい、もちろんです!」
「よし、決まり!」
爽太はまだ緊張が抜け切らなかったが、真琴はすでに爽太を気に入っていた。
「(いい子だな。礼儀正しいし、顔もスタイルもすごくいいし、ちょっとうちの子にはもったいない……って言ったら、亜梨明に怒られるかな?)」
なんてことを思いながら、真琴は東京に続く道に沿って車を走らせ続けた。
*
それから約一時間後。
空の色はすっかり漆黒へと変わり、キラキラと光る星々も浮かんでいる。
爽太達を乗せた車は、夕食を済ませるために、とあるパーキングエリアへと立ち寄った。
お盆休み期間ということもあり、駐車場は多くの車で埋まっていたが、運良く空きスペースを見つけた真琴は、そこに車を停めた。
車から降りると、すでに辺りには食べ物のいい匂いが漂っている。
爽太が匂いのする方角を見ると、サービスエリアの建物の外側で、アメリカンドックや焼きそば、手軽につまめる一口サイズのカステラなどが販売されていた。
時刻は午後七時を過ぎている。
恐らく、建物内にもいろんな食べ物が売られているのだろうが、せっかく初めて訪れたパーキングエリアなので、できればじっくり考えたいなと思っていると、そんな爽太や、運転疲れで伸びをしている真琴を置いていく勢いで、奏音は建物の入り口に向かって早歩きで向かっていった。
「お父さーん!日下ーっ!!早くしないと置いてっちゃうよ!!」
何やら落ち着きのない様子で二人を急かす奏音。
爽太が彼女の珍しい姿にポカンとしていると、真琴は「ははっ」と困ったように笑いながら、「ここに来るといつもこうなんだ」と、爽太に言った。
「すぐ行くから、先に入ってて。……じゃ、奏音に怒られる前に行こうか」
「はい」
真琴と共に爽太が建物の自動ドアを通り抜けると、奏音はフードコートの前で「うーん……今日はどっちのラーメンにしよう~?」と、目を爛々とさせながらメニューの看板を眺めていた。
普段は冷静で、亜梨明や星華の抜けた発言に、冷ややかな視線を向けることもある奏音だが、今看板の前にいる彼女はまるで年相応……あるいは、それよりも少し幼さを感じるような表情をしていて、爽太はちょっぴり驚いている。
「ん~っ、やっぱりコレ!」
奏音は威勢のいい声を上げ、『名物!玉ねぎラーメン』という文字と写真の部分を指差した。
「それ、この間も食べたじゃないか」
「だってだって、タマネギの入ったラーメンなんて、夏城じゃ食べられないもん!!」
「…………」
親友のいつもと違う様子に、爽太が未だついていけずにキョトン顔になっていると、父からお金をもらうために振り向いた奏音は、ハッ!と真顔に戻り、恥ずかしそうに爽太から目を逸らす。
「……笑いたきゃ笑えば」
真琴から千円札をもらった奏音は、拗ねた口調で言い捨てると、スタスタと逃げるように食券販売機に向かった。
「あの……」
「あ、もしかして知らなかったのかな……?奏音はラーメンが大好きでね。ラーメンを食べに行く時はいつもテンションがハイになるんだ」
「そうだったんですね……ふふっ」
いつもと違う奏音の姿の理由を知った爽太が、堪えきれずに吹き出すように笑うと、真琴もつられて笑いだす。
注文を終えた奏音は、呼び出しブザーを手にして戻ってくると、「二人も早く決めなよ」と、笑っている男達に少しむくれながら言って、三人で座れる場所を確保しに行った。
奏音の機嫌がこれ以上悪くならないうちに、爽太はカツカレーを。
真琴は生姜焼き定食を選び、食券を注文口へと渡した。
一足先に、出来上がったラーメンを手に席に着いた奏音は、「いっただきま~す!」と元気良く叫ぶと、湯気の立つラーメンを箸で解し、横髪を耳に掛けてからラーメンをすする。
麺を口の中に全て納め入れた途端、「あちっ、うまっ!」と彼女はそれはそれは美味しそうに、また嬉しそうな笑顔でスープもすくい、爽太や真琴が自分達の注文したものを持って戻って来ても、それにも目もくれずに夢中になって食べていた。
気分が上昇した奏音の声は、普段よりも一オクターブ高く、笑顔は三倍以上明るい。
日頃、大人びた振る舞いが多い奏音の、無邪気で子供っぽいその姿は亜梨明そっくりで、爽太はますます亜梨明に会いたい思いを膨らませていった。
*
食事を終え、飲み物などの買い物を済ませた爽太達。
出発前にトイレに向かった真琴を車の前で待ちながら、爽太は奏音と二人で話をしていた。
「はぁ~っ、お腹いっぱい!でも、頑張ればもう一杯いけるかも!」
奏音は車のドアに背を預け、膨れた腹をポンポンと軽く叩きながら言った。
「ふふっ。ラーメン食べてる時の相楽さん、亜梨明と笑い方とか声がそっくりになってたよ!」
「そりゃあ一卵性の双子だもん!当たり前でしょ……っていうか、普段の私達ってそんなに似てない?」
「真顔以外はね。髪の長さも違うし、いつもの相楽さんはしっかりしてて落ち着いてるから、亜梨明と双子っていうより、亜梨明より一つ、二つ上のお姉さんって感じがする」
爽太が素直な感想を述べると、奏音は「むぅ……」と不満そうに唇を尖らせた。
「な~んか、ひとまとめにされるのも腹立つけど、違うって言われるのも腹立つ~」
「そうなの?」
「双子ってねぇ~、本当に複雑で厄介なんだってば!一個のものが二つに分かれて、別々の生き物になる。でも、元をたどればおんなじ存在。同じであって同じじゃない生き物って、元々一つで生まれた人には理解してもらえない思い抱えてるの!」
奏音はそう説明して一息つくと、「それにね……」と話を続ける。
「みんな亜梨明より私の方がお姉さんらしいって言ってくれるけど、私が親にも友達にも言いづらいことで落ち込んでたり、べそかいてる時に一番に気付いて励ましてくれるのは、必ず亜梨明なの。こういう自分が弱ってる時に、頼れる亜梨明を見てると、私ってやっぱり『妹』で亜梨明が『姉』なんだなって思う。拠り所になってくれる亜梨明が私より先に生まれてくれてよかったって。……多分逆なら、妹に頼るもんかって思っちゃうもん」
「ふーん……」
爽太が奏音の横顔を見ると、髪の毛のすき間から覗く彼女の表情は、静かな笑みを湛えていて、それは奏音のことを話してくれる亜梨明と全く同じものだった。
「……双子っていいね」
「そう?良いことも悪いことも半々だよ。そこは他と一緒。普通普通」
奏音が顔の前で手を振りながら返すと、「おまたせ」と、真琴が小走りで戻ってきた。
「さて、道路が空いてるいいけど……」
真琴がそう言いながらドアロックを解除すると、三人は車内に乗り込み、明日香が泊まる宿泊施設を目指して出発した。
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