第214話 冬麻のプライド
七月――。
期末テストも無事終わり、三者面談も済み、夏休みに入る。
終業式では、校長先生のスピーチ、生徒指導の先生からの夏休みの過ごし方についての説明、運動部の壮行会などが行われた。
一学期最後のホームルームでは、梅原先生から夏休みの宿題の配布、図書室の開放日などのお知らせがあり、最後には少し気になる話もされた。
「――最近、秋山町や冬丘周辺で不審な人物の目撃情報があったようです。今配ったプリントにも書いてますが、下校中の小学生や中学生、高校生などの若い女性が狙われることが多いようなので、夕方の部活動で遅くなる人、塾に通う人はくれぐれも注意して。遊びに行く人も夢中になり過ぎて帰りが遅くなり過ぎず、節度を守りながら夏休みを楽しく過ごしてくださいね。では、新学期もよろしくお願いします!」
梅原先生はそう言って、柔らかな微笑みを生徒達に向けると、委員長の緑依風は起立、礼の号令を掛け、一学期の学校行事はこれにて全て終了した。
*
夏休みに入ると、早速各運動部の大会が行われた。
緑依風は星華と共に、バレー部の風麻や爽太、奏音と立花の応援に駆け付けた。
風麻と爽太は、念願のスターディングメンバーとして試合に出場。
女子バレー部では、夏城の守護神を務める立花が見事なレシーブでコートを守り、途中三年生の先輩と交代した奏音も、サービスエースを二回も決めるなどして活躍していた。
試合の時のみ纏う背番号付きのユニフォーム。
汗に濡れた髪を振り乱してボールに食らいつく、真剣な表情――。
普段見ない風麻や友達の姿はどれもとてもかっこよくて、緑依風も星華も熱いエールを観客席から送り続けた。
もちろん試合中の撮影もバッチリだ。
応援に来られない亜梨明のためにと、星華は爽太や奏音の写真や動画を撮影して送り、緑依風も風麻の勇姿をカメラにしっかりと収めた。
「(すごいなぁ、風麻のトス……。私が体育でやるのと全然違う)」
スマホで動画撮影をしていた緑依風は、風麻のトスアップに思わず感嘆の吐息を漏らす。
自分がバレーボールの授業でオーバーハンドパスをすると、バチッと音がしたり、上手く飛ばなかったりして思うようにいかないのに、風麻の手から上げられるボールはとても静かで、天高く上がった。
風麻が上げたボールを爽太が素早い動きで相手チームのコートに叩き落とすと、緑依風達から少し離れた場所で、「キャーッ!」と黄色い声が上がる。
次の試合まで男子バレー部の試合観戦をしている、女子バレー部一年生の声だった。
「見たっ!?日下先輩ヤバすぎ……!」
「見た~っ!超かっこいい~っ!」
「や~ん、あたしもハイタッチしてもらいたい~っ!!」
数メートル離れていても、しっかりと緑依風達の耳に入るくらい大声で騒ぎ、赤い顔を覆ったり、隣同士の友人とハグをしながら感動を共有し合っている一年を、星華は白けた顔で睨みつけ、「なんか、アイドルかよって感じ……」と言いながら、肩を上下に揺らす。
「日下に彼女いるって話、知らないはずじゃないと思うけど……」
「まぁ、ときめくだけなら自由だからさ」
緑依風がチラリと女子バレー部の方角を見ると、騒ぎ過ぎた部員を波多野先生が注意している。
そこから再びコートに視線を移せば、またもや爽太が得点を稼いでおり、先輩から頭をワシワシと撫でられ、褒められているようだ。
その後も三年のエース、他のスパイカー達が次々に相手コートに攻撃を決め、点を入れるたびにチームメイトから称賛の声を受けている――が、緑依風はどうにもその光景に悶々としたものを感じてしまい、皆と同じ温度で喜べない。
「(これって……打った人だけのおかげなの?)」
ピーッ――!と、試合終了のホイッスルが響く中、緑依風は燻る気持ちを紛らわすように、大口を開けて勝利を喜ぶ風麻に、スマホのカメラを向けた。
*
二日後――。
緑依風は自宅のプリンターで、試合中に撮影した写真をプリントアウトしていた。
試合結果は男女共に三位。
優勝こそできなかったものの、風麻も爽太も自分達の予想以上にチームの得点に貢献できたと、あまり落ち込んだ様子は見られなかった。
印刷を終えた写真を持って、緑依風はお隣の坂下家へと向かい、風麻の部屋に通される。
「なんか、後ろ姿ばっかだな……」
緑依風から手渡された写真を見ながら、風麻が不満そうに言った。
「前から撮ったやつは小さいし、こっちはピントがボケてるし。ベストショット無さすぎてどれもビミョー……」
ごろりと寝転がりながら批評する風麻に、緑依風も「仕方ないでしょ~」と、ムッとした様子で反論を始める。
「観客席とコートって思ったより距離あるし、こっちから見るとどうしても風麻達が後ろ向きになっちゃうとこばかりだったんだもん」
「まぁ、そうなんだけど……」
風麻はパラパラと写真を適当に捲って見終えると、「――で、試合見てどうだった?」と言いながら、上体をバネのようにして起き上がった。
「え?」
「かっこよかったとか、すごかったとかあるだろ〜……」
小首を傾げ、長いまつ毛が伸びる瞼をパチパチとさせる緑依風に、風麻は不満そうな顔で腕を組みながら感想を求める。
「あ、えっと……かっこよかったよ」
「ほほぅ~……例えば?」
風麻が興味津々に聞くと、緑依風は頬を薄い紅色に染め、印象に残る場面を声にしていく。
「そのっ……ボールをポーンって高く上げる時とか……振り向きながら、後ろの人に指でサイン出す時も良かったし、走って転がりながらボールを取りに行く時もでしょ……」
緑依風は試合中の風麻のベストシーンを指折り数え始め、風麻は「ふむふむ」と小刻みに頷いて、緑依風の感想を聞き続ける。
「日下とブロック決めたのもかっこよかったし、その後ガッツポーズしてる時の風麻も、嬉しいのがこっちまですごく伝わってきたし、床に滑りながら倒れてボールを手の甲で上げて、そのまま誰かに指さして指示してるのもすごかったでしょ。それから――」
「だぁぁぁ~っ!!!!わ、わかったっ、もういいっ!!それ以上は俺の心がもたないから、もう褒めなくていいっ!!」
照れくさい気持ちが頂点に達した風麻は、真っ赤になりながら彼女の感想を中断させて、ぜぇはぁと息を切らす。
「……お前、本当に俺のことよく見てるんだな」
風麻がクシャっと髪を片手で乱しながら言うと、緑依風は「当たり前じゃない」と、堂々と答えた。
「……でも、みんなが盛り上がるのは、スパイク打つ人が決めた時ばっか」
「ん?」
「日下とか、三年のエースとか……応援側も、風麻のチームメイトも。確かに、最後に点を入れたのは打った人なのかもしれないけど、それは風麻のトスがあってこそなのにって思ったら……なんか、モヤっとした」
緑依風がむくれながらもどかしい思いを吐露すると、風麻は目を大きく開き「お前……セッターの役割わかってるじゃん!」と、嬉しそうに言った。
「そうなんだよ!確かにスパイカーってのは目立つし、俺も最初は絶対打つ人がいいって思ってたんだけどさ!でも、俺らセッターあってこそのスパイカーなんだぜ!まさに、俺が指揮官で司令塔!超かっこいいポジションなんだよ!!」
ニシシと歯を見せながら笑う風麻は「ちなみに……」と話を続ける。
「俺、キャプテンになった!」
「えっ!?」
「三年が引退したからな。竹田先生に試合終わってすぐ言われた!」
「おめでとう!副キャプテンは?」
「副は爽太。相談しやすいから助かるよ」
「へぇ〜二人ともすごいね!」
「まぁ、上手くやれるかはわからんが……って、もう昼だな……」
風麻がチラっと置時計を見ると、時計の針は十二時二十四分を指している。
「母さん、買い物ついでに公園に冬麻連れて行ったんだけど、まだ帰って来てないよな……?」
普段の伊織なら十二時前には帰ってきて、下の階から食事の準備をする音が聞こえてくるのだが、今日はしんとしていて、その気配を感じない。
「私、そろそろお暇するね。うちも、優菜とお母さん買い物に行ったけど、こっちは帰って来てるかもだし」
二人が坂下家の玄関外に出ると、ちょうど葉子と優菜、伊織と冬麻が並び歩いている姿が見える。
「おかえりー、メシは?」
風麻が昼食のことを聞くと、葉子と話を弾ませていた伊織は呆れながらため息をつき、「作るから待ちなさい……」と言って、葉子に苦笑いを向けた。
「じゃあ松山さん、失礼しますね。ほら、冬麻……優菜ちゃんにバイバイは?」
伊織が自分のシャツの裾を掴んだままの冬麻に言うと、冬麻は無言のまま母の脚に抱き付き、隠した顔をふるふると横に振って、挨拶を拒否する。
優菜も、いつもなら元気よく「バイバイ」と手を振るか、冬麻と離れるのを嫌がって、「もっと一緒にいたい」と主張するのに、今日は心配そうな顔で彼を見つめる。
「何かあったの?ケンカ?」
緑依風が聞くと、「ケンカじゃないんだけど……ちょっとね」と葉子は伊織と目を合わせ、互いに気まずそうな笑みを浮かべた。
「実は、公園でね……――」
伊織は小さな二人を交互に見た後、緑依風達にあったのか説明を始めた。
*
伊織が冬麻を公園で遊ばせていると、葉子と買い物に向かっていた優菜が、彼の姿を発見して声を掛けてくれた。
そのまま冬麻と優菜は二人で遊び始め、伊織と葉子は木陰のあるベンチに座って、世間話に花を咲かせていた。
そこへ、冬麻達より少し年上っぽいやんちゃな雰囲気の男の子が二人に近付き、優菜にちょっかいを出し始める。
最初は意地悪な言葉のみだったが、次第にそれはエスカレートし、遂には彼女の髪を強く引っ張った。
それを見た冬麻は、精一杯の勇気を出して優菜のそばに駆け寄り、大好きな彼女を守ろうと果敢に立ち向かう――が、あっさりと男の子の返り討ちにあい、転んで手を擦りむいて泣いてしまった。
すると今度は、助けてもらっていたはずの優菜が激高し、冬麻を怪我させた男の子を思いっきり突き飛ばして、追い払ったというのだ。
「あー……それで冬麻は、優菜の顔が見れないんだな……」
助けるはずが助けられたことにより、幼いながらに男のプライドがズタズタに傷付いた冬麻は、情けなさで優菜に合わせる顔が無いと思ったのだろう。
伊織が話を終えた頃には、グズグズと鼻を鳴らして、泣いているのがわかる。
「冬麻、元気出せよ。勇気出して守ろうとしたのすごいし、偉いじゃん」
「………」
風麻が励ましても、冬麻は母の脚に顔を埋めたまま、何も喋らなかった。
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