第194話 振り出しに戻って(後編)


 昼休み。

 緑依風は奏音、星華の女友達だけを廊下に呼び出し、窓際の壁にもたれながら、風麻のことを話していた。


「――えっ、坂下にバレたの!?」

 奏音が、白い壁にくっつけていた背中を離して驚く。


「うん、バレた……」

「それで、キッパリフラれて失恋したから髪切ったの?」

 星華にそう聞かれると、「それは違う」と緑依風は否定する。


「まぁ、フラれそうになったのを、私が強引に止めたというか――……。髪も元々、風麻が長い髪の子が好きかもって、願掛けに伸ばしてただけなんだよね……。でも、この間風麻に、『お前は短い方がいい』って言われちゃって、それならもう伸ばさなくていっかって思ってさ……」

 緑依風は跳ねる毛先に触れながら、断髪した理由を説明した。


「……ま、結局願掛けしても叶わずじまいで意味無かったし、これでやっと手入れも楽に――……ん?」

 ふと、緑依風が窓を見ると、反対側の校舎の廊下で爽太らしき人物が、女子生徒と話をしている姿が目に映る。


「あれ……日下じゃない?」

 緑依風が指で示すと、奏音と星華も、爽太と思しき男子生徒がいる校舎の方角を、窓に張り付くようにして眺める。


「なぁ~に、王子また告られてんの?しかも、スカーフ緑色ってことは、うちの学年じゃないし」

「あれは多分……女子バレー部の一年だね……」

 三人は、固唾を呑むようにして、離れた場所から爽太と一年女子のやりとりを観察する――が、女子生徒は急にしゅんと肩を落とし、爽太はその場を去っていった。


 爽太が二年生の校舎に戻ってくると、三人はバタバタと足音を鳴らして、彼に詰め寄る。


「ちょっとちょっと日下っ!!まだモテやってんの!?」

 星華が爽太を見上げながら言った。


「モテ男?」

「さっき見たよーっ!後輩女になんか言われたでしょ!?」

「……あぁ、男子バレー部の後輩に用があるから、一年の校舎に行ってたんだけど、そしたら突然用があったクラスの女の子に呼び止められて、付き合って欲しいって言われて……」

 爽太の説明を聞いた途端、星華が「ほらぁ!」と不快そうに声を上げる。


「――でも……はっきりちゃんと断ったよ。「彼女がいるから無理」って!」

 堂々とした口調で、三人にそう告げる爽太。


 すると、一瞬の静寂の後、三人は込み上げる感情と共に大きく息を吸い込み、『よく言ったーっ!!』と甲高く叫んで、爽太を褒め称えた。


「偉いぞ日下!数ヶ月前まであんなにニブチンだったとは思えない!!しかも、亜梨明ちゃんのこと、『彼女』って……!!」

「亜梨明に教えてあげたい……!私達がガードしなくても、日下はちゃんと自衛しているって……!」

 星華は嬉しそうに何度も爽太の背中をバシバシと叩き、奏音はハンカチで涙を拭くフリをしながら爽太をからかう。


「心配しなくても、全部断るし……それに、僕はこの先も、亜梨明以外の女の子に興味を持つことは無いよ!」

 爽太が失礼だなと言いたげな顔で宣言すると、女子三人はニヤつきながら顔を見合わせ「わぁ〜……」と、声を漏らした。


「……――あ、そうだ日下!なんで風麻に私が風麻を好きだって話しちゃったの?」

 先日の出来事を思い出した緑依風は、ハッと我に返って爽太に聞く。


「えっ……?だって松山さん、風麻に言わないでなんて、一言も言ってないじゃないか」

 とぼけた顔して言い返す爽太に、星華は「この天然王子め……」と、口をピクッと引きつらせる。


「それに、風麻多分あのままだと一生気付かなさそうだったし。……松山さんのことを知って、意識してもらいたかったからさ」

「……それは、日下なりに私のことを応援してくれてるって受け取っていいの?」

 緑依風は、爽太の言葉の意味を考えながら聞いた。


「うん。松山さんには相談に乗ってもらったし、すごく感謝してるから……。だから、今度は松山さんに幸せになってもらいたい!」

「………」

「――じゃ、僕教室に帰るね!」

 爽太はふわっとした笑顔を緑依風に向けると、「二人のこと、応援してるから!」ともう一言告げて、教室に戻っていった。


「私、やっぱり日下のことだけは彼氏にしたくないな……かゆい、合わない……」

 奏音は腕をこするように掻きながら言った。


「あれを素で言えるのが日下の才能だよ……」

 星華もジト目で爽太の背中を見ている。


「応援かぁ……」

 緑依風はため息をついて、肩を落とした。


「そうだ、緑依風はこの先どうする?バレたけどフラれるのは止めたんでしょ?」

 奏音にそう聞かれ、緑依風は腕を組みながら「うーん……」と低く唸る。


「フラれるのを咄嗟に止めて、勢い余ってつい『振り向かせてやる』なんて偉そうに言ったものの……何をしたらいいのかは、全然わかんない……」

「この際、開き直って素直にアピールしていきなよ」

「アピール……?」

 星華の提案に、緑依風は「例えば?」と彼女の考えを聞いてみるが、「『好き』とか『愛してる』とか、愛の言葉を坂下にそのまま伝えたり、積極的にボディタッチしてみたり!」という発案を聞いた途端、「無理無理ムリぃ~~っ‼︎」と、手をバタつかせながら嫌がった。


「それ一番逆効果な気がするし、私にそんなの無理だよ!」

「ダメかぁ〜……」

 星華が他のアイデアを考えていると、急にガラッ――と、斜め後ろにある三組の教室のドアが開き、風麻が緑依風達の元にやって来る。


「…………」

 何やら怒ったような、不機嫌な目つきをしている風麻は、緑依風を顔をじっと見たと思えば、今度は上から下までゆっくりと視線を動かして、また顔の位置まで視線を戻す。


「ど、どうか……した?」

 先程の話が聞こえたのかと思う緑依風は、心臓をドキドキとさせながら聞いた。


「……なんでも……ない」

 風麻はそのままトイレに入って用を済ませると、今度は緑依風達と目を合わせることなく、教室に戻っていった。


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