第184話 エネルギー(後編)


 高城先生の話が終わると、明日香は夫の真琴に連絡するため席を外した。


 病室の中に高城先生と二人きりとなった亜梨明が、何か話をしようと先生と顔を向き合わせると、先生は何故かニコニコとしながら、じーっと亜梨明を見つめていた。


「……?先生、どうかしましたか?」

 亜梨明が不思議そうに高城先生に聞いた。

 

「……!ははっ、いやぁ~ゴメンゴメン!」

 亜梨明に問われて、高城先生は頭を掻きながら笑い交じりに謝る。


「あのちっちゃくて可愛かった爽太くんが、無茶苦茶ってわかっていながら必死に「助けて欲しい」って訴えたくなっちゃう子かぁ~って思ってたら、つい微笑ましくてね」

「爽ちゃんが……?助けて欲しいって……?」

 話の内容がわからず、亜梨明が首を傾げると、「あれ、爽太くんから聞いてない?」と高城先生もキョトン顔になった。


「爽太くん、君の手術を僕に頼もうと連絡くれたんだよ。――あ、もちろん今回君の診察を引き受けたのは、南條先生からすでに依頼が来てたからだったけど……。すごく一生懸命に頼んできて……あ、もしかしてこれ、言わない方がよかったのかな?」

 高城先生は不味そうに口を押さえたが、亜梨明は頬を赤く染めて嬉しそうな表情を見せた。


「……爽太くんの友達として聞いていい?爽太くんとは恋仲なの……?」

 高城先生が興味津々な顔で聞く。


「あ……えっと……恋人かどうかはわかりませんが……私は爽ちゃんが好きです……し……爽ちゃんも……好きって言ってくれました……」

 亜梨明が掛け布団で顔を覆って恥ずかしがると、高城先生はふはっと息を漏らし、「そっか……」と微笑んだ。


「君の『生きたい気持ち』の大切なエネルギーのひとつだ!絶対治せるように、僕も精一杯頑張るね!」

「はい、ありがとうございます!」

 高城先生がごつくて大きな手のひらで亜梨明の頭を撫でていると、丁度電話を終えた明日香が病室に戻ってきたので、先生は二人に短く挨拶を済ませて退室していった。


 *


 連休――ゴールデンウィークが終わり、久しぶりの登校日。


 夏城中学校の校門前は、しっかり休んで元気ハツラツな者、休みが足りないと嘆く者の声が賑やかで、活気が溢れている。


 登校してすぐ、爽太に呼び出された風麻は、二人揃って廊下の窓辺に並び、先日亜梨明を探し出した時の詳細を聞くと、安心したような笑みを浮かべて天を仰いだ。


「……そっか、ちゃんと気持ち伝えたんだな」

「うん……風麻に応援してもらわなかったら、きっと言わないまま、一生後悔してたよ」

 爽太は窓枠に腕を乗せ、風麻の横顔を見つめながら言った。


「これで、相楽姉と恋人同士だな!おめでとう、よかったな!!」

 風麻が爽太の背中をドンっと力強く叩きながら祝福すると、爽太は軽くむせながら「ありがとう」とお礼を言った。


「ホントのホントに、やっと全部解決だ。俺もようやく完璧に……あいつのこと諦められるよ」

「本当に風麻はいいの……?」

「いーんだよ!相楽姉が元気になって、お前の隣で笑ってるのを見るのが、俺の今一番の願いで幸せなんだからさ!!」

 風麻が「俺ってなんていいやつ!!」と、一人で叫びながら空に向かって拳を突き上げていると、「風麻にも……」と、爽太は言った。


「ん?」

「風麻にもいるよ……風麻の幸せをずっと願ってる人」

「え?」

 青空に伸ばしていた腕を下ろしかけ、風麻が目を点にしながら爽太に振り返る。


「俺の幸せを願ってる奴……?誰だよ……?」

「いつも風麻の近くにいる人」

「んん?……爽太?」

「もっと昔からそばにいる人だよ」

「んんーっ!?お……親とか……?」

「それはちょっと近すぎるかな」

「勿体ぶってないで教えろよー!!」

 痺れを切らした風麻は、「利久?」「直希?」と、適当に思い当たる名前を次々に挙げるが、それは全てハズレで、爽太は堪えきれず「ぷっ……」と息を吹き出した。


「あはははははっ!」

「なんだよー!やっぱりそんな奴いないんだろー!?」

 お腹を抱えて笑い出す爽太に、風麻はちょっぴり拗ねた口調で問いただす。


「いや……っ……そのっ、風麻も……僕と同じだなーって!」

「はぁ?」

 目尻の涙を指で擦り取る爽太を、風麻は怪訝そうな顔で睨む。


「僕もかなり女の子の気持ちに鈍いけど、風麻も同じくらい鈍いんだなーって思ったんだよ!」

「はぁ〜〜っ!?」

 風麻はますます訳が分からないといった様子で、口を開けて首を曲げた。


「よく考えてごらん。小さい頃から風麻といつも一緒で、君からのプレゼントをずっと大事にしている女の子が、近くにいるだろ?」

「……!?」

 ここまで説明して、ようやく気付いた風麻の顔がおかしくて、爽太はまた笑った。


「その人は、いつも風麻の幸せを願ってる。僕は、風麻とその人にも幸せになってもらいたいな!」

 風麻は「嘘だろ……」と困惑した様子で、爽太の言葉をまだ疑っているようだ。


「で……でもさ……俺、今まであいつに対してそんな感情持ったこと無いしさ、あいつだって、いつも俺に偉そうな態度ばっかで、俺のこと好きかもなんて雰囲気全然無かったし……」

「それは、松山さんが君との関係を壊したくなかったからだよ」

「関係……」

「何とも思ってない風麻と、ずっと長く居れる関係――幼馴染っていう関係を守るために、松山さんは一生懸命天邪鬼を演じてたんだよ」

「そんなこと言われても……。――ってか、それ俺に話して大丈夫なのかよ?」

 風麻が聞くと、爽太は「さぁ?」と、わざとらしく両の手のひらを上に向けた。


「だって、ここまで言わないと風麻は一生気付かないだろ?」

「知った所でどうしろってんだよ……?嘘でも緑依風に好きって言えってか?」

「いや?……でも、僕はお似合いだと思うよ、風麻と松山さん」

 キーンコーンカーンコーン――と、廊下のスピーカーからチャイムが流れる。


「じゃ、そろそろ教室に戻るね!」

 爽太は風麻の肩に軽くポンっと手を置くと、クスクスと笑いながら一組の教室へと戻った。


「……緑依風が、うそだろ……??」

 廊下にポツンと残された風麻は、まだ脳が情報を処理しきれず呆けた状態のまま、その場に立ち止まっていた。


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