第183話 エネルギー(前編)
前日の騒動から一夜明けた。
亜梨明の主治医、南條
「え、高城先生の診察……?」
驚きに目を見開く亜梨明に、南條先生は静かに頷いた。
「ご両親にはお話したんだけど、高城先生に亜梨明ちゃんのことを相談したら、一度診て下さるって返事が来たんだ。……どうかな?」
「お願いします!そしたら私、治りますか?」
亜梨明が、ベッド上から前のめりになるようにして聞く。
「それは……僕の口からは何も言えないけど、この病気の根治手術の成功率が世界でもトップクラスなのは高城先生だから……」
「それでもいいです!治るかもしれないなら、何でも頑張ります!!」
キラキラとした眼差しで、南條先生を見上げる亜梨明。
南條先生は、つい前日まで生気を無くしていた亜梨明の目が輝いていることを嬉しく思った。
まだ十数年しか生きていない少女の命が、こんな所で終わっていいはずがないと、南條先生も藁にも縋る思いで高城先生に助けを求めたのだ。
*
翌日。
夏城総合病院の応接室のソファーに、クマのように大きな体で、いかつい顔に無精ひげを生やした男性が座っている。
男性は、ドアをノックする音を聞き、待っている間に操作していたタブレット端末を鞄にしまうと、扉を開けた人物の顔を見て、ニッと歯を見せるように笑った。
「お待たせしてすみませんでした、高城先生」
午前の診察が長引いてしまい、急いでやって来た南條先生は、乱れた髪を整えながら挨拶するが、高城先生は気にする様子もなく「南條くん、久しぶりだね!」と、懐かしそうに言いながら立ち上がった。
「十年以上経つかな……。去年来た時は会えなかったからね。ふむ……白衣も似合ってるじゃないか!顔つきも、すっかり医者としての貫禄が出たね」
まじまじと見つめられて、ちょっぴり照れくさそうにはにかむ南條先生。
彼は研修医時代、高城先生に指導を受けたことがあった。
外科医になることが夢だった南條先生は、高城先生に内科の道を勧められて、今は循環器内科医として活動している。
「研修医時代は本当にお世話になりました。また……今からもお世話になりますが……」
「自分を責めない!君はできることは全てやったんだろ?バトンタッチだ!!」
そう言って、南條先生の手を取り、バチィン!と力強いタッチを交わす高城先生。
南條先生は、恩師の元気すぎるハイタッチが痛かったようで、ヒリヒリする手を擦りながら「はい……」と苦笑いした。
「さて……。おふざけはこの辺にして、早速本題の方に取り掛かろうか」
高城先生がソファーに座り直すと、南條先生は「――あ、これが今回相談させていただいた患者の電子カルテです」と、脇に抱えていたタブレット端末を高城先生に差し出し、依頼した担当患者――亜梨明のデータを見てもらった。
「…………」
亜梨明のデータを全て見た高城先生は、先程まで南條先生に向けていた表情から一変して、険しいものになる。
「……患者と家族と直接話がしたい。頼めるかい?」
*
南條先生に案内され、亜梨明の問診をするために病室を訪れた高城先生。
一年ぶりの再会も早々に、高城先生は早速亜梨明と、電話で呼び出されて急遽病院に駆けつけた明日香に診察結果と手術についての説明を始めた。
「――はっきり申し上げると……病状はかなり悪いです。こんな状態で手術をしても、成功する可能性はとても低い……」
眉間のシワを深くする先生に、亜梨明は「先生……でも、私っ……!」と受ける姿勢を示そうとした。
「……まずは、手術に挑めるよう体力作りから!理学療法士の方と相談しながら、リハビリのメニューを考えます」
「…………!」
手術ができないわけではないと知った途端、亜梨明の表情が、ぱあっと明るくなる。
「今の体じゃ辛いかもしれないけど……やれるかい?」
「やります!」
「あと、食事も」
「頑張って食べます!」
「それから、君の生きたい気持ちは?」
「絶対元気になります!!」
亜梨明がハキハキと答えていくと、高城先生は「よし!」と頷き、ニッと歯を見せた。
「とりあえず、明日から歩行訓練を始めよう!」
「はいっ!」
「あ、あの先生っ……!ちょっと、質問が……」
元気よく返事をする亜梨明のそばの丸椅子に座っていた明日香が、不安そうな声で言いながら低く手を挙げた。
「先生……リハビリで体を動かして、余計に悪化する危険性は無いのですか?」
「可能性は無くはないですね……もちろん、慎重に進めなくてはいけません。毎日その日の状態をチェックして、危険な日は絶対安静です」
「そうですか……」
高城先生の返答を聞き、明日香は先生と娘の顔を交互に見ながら、深いため息をつく。
「手術は技術的にも難しいものですが、亜梨明さんの場合は、長時間の手術に体が耐えられるかが一番の問題なんです。……君は先日、病院を勝手に抜け出して、裏庭の丘を登ったらしいね?君のカルテデータを見た後、南條先生にそのことを聞いて、よく悪化もせず無事だったなとびっくりしたよ……。そのくらい、今の君の心臓はとても弱っているんだ」
「…………」
亜梨明は、高城先生に厳しい視線を向けられ、先日の行いを反省するように俯いた。
「――詳しいことは、精密検査を行ってから決めますが、来月には東京の病院に転院してもらって、手術はそこでしましょう。ここより設備も充実しているし、昔から僕の手術に協力してくれるスタッフが何名かいますので」
「え……」
「術後も、リハビリをしばらく向こうで続けて安定した後、ここに戻ってもらうことになるかと」
「……みんなと――家族と友達と……会えなくなるんですか……?」
淡々と説明をする高城先生に、亜梨明が寂しそうな声色で聞く。
「これから家族や友達とたくさん過ごすために、向こうでしっかり治そう!」
一瞬、目元を潤ませた亜梨明だったが、高城先生の優しい笑顔と『これから』という言葉に、すぐ気持ちを切り替えることができると、「はい!」と力強く返事をした。
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