第177話 会いたい、会えない
帰宅した爽太は、すぐさまスマホを取り出し、高城先生のメールアドレスを選択して文章を送った。
◇◇◇
爽太です。先生お元気ですか?
お忙しい中申し訳ありませんが、先生にどうしてもお話したい事があります。
もし、お時間ができたら僕のスマホに電話してもらえませんか?
(090××××△△△△)
◇◇◇
メールを送信すると、爽太はスマホを両手で握りしめ、祈るように目を閉じた。
電波の届かない地域にいるならば、メールは当分届かない。
メールが届いても、読んでもらえるとは限らないし、読んでもらっても、忙しい高城先生から本当に電話をかけてもらえるとは思えない。
でも、これが爽太にできる精一杯のことだった。
*
数日後――。
奏音から、亜梨明が一般病棟に移れたと話を聞いた緑依風達は、もしかしたらこのまま回復して手術に挑めるのではないかと期待したが、今の状態では執刀を申し出てくれる医者はいないと告げられたことを聞いて、肩を落とした。
「面会はできるから、なるべく会ってやって……」
「相楽姉は……自分のこと、どこまで知ってるんだ?」
「……全部知ってる」
「そうか……」
五人は、亜梨明も自分の病状が芳しくないことを知っていると聞き、彼女が今どんな思いで病院のベッドの上で過ごしているのかを想像し、胸が痛くなった。
すると、俯いていた星華が急にペカっと明るい表情を作り、「ね!前に私テレビで『生きたい』って気持ちが強くなって、治らない病気が治ったって体験話見たことあるんだけど!」と言って、話を切り出した。
「面会してもいいなら、嬉しい、楽しいって亜梨明ちゃんが思ってくれることをみんなでやってさぁ!それで――……」
星華が奇跡体験の番組を参考に、思いついたことを発言してみたものの、そんな星華に弱い笑みを浮かべながら「無理だよ」と言いたそうにしている奏音の様子を見た途端、彼女は「その……」と言葉を紡ぐのをやめ、気まずそうに目を泳がせる。
「……私達で亜梨明ちゃんを励まして、元気に……できないかなぁ……って」
どんどん小さくなる声。
言い出した星華自身も、終いには「無理だよね……」と諦めたように呟いた。
「ありがとう、星華。――でも、そのくらいの気持ちで接してやって。もしかしたら本当に僅かな確率でも回復するかもしれないし、それに……どっちになっても、なるべく――たくさん楽しい思いさせてあげたいから……」
主治医の説明を聞く限り、その“僅かな確率”なんてものは、クモの糸のように途切れやすく、手繰り寄せることなんで不可能に近いのかもしれない。
それでも、この場にいる全員が、小さな小さな砂粒ほどの奇跡を求め、亜梨明の回復を願っていた。
*
休み時間、風麻は爽太を廊下に呼び出した。
「メール送ったか?」
「うん……。この間送ったけど、まだ何も返事が来なくて……」
「今、その先生がどこにいるかとかわかるか?」
風麻が聞くと、爽太は「わからない」と首を振った。
「そうか……あとはもう、待つしか出来ないんだな」
「うん」
二人は、今すぐにでも高城先生から返事が来ないかと、爽太のスマホをもどかしい思いで見つめる。
*
放課後――。
緑依風と星華は、奏音に連れられて、夏城総合病院を訪れた。
全員で会いに行きたい気持ちだったが、大勢での面会は他の患者の迷惑に繋がりかねないし、まずは女友達からさせて欲しいと、奏音は風麻と爽太にはまた別の日に頼み、彼らもそれを承諾した。
緑依風も星華も、厳しい状況下に置かれた亜梨明と何を話せばいいのか考えると、緊張でつい表情が強張る。
病室まで辿り着くと、奏音は亜梨明の様子を見てくるから、少しだけ待っててと言って、二人をドアの前に待機させた。
しかし、奏音はなかなか部屋から出て来ず、中では戸惑うような彼女の声が聞こえてくる。
ガラッ――と、引き戸を開けてようやく出てきた奏音だったが、何やら暗い表情になっており、「ごめん……」と、まず緑依風達に謝罪の言葉を述べた。
「亜梨明……誰にも会いたくないって言ってて……」
「え、なんで……?」
星華が聞くと「今の自分を見て欲しくないって……」と、奏音は言った。
「そんなっ、亜梨明ちゃんっ!ねぇ、会いたいよっ!!」
星華がドアに触れながら、病室の中にいる亜梨明に訴えかけると、緑依風が「星華」と、背後から静かに止めた。
「星華……今日は帰ろう。……亜梨明ちゃんにだって、いろんな思いがあるんだよ」
緑依風が宥めると、奏音は「せっかく来てもらったのにごめんね……」と謝った。
「私達、亜梨明ちゃんがまた会いたいって思ったら、いつでも会いに行くって伝えて」
緑依風がそう奏音に伝言を頼むと、星華は再びドアに近付き、「私達は、いつでも亜梨明ちゃんに会いたいからね!!」と、亜梨明の耳に届くように大きな声で言った。
亜梨明は、ドアを隔てた室内で、小さな曇りガラスに映る星華と緑依風のシルエットを見つめながら、「ごめんね……」と謝る。
それから少し間を置いて、緑依風と星華を見送った奏音がゆっくりとドアを開き、病室に戻ってきた。
「会いたい時にいつでも呼んでって言ってたよ」
「…………」
亜梨明はこくんと頷くと、奏音から顔を逸らし、窓の外を見つめた。
田畑の多い秋山町に近い病院周辺では、夕暮れが迫ると外からグワッグワッと賑やかな音が聞こえる。
「カエルの声がするね〜。もうすぐこの辺、田植えの時期なんだって」
「…………」
奏音が話しかけても、亜梨明は外の景色を見たまま何も言わない。
遠く、ただ遠くを見ているようだった。
その姿に、胸が張り裂けそうになった奏音は、喉も渇いていないのに冷蔵庫から飲み物を取り出して、「そういえばさぁ〜」と、話を続けた。
「……昔、音符っておたまじゃくしに似てるって話したの覚えてる?そしたら、亜梨明が「じゃあ、カエルになったら楽譜からいなくなっちゃうの?音楽はどこに行くの?」ってお父さんに言って、大笑いしたことあったよね〜!あの時――……」
「奏音……」
「ん?」
亜梨明に名前を呼ばれて、奏音は話を止めた。
「奏音も無理しなくていいよ?」
「え……?」
奏音は取り出した飲み物をサイドテーブルに置きながら、明るく作った顔を引きつらせる。
「無理して……私に会いに来なくていいんだよ?」
「なっ……なんでそんなこと言うの?私は――……」
「会うと辛くなるでしょ?……思い出が増えれば増えるほど……別れも……」
「そんなことっ……そんなこと言わないでよっ!私は会いたいのに……ずっと、一緒にいたいのにっ……!!」
奏音が瞳から涙を零すと、振り返った亜梨明はそっと妹の顔に細い手を伸ばし、「奏音、ごめんね……」と言いながら、濡れた頬を撫でた。
「私、本当は随分前から……奏音やお母さん達に「頑張る」「治る」って言いながら、絶対無理ってわかってた。手術を受ける前にこうなる日を、覚悟して生きてた……。だから、死ぬことはもっと平気だと思ってたのに……。緑依風ちゃんや爽ちゃん達と出会ってからは、毎日が楽しくて……。でも、それがもう出来ないんだって思ったら……会うと余計に辛くなりそうで……。奏音のことも……私、大好きだから……これ以上大好きになったら、すごく悔しいまま……死ぬことになっちゃう……」
そう語りながら微笑む亜梨明も、奏音同様、大粒の涙をいっぱい溢れさせている。
「やだよっ……亜梨明っ!ずっと、ずっと一緒にいてよっ……!!亜梨明がいなくなっちゃったら、わたしっ……どうやって生きていったらいいのかわかんないっ……!」
自分に抱き付き、喉から唸るような声を響かせながら泣く奏音に、亜梨明は何も言葉を返せなかった……。
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