第162話 子供達の晩御飯(後編)


 午後四時を過ぎると、秋麻が友人の家から帰宅してきたため、風麻は弟達を連れて駅前のコンビニに行くことにした。


「好きなの選んでいいけど、あんまたくさんは買えないからな~」

 風麻は、お腹が空いてもご飯まで場つなぎができるよう、秋麻と冬麻に好きなお菓子を選ばせながら、財布の中身を確認する。


「じーちゃんも心配だけど、金が無くなる前に母さん達、帰ってこれるかな……」

 お金はまだ残っているが、昨日の夜、母から祖父の容態があまり思わしく無いと知らされた為、万が一留守が長引いた時のために、無駄遣いはせずなるべく残しておきたかった。


 お菓子をいくつか選び終えると、今度はお弁当やお惣菜が売っているコーナーへと移動する。


「俺、これがいい!」

 秋麻が選んだのは、彼が今一番ハマっている、ホワイトソースがかかったチキンオムライスだった。


 すると、冬麻が「あ、ぼくもそれにする!」と、嫌いなものが入っていないか確認していたお弁当を置き直し、秋麻と同じ物を手に取ろうとした――が。


「あっ……」

 冬麻の背後から、二十代くらいの若いサラリーマンが先にオムライスを手に取り、レジに持って行ってしまった。


 困ったことに、それは最後の一個だった。


「あ〜……残念だったな。仕方ない、他のご飯で我慢な」

「やだ!」

 冬麻が首を横に振った。


「オムライスならこっちのトマトのソースとか、デミグラスもあるぞ?」

 風麻は、冬麻に別のオムライスを見せて選ばせようとするが、「やだ!トマトのやつも、ちゃいろいのもキノコがはいってるんだもん!」と、冬麻は意見を曲げない。


「ワガママ言うなよチビ助」

 すでに自分の弁当を決めた秋麻がじれったそうにすると、「秋麻にいちゃんの、ぼくにちょうだい!」と冬麻が言い出した。


「はぁっ!?」

 秋麻は目を見開いて声を上げる。


「……秋麻、それ冬麻に譲ってくれないか?」

 風麻は手を合わせて頼んでみるが、秋麻はひしっと容器を掴んで後退りし「俺だってこれが食べたい!先に俺が選んだんだぞ!」断固として譲らない姿勢だ。


「…………」

 他に冬麻が食べれそうな物が無いかと見てみるが、とろろの入ったそば、辛口カレー、キノコたっぷりのパスタなど、どれも冬麻が食べれないものばかりだった。


「……っう、わぁぁぁ~ん……!」

 とうとう冬麻は泣き出し、レジにいる店員も遠くから心配そうにこちらを見ていて、風麻もどうすればいいのかわからず困惑していたところに、今度はピロンと携帯が鳴った。


 伊織からのメッセージだった。


「嘘だろ……」

 内容を確認すると、なんと更に最悪なことに、両親の留守が一日延長になるという内容だった。


 秋麻の「兄ちゃん、もう適当に買って帰ろうぜ……」という、非協力的な態度や、店内に響き渡る冬麻の泣き声が、ますます風麻を焦りと苛立ちで追いこんでいく。


「~~~~っ!!」

 ついに我慢の限界で、手の血管が切れてしまいそうな程に拳を握り締めた風麻が、「いい加減にしろ!」と弟二人に叫ぼうとした――その時だった。


「あれぇ〜?冬麻くん?」

 聞き慣れた声を耳にして、ハッと風麻は我に返る。

 振り向くと、緑依風の末妹、優菜がトコトコと冬麻のそばへとやって来た。


「なんでないてるの?」

「…………!」

 優菜に泣いている理由を問われた冬麻は、大好きな子に泣き顔を見られたことが恥ずかしくて、サッと逃げるように秋麻の後ろに隠れた。


 すると、今度は優菜が来た方向から別の足音が聞こえる。


「冬麻の泣き声が聞こえると思ったら……何してるの?」

 買い物カゴを持った緑依風が、棚の死角になっていた場所から、千草と共に坂下兄弟の目の前に現れ、風麻のカゴの中身を見てキョトンと目を丸くした。


「えっ、お弁当……?おばさんは……?」

 風麻は「はぁ~っ……」と、安堵から来る深いため息をつくと、「緑依風……頼みがあるんだけど……」と、話を切り出した。


 *


 事情を知った緑依風は、母の葉子に電話をして、風麻達三兄弟を夕食に招待することにした。


「うちの親達、閉店後にミーティングがあって遅くなるから、みんなゆっくりしていってだってさ!夕飯の食材買うからスーパーに行こう!」

 六人はコンビニを後にし、すぐ隣にあるスーパーマーケットに移動した。


「本当にごめんな緑依風……。弟達に、もう少しで酷いこと言うとこだった……」

 風麻は申し訳なさそうな顔で頭を下げた。


「もぉ~っ……。最初から言ってくれたらよかったのに〜!オムライスのホワイトソースかけたやつ作ればいいのね!」

「だって、頼んだら文句言われるかとか、説教されるかと思って……」

「そりゃ、日頃から手伝いしないからこういう時に困るんでしょ!」

 予想通りの言葉が風麻の胸にグサグサ突き刺さる。


「母さんが帰ってきたら、今度から手伝うよ……」

 つい昨日までは、何かと言い訳をして、母からの手伝い要請をかわしてやり過ごしてきた風麻は、今回の経験をきっかけに、少しずつやって覚えなければと考えを改めた。


 料理や洗濯、掃除や育児――風麻が昨日今日で苦戦してきたことを、殆ど一人でこなしてきた母の偉大さを感じると同時に、今、目の前で、まだ自分と同い年でありながら、どっちの野菜が安くて新鮮かと見比べている幼馴染にも、母同様に尊敬の念を抱く。


「――なぁ、あとで洗濯と目玉焼き教えて欲しいんだけど……」

「そんな簡単なことも出来ないの?」と呆れられるのを覚悟で、風麻はレタスを選び終えた緑依風の背に向かって、早速教授を請う――が、振り返った緑依風の表情は、風麻の予想に反してとても穏やかで優しかった。


「ご飯食べ終わったらおうち見に行くから、その時ね」

「……!お、おぅ……」

 緑依風が少し嬉しそうな微笑みを浮かべて承諾すると、風麻は何故か急に照れくさい気分になり、自分の顔が熱くなっていくのを感じた。


「お……おれっ、チビ達が迷子にならないように見てくるよ!あ、その荷物俺が持つから!」

 風麻は、赤くなっているやもしれぬ顔を緑依風に見られぬよう、彼女が腕にかけてたお菓子が入ったコンビニの袋を取り、足早に冬麻や優菜達がいる方へと向かっていった。


「な~んか、お姉ちゃんと風麻くんって、時々夫婦みたいな空気出すよね〜」

 千草が、お菓子コーナーから持ってきたスナック菓子をカゴに入れながら言った。


「バカ、まだ私達子供だし、そういう関係ですらないし……ってコラ!お菓子はさっき買ったでしょ!戻しなさい!」

「そういうところが子供じゃ無いんだよー!ちぇ~っ……」

 緑依風は、カゴから取り出したお菓子を手にして逃げる千草に、「も〜っ……」と呆れつつ、風麻の気持ちを思い出し、胸をチクリと痛ませながら買い物を続けた。


 *


「はい、ご飯できたよ~!」

「やった~!」

 緑依風の呼びかけに、お腹を空かせた坂下三兄弟、千草と優菜が大喜びでダイニングテーブルに集まってくる。


 緑依風が作った夕食は、ホワイトソースがかかったふわふわたまごのオムライスと、細切りにしたニンジンやタマネギを入れたコンソメスープ、ツナをたっぷり乗せたサラダだった。


「うわぁ、うまそうっ!緑依風ちゃんすげーっ!」

「おいしそ~っ!」

 秋麻と冬麻は、テーブルに並んだ料理を見て、目を輝かせながら椅子に座った。


「あははっ!さっ、食べよっか!」

 六人の子供達は手を合わせ、いただきますをした後、それぞれ好きなものから食べ始めた。


「うめぇ〜!お前ご飯系も超上手いな!」

 風麻が笑顔でオムライスを頬張りながら、対面で向かい合う緑依風に感想を伝える。


「ホント?よかった。そういえば、風麻にご飯物ってあんまり作ったことないね」

「弁当のおかずはたまーにもらうけど、家で食べるご飯ってのは、確かに無かったな」

 長年、ご近所付き合いのある松山家と坂下家だったが、子供だけで晩御飯を共にするのは初めてのことだった。


 風麻が、大盛りにしてもらったオムライスをすでに半分程食べ終える横で、千草と秋麻は、ツナを取りすぎだとかそんなこと無いと揉め始め、優菜は冬麻に「あーんして!」と、どこで覚えてきたと聞きたくなるような、ラブラブ新婚夫婦のようなことをしている。


 いつも家族五人で囲む時とは違う食卓、味付けなのに、新鮮な気持ちよりも懐かくて安心する時間――。


 そんな居心地の良さに、風麻の心は多幸感で満たされていた。


「あ~も~、ちょっとちょっと!」

「ん?」

 風麻がぼんやりとしながら残りのオムライスを食べていると、緑依風が「口の横、ホワイトソース付いてる……」と、自分の口元を指でトントンしながら教える。


「どこ?」

「そっちじゃなくて、こっち!あ~だから逆だってば!」

「もういっそ、拭いてくれよ~!」

 面倒だと思った風麻が、「ん」と緑依風に顔を近付けると、緑依風は「ふ~っ」と鼻から深く息を吐き出し、小さく肩を落とす。


「そういうのは……」

 緑依風はティッシュを一枚取り出し、風麻に突き出すと、「彼女にしたい人に言ってください」と言って、ちょっと不機嫌そうに風麻から顔を逸らした。


「……?」

「りいふちゃん!ぜんぶたべたよ〜!」

 冬麻がお皿を緑依風に差し出し、残さず食べきったことをアピールすると、緑依風の表情は元に戻り、「冬麻すご~い!偉いね~!」と小さな拍手をして褒め始めた。


「それ、実はご飯にキノコ入ってたんだよ〜!」

「えぇー⁉︎どこー!わからなかったー!でもおいしかったよー!」

「大きくなったら色んなもの食べれるといいね!」

 嫌いなものを食べれた達成感に喜ぶ冬麻と緑依風を見て、風麻は「お前こそ、俺らじゃなく、いつかちゃんと好きな奴にメシ作ってやれよ」と言おうとしてやめた。


 なんだかこの幸せな時間を壊すのは嫌だったから。

 まだ知らぬ緑依風の好きな人が、ほんの少し羨ましくなったから。


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