第152話 バレンタイン(中編)


 昼休み――。

 小泉が話した通り、正午前から降り始めた白い雪は、中庭の植木や、ペンキの剥がれた柵や手すりなどに積もり始め、恋する人々に素敵な風景を作ってくれた。


「うは~っ、本当にホワイトバレンタインだよ~!はぁ~……いいなぁ~、私なんか結局未だに好きな人すらできないよ~」

 昼食のチョココロネを袋から取り出した星華は、ふてくされるようなため息を吐いた。


「爽太~っ、パン買いに行くけど一緒に行かね?」

 お弁当を広げ始める亜梨明達のすぐ後ろで、風麻が爽太を誘う声が聞こえる。


「うん、いい……――」

「く、日下っ、話が――!」

 爽太が風麻に返事をしようとしたところで、小泉が爽太のブレザーの裾を掴み、呼び止めた。


「日下に……はなしが、あるの……!いっしょに……きて!!」

 緊張に顔を真っ赤にした小泉の手には、今朝から机の横のフックにかかっていた、チョコレートの入った紙袋。


 話の内容は聞かずとも、この場にいる誰もがその意味を理解する。


「……ごめん、風麻。僕用事できたから」

「あ、あぁ……わかった」

 風麻はそう返事をすると、チラリと亜梨明と爽太を交互に見て、売店へと向かった。


「じゃあ、小泉さん……話聞くから。……移動しようか?」

「うん……」

 爽太に手招きされた小泉は、彼と一緒に教室を出て行く。


「…………」

「大丈夫だよ~亜梨明ちゃん!」

「わっ!」

 二人のことが気になる亜梨明に、星華が元気付けようと肩を叩いて励ました。


「放課後のために、日下に言いたいこと今のうちにまとめておこっ!」

「うん……!!」

 亜梨明は声を震わせながら頷き、彼が戻ってくるのを待った。


 *


 キーンコーンカーンコーン――。

 六時間目の授業が終了した。


 結局あの後、爽太は先に一人で戻り、小泉は、しばらくしてから友人二人に寄り添われ、涙の跡を頬に残して戻ってきた。


 六時間目の授業は体育だったため、風麻は爽太の隣で体操着から制服に着替えながら、彼の気持ちの在りかを探ろうとしていた。


 爽太は小泉に告白された後も、いつも通りの涼しい顔をして昼食を摂り、彼女のことには一切触れずに、窓の外の雪についての話をしていて、フッたことに罪悪感を感じる様子も、朝から呼び出し続きでうんざりした様子も見せない。


「(顔だけ見ても、何考えてるかさっぱりわかんねぇや……)」

 何も感じていないのか、ポーカーフェイスが上手いのか……。

 爽太の考えが読めない風麻は、恐らくまだ告げられていないであろう亜梨明の気持ちに、彼がどう答えるのかとても気になっていた――と、そんな時。


「なぁなぁ日下!お前今日チョコ何個もらった?」

 クラスメイトの男子生徒の一人が、興味津々な様子で爽太に聞いた。


「えーっと……十個くらい?」

 爽太が指折り数えながら答えると、「十回も告られたってことか!?」と、別の男子生徒が聞いた。


「まさか!下駄箱に入ってたのと、机に入ってたやつ……あとは、断ったけどこれだけはって言われたやつを合わせてだよ」

「いいなぁ~っ!俺ゼロ!」

「俺は一応一個もらったぜ!まっ、バスケ部女子一同からの義理だけどな!」

 男子生徒達はそれぞれそう答えると、途中になっていた着替えを再開した。


「モテるよなぁ……」

「ははっ、そうなのかも……」

 風麻に言われると、爽太は困ったように笑って、シャツのボタンを留め始めた。


「……相楽姉からは、もうもらったか?」

「亜梨明から……?」

 風麻がズボンのベルトを巻きながら聞くと、爽太は「もらってないけど?」と、不思議そうな顔で答えた。


「爽太ってさぁ……相楽姉のことどう思ってんの?」

「どう……?」

「前に……直希が聞いた時、“妹みたいな友達”って答えてたけど、それは……今もか?」

「えっ――、……うん、それが?」

「正直に、言ってくれ……」

 風麻が真剣な表情で尋ねると、爽太はやや考えるように表情を歪ませる。


「……思ってるよ」

 数秒の間の後に出た、爽太の返答。


 彼の表情、声色が、嘘偽りではないと悟った風麻の中で、プツンと何かが切れた。


「――亜梨明は、すごく大事な友達だ。だから僕は、亜梨明の病気がちゃんと治るまで、亜梨明のために……――」

「なぁ、爽太……」

 爽太の言葉の続きを遮るように、風麻が低い声で呼ぶ。


「お前さ……もう、相楽姉に構い過ぎるのやめた方がいい」

 風麻が怒りの感情を抑えながら忠告すると、そんな彼の言葉に不満な爽太も「どうして?」と、負けじと聞き返す。


「優しくされすぎて、傷付くこともあるんだよ……!」

「えっ……?」

「……先に出てる」

 風麻は体操着やブレザー、ネクタイなどの荷物を抱えると、爽太を置いて更衣室を出た。


 残された爽太は、まだ彼の言葉の意味が理解できず、何故風麻が怒ってしまったのかを考えながら、着替えを続けた。


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