第12章 偽りのヒーロー

第147話 同じ願い


 ゴーン――。

 テレビから、除夜の鐘が鳴る音――そして、アナウンサーの「明けましておめでとうございます」という挨拶が聞こえ、緑依風もそれに続くように、両親に新年最初の挨拶をした。


 年が明けて一月一日。


 すでに眠気に耐えられず、こたつに半身を突っ込んだまま寝てしまっている千草と優菜の顔を見て、緑依風と葉子は「ふっ……」と鼻から息を漏らすように笑う。


「今年も起きてられなかったわね」

 葉子は、膝下で眠る優菜の頭を優しく撫でた。


「千草は「今年こそ除夜の鐘聞くんだー!」って、その分昼寝もしてたのにね!」

 緑依風も口を開いたまま寝ている千草の鼻先をチョンっと、軽くつついて、苦手なコーヒーに砂糖をたっぷり入れて飲んでいた光景を思い出していた。


「しょうがないさ、まだ二人とも小さいんだからね……よいしょ」

 北斗は千草を抱き抱えると、寝室へと連れて行った。


 葉子も優菜を抱っこして、ベットで寝かせるために、北斗の後ろをついて行く。


 まだ眠くないけど、そろそろ部屋に戻ろうかと緑依風がソファーから立ち上がると、ピコンとスマホから通知音が鳴った。


『まだ起きてるか?』

 ――と、メッセージを送ってきたのは風麻だった。


『起きてるよ。明けましておめでとう』

 返事を送ると、緑依風は画面をホームに戻して、小さなため息をついた。


 相楽家のクリスマスパーティー以降、緑依風の気持ちは、ずっとモヤモヤしていた。

 風麻とは、あれからも何度か顔を合わせたが、亜梨明にプレゼントをあげたことや、クリスマスの話題が出てくることは無い。


 いつも通り――そう、不自然なくらいにいつも通りなのだ。

 緑依風はそれを、自分に知られたくないが故の彼の考えだと悟ると、余計に問い詰めたくなる思いで心が破裂しそうだった。


「あの時何してたの?何をあげたの?」

 聞きたいが、聞いてしまえば覗き見していたのがバレてしまうし、真実を知るのが怖い……まだ答えは保留にしておきたい。


 そんなことを思っていると、今度は風麻から電話がかかってきたので、緑依風は驚き、一瞬スマホを宙に浮かせた。


 落ち着きを取り戻して通話ボタンを押すと、「あけおめー」と風麻の声がした。


「あけおめ。どうしたの?」

「なぁ、これから近くの神社に初詣に行かないか?」

「えっ、今から?夜だよ?」

「夜だから行くんだよ」

「親に聞かないとわかんないけど、とりあえず行くよ。日下達には声掛けた?」

「二人で行こうぜ」

「ふっ……二人で!?」

 思わず大きな声で聞き返してしまう緑依風。


「すぐ帰るし、みんな寝てるかもしれないしな」

「……わかった、親に聞いてくる。メッセージで返事するから電話は一旦切るよ」

「おう」

 緑依風は電話を切ると、リビングに戻ってきた両親に駆け寄り、風麻と初詣に行くことを話した。


「こんな時間に危ないわよ」

「お願い!近いし風麻がいるし大丈夫だから……!」

 緑依風が手を合わせて葉子に懇願すると、北斗は「まぁ、あの神社なら十分ちょっとで帰ってこれるし、男の子の風麻くんがいるなら大丈夫だろう」と言った。


「まぁ……風麻くんが誘ってくれたなら、緑依風は行きたいわよね……。ちゃんと帰る時には連絡するのよ」

「うん!ありがとう!!」

 母親の許可が出たので、緑依風はすぐ風麻にOKの返事を送り、着替えて家の外に出た。


 *


「お、早いな」

 暗闇の中、白い息を吐きながら、いつものダウンジャケットを纏った風麻が緑依風に近付いてきた。


 二人はすぐ近くにある夏城神社へ向かって歩き始めた。

 小さな神社なので、屋台もなければ、目立つようなイベントも無いのに、風麻は何故この時間に行きたがるのだろうかと、緑依風は不思議そうな面持ちで風麻の一歩後ろをついていく。


「まずは参拝からするぞ」

「まぁ、初詣だもんね」

「緑依風、今の内に願い事を強く思っておけよ」

 風麻はニヤッとしながら緑依風の顔を見た。


「今から?」

「年が明けたばかりなら、神様も願い事を覚えておいてくれるだろ?たくさんお参りする人が来るような神社だと、願いを叶える順番が来る前に忘れられそうだからな」

「それでこの時間に誘ったの〜?」

 風麻の考えに、緑依風は呆れた。


「あのね……初詣っていうのは、神様に挨拶するためのものなんだよ」

 緑依風が説明すると、風麻は「そうなのか!?」と驚いて口を開けた。


「でも、お願いするだろ?」

 風麻が聞くと、緑依風は少し間を置いてから「するけどね……」と笑った。


 緑依風は毎年、おせち料理を食べた後、隣町の秋山神社に家族みんなで初詣に行っていた。


 この辺の人達は大抵、夏城より大きくて、屋台もたくさん並ぶ秋山神社に行く人が多い。


 元旦の夜の夏城神社は、緑依風も風麻も初めてだった。


 *


 夏城神社に到着した緑依風と風麻。

 階段を上ると、参道の近くで轟々と火が燃えており、そこに集まった人達は、手を添えて暖を取っている。


 暗闇の中で赤く燃え上がるその炎に、二人は息を呑んだ。


「なんか……いつもの夏城神社と別世界みたい」

「だな」

 パチパチと音を鳴らす火の横を通過し、二人はお賽銭を投げ入れ、鈴を鳴らし、手を合わせた。


 お祈りはいつも決まっている。


 風麻と両想いになれますように――。

 毎年いつも同じ願いだ。


 風麻は何を願っているのだろう。

 先に目を開けた緑依風は、隣でまだ手を合わせて目をつぶっている風麻を見た。


 真剣な表情で、何をお願いしているのか聞きたい気持ちが、ボコボコと水泡のように大きくなっていくのを感じる。


「風麻……もしかして……」

 という言葉が喉まで上がってきたところで、緑依風は唾液と一緒に飲み込む。


 目を開けた風麻は、またいつものやんちゃな少年の表情に戻った。

 そして、緑依風の肩をポンっと叩き、「本命に行くぞ!」と言って、小走りでどこかに向かっていった。


 火が焚かれている場所の近くには、白いテントが張られている。

 緑依風がその中を見ると、ぜんざいを配っている神社関係者の人達の姿が。


「おーい!早く来いよ!なくなっちまうぞー!」

 鍋の中をかき回すおじさんの前で、手を振りながら風麻が呼んだ。


「あんたの本命ってこれだったのね……」

「だってタダだぜ?」

「ちょっ、バカっ……!」

 失礼なことを言う風麻に緑依風は焦るが、風麻の言葉を聞いたおじさんは、気にせず笑っていた。


 熱々のぜんざいをもらった二人は、火から離れた木に背を向けて、ふぅふぅと息を吹きかけながらぜんざいがちょうどいい温度になるように冷まし始めた。


「今年初の甘い物だ」

「今年も変わらず甘い物好きね」

 パリッと、四角い焼き餅の表面を箸で潰しながら、緑依風は風麻を見た。


 風麻は、餅を一口かじってはみたものの、まだ熱かったのかパッと口を開けて、ハフハフと冷えた空気で口の中を冷ましている。


「(やっぱり、私の前では“いつも通り”だ……)」

 亜梨明の前で見せた時のような様子はない。

 ずっと見続けてきた、よく知る表情――。


「……どうした?なんかこの間から元気無くね?」

「……ねぇ、風麻。恋の相談してもいい?」

 思い悩み過ぎて、無意識に普段喋らない話題を出す緑依風。


 風麻は「こ、恋ぃっ!?」と、驚きに声をひるがえしたが、「珍しいな……いいぞ」と、彼女の話を聞く姿勢になった。


「私の好きな人はね、もしかしたら他に好きな人がいるかもしれないの」

「ほぅ……」

「もちろん、決まったわけじゃないし、いたとしても、簡単に諦めるつもりもないけど……それがはっきりわかっちゃった時、私は……その人とその人が好きな人のことを、恨むこともねたむこともせずにいられるのかなって……」

 綺麗な気持ちでいたいのに、クリスマスのあの日からすすにまみれたような心のガラスを、緑依風はこれ以上真っ黒にしたくなかった。


 それを当人に相談してしまうなんておかしいとも思ったが、去年から燻っていた想いを吐露すると、ちょっぴり苦しさが和らいだ。


 風麻は、甘く柔らかい小豆を、箸で一つずつ摘んで食べながら「ん〜〜」と声を出して、幼馴染の悩みを真剣に考えていた。


「恨んでも、嫉んでもいいじゃんか」

「えっ……?」

「でも、嫌がらせとか相手を困らせることさえしなけりゃの話だけどな。悔しい時は悔しいし、羨ましい時は羨ましい。そう思うのは、自分じゃどうしようもないんだし。……それに、お前がそういうことできない、しないってことはハッキリ信じれる!」

「まぁ……そんなことは絶対するつもりないけど」

「新年早々難しい顔してると幸せが逃げちゃうぞ。ぜんざい食え。美味いぞ」

 緑依風は先程より味が染み込んだであろう餅にかぶりついた。


 甘くて、少し塩の味と、餅のおこげから仄かな苦味も感じる。

 あぁ、まるで……今の私の心境だ。


 緑依風がそう思いながら餅を食べきると、風麻はズッと甘い汁を飲み干し、緑依風の方を向いた。


「今年もよろしくな、緑依風」

「え……」

「あけおめは言ったけど、よろしくはまだ、言ってなかったからな!」

 風麻は「へへっ」と無邪気な笑顔を緑依風に向けた。


 子供っぽいけど、安心する。

 亜梨明に向けたような表情を自分にもと思っていたのに、やっぱりよく知るその笑い方に、緑依風は元気をもらえるのだった。


「こちらこそ……今年もよろしく」

 緑依風もにっこり笑って風麻に伝えると、「おう、今年も……来年も、だな!」と言って、風麻は焚火を眺める。


 轟々と燃え続ける炎が、風麻の顔をオレンジ色に照らしている。

 きっと自分も同じ色をしているのだろうなと、緑依風は思った。


 *


「はぁ~……ぜんざい、あともう二杯は食いたかったなぁ~!」

「他の参拝者の人の分なくなっちゃうでしょ……」

 ぜんざいでポカポカになった二人は、ゆっくりした歩調で家まで歩く。


「朝になったら、おせちのだて巻き、栗きんとん!」

「本当に甘い物好きだよねぇ~……」

 今年も変わらず甘党の風麻に、緑依風が「ふふっ」と微笑ましい気持ちでいると、「なぁ、緑依風……」と、風麻が歩みを止めて緑依風を呼んだ。


「俺はさ、今年も来年もお前の味方だ!」

「な、なに……突然……?」

 緑依風は彼の言葉の意味がわからず、怪訝な顔をする。


「……だからさ、そのっ……お前は友達たくさんいるけど、お前にも……俺の一番の味方でいて欲しいんだよ……」

「どういうこと……?」

「…………」

 風麻は何度か口を開いては閉じると言った動作を繰り返すが、その先は詳しく説明してくれなかった。


「……いつか話す。――さっ、冷えちまう前に早く帰ろうぜ!」

「えぇ~っ、ここまで言ってもったいぶらないでよ!!」

 風麻はジャケットのポケットに両手を突っ込むと、スタスタと緑依風を置いて歩き始める。


 追いかけた緑依風が風麻と並ぶと、いつの間にか彼の背が、自分とほぼ変わらなくなっていたことに気付いた。


「(知らぬ間に……おおきく……なっていくんだなぁ……)」

 きっと今年中に、風麻は自分の背を追い抜くだろう。

 そう思った緑依風は、しゃんと背筋を伸ばして、彼の隣を歩いた。


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