第146話 純白の君と雪


 星が輝く夜道を走る風麻――。


「はぁっ、はぁっ……」

 白い吐息を、少し霧がかってきた住宅街に溶け込ませ、鼓動はドクンドクンと緊張で高鳴っている。


 今日のために用意した、亜梨明への贈り物。

 風麻は、このプレゼントを渡すための作戦を何日も考えた。


 緑依風や爽太達がいる前では、もちろん渡せない。

 かといって、亜梨明だけをパーティー中に誘い出すなんてしても、怪しまれて星華にからかわれる予感しかしなくて、それも無理だ。


 そこで風麻が企てた作戦は、パーティーが終わった後、忘れ物を取りに行くというていで戻り、その時に渡すというものだった。


 もちろん、そのためにわざと私物を一つ置いていくという、フリだけではないように、仕掛けも施した。


 *


 相楽家の門の前に到着すると、風麻は携帯を取り出す。


 そして、緑色の通話アプリを開き、緊張に震える指で亜梨明に電話を掛ける。


 ドアのチャイムを押せば、誰が出てくるかわからない。

 相楽姉妹の母か奏音が出てきてしまえば、せっかくここまで戻ってきた意味も無くなるからだ。


 呼び出し音が一回半鳴ったところで「は~い」と、亜梨明の声が聞こえた。


「あ、さっ、相楽姉……!」

 風麻が声を上ずらせると、「坂下くん、どうしたの?」と、亜梨明が尋ねる。


「あ、あのさっ……テーブルの下らへんに俺のイヤホン落ちてねぇか?片っぽポケットから落としたみたいでさ……」

「イヤホン?」

「そっ、黒いの!落ちてねぇか?」

 数秒経過すると、「あっ、あったよ~!」と、亜梨明が言った。


「悪いけど、家の外まで出てきてくれるか?もう、真ん前まで来てんだ!」

「うん、いいよ!」

「あっ、あとあったかくして来いよ!外寒いから!」

「あははっ!うん、わかった!」

 通話が切れると、「ふぅ……」と風麻は深く息を吐く。


 そして、バッグの中に手を突っ込み、ゴソゴソ音を立ててプレゼントを取り出す。


 ――ガチャッと、ドアが開かれると、白いコートを纏った亜梨明の姿が見えた。


 フード部分にはコートの色と同じく白いふわふわのファーが付いており、色白の彼女の雰囲気によく似合っているのだが、ややサイズが合わないのか、ぶかぶかだ。


「お母さんの借りちゃった!」

「だよな、それさっき見たな~って思った!」

 見覚えのあるコートだと思っていた風麻だが、どうやら先程買い物から帰宅したばかりの、母親の上着のようだ。


 おそらく、風麻が温かい格好でと言ったのと、急いで彼に忘れ物を渡すために、その場にあったのを借りたのだろう。


「でも、似合ってる」

「ホント?今度お出かけの時も借りちゃおうかな~!」

 褒められて少し上機嫌になる亜梨明だが、「あ、そうそう!」と、目的を思い出し、袖に半分埋まっている小さな手から、黒いイヤホンを差し出した。


「はい。これのことかな?」

「あ、あぁ……ありがとな」

 風麻はイヤホンを受け取り、お礼を言った。


「じゃあ、私はこれで――」

「あっ、ちょっと待って!!」

 すぐに家の中に戻ろうとする亜梨明を、風麻がやや大きめの声で引き留める。


「?」

「あっ、あっ、あぁぁのっさ!」

 緊張のし過ぎで、上手く言葉が出てこず、おかしな声が出る風麻。

 亜梨明は、そんな彼を不思議な目で見る。


「これ、これ……なんだけど!!」

 風麻はガサッとビニールの音を立てて、袋を掲げた。


「これ、や……やる!」

「えっ?」

 亜梨明が驚いて目を丸くすると、「あっ、あまりっ、だけど……!」と、風麻は更に腕を伸ばし、亜梨明にプレゼントを近付ける。


「交換のプレゼント……さ、迷って二つ買っちまったんだ。……そんで、こっちはネックレスで……俺が持ってても意味無いだろ?だから、相楽姉に……」

 今はまだ、『亜梨明のために』と言えない風麻は、迷って買った物をもらって欲しいという理由にして、亜梨明に渡すことにしたのだ。


 しかし、亜梨明は大きな猫目をぱちくりとさせて、「うーん……」と、考えるように眉を下げる。


「なんで、私?」

「えっ?」

 きっぱり断られるか、すんなり受け取ってもらえるかの二択しか考えていなかった風麻は、亜梨明の質問に驚き、目を見開く。


「私以外にもいるでしょ……?ほら、緑依風ちゃんとか!」

「緑依風……か……」

 確かに今の言い訳では、他の女の子に渡してもいいだろうと思われてしまうかと、風麻は自分の作戦の甘さを悔やむ。


「私じゃなくて、緑依風ちゃんに渡してあげなよ。……坂下くんって、しょっちゅう緑依風ちゃんにケーキもらってるでしょ?いつものお礼ってことにしてみたらどうかな~?」

「いやっ、その~……緑依風ってイメージじゃないんだよ、このネックレス……。雪の結晶の形してんだけど、緑依風はホラ、夏生まれだし……」

「私も夏だよ?六月だもん」

「いやいやっ、そうなんだけど――っ!!」

 上手く受け取ってもらえるように一秒、二秒の短い時間でたくさん理由を考える。

 しかし、もう胸も頭もパンクしそうなくらいいっぱいいっぱいで、これ以上は何も浮かんでこなかった。


「(受け取ってくれないのは――やっぱり……)」

 俺が爽太じゃないからか。

 爽太からのだったら、もっとすぐもらってくれるんだろうか……。


 それでも風麻は決めたのだ。

 爽太に負けずに、必ず亜梨明を自分に振り向かせると――!


 再び強い決意を胸にした風麻は、キュッと袋を握る手に力を込め、もう一度亜梨明の目の前にプレゼントを差し出した。


「これは、相楽姉にもらって欲しい!」

「ええっ?」 

「一度出したもん、引っ込めらんないし……だから、もらってく、れ……」

 風麻が消え入りそうな声で一生懸命伝えると、亜梨明はそっとそのプレゼントに手を伸ばした。


「……ありがとう。じゃあ、もらっちゃうね!」

「あ、あぁ……!大したもんじゃないんだけど……!でも――!」

 寒い空間にいるはずなのに、やたらと顔周りが熱く感じて、風麻はパタパタと手をうちわ代わりにする。


「使ってくれたら、嬉しい……」

「うん!」

「あっ、でも!俺からって内緒な!相楽姉だけってなったら、空上とか「ずるい」って拗ねるだろ!」

「大丈夫、言わないよ!……二人だけの内緒……だね!」

 亜梨明はそう言って、ふわりと柔らかい微笑みを風麻に向ける――。


「(……やっぱりこれは、相楽姉以外ありえないな……)」

 風麻はネックレスに施されたデザインを思い出し、心の中で独り言を呟く。


 儚く、透明になって消えてしまいそうなあやうさを持ち、真っ白な心とふわりとした笑顔を見せる亜梨明を、風麻は雪と重ねてしまう。


「……じゃあ、俺帰るな!」

 目的を果たした風麻は、片足を半歩後ろに下げ、亜梨明に手を振る。


「坂下くん、ありがとう!プレゼント、大切に使うね!」

「おぅ!」

 背を向けて、もう一度風麻が振り返ると、亜梨明はまだ家に入らず、手を振り続けている。


 数歩歩いてまた振り返っても、まだ笑顔で見送り続けていた。


「~~~~っ!!」

 嬉しい、幸せ、そして大好きという感情が、全身をものすごいスピードで駆け巡るような感覚に、風麻は顔いっぱいに力を入れて、噛みしめるようにした。


「(あぁ~俺っ、今世界で一番の幸せ者かもしれねぇ~!!)」

 多幸感に満たされたまま、風麻は夜道をスタスタと歩く――。


「……って、うわっ!」

 完全に一人だと思っていた風麻だったが、先程戻った曲がり角までやってくると、そこには緑依風がポツンと立っており、驚きに声を上げた。


「な、なんだよぉ~……先に帰ったんじゃなかったのか?」

 風麻は胸に手を当てて緑依風に聞いた。


「すぐ戻ってくると思って」

 そう答える緑依風の態度は、なんだか素っ気ない上に、表情も硬い。


「……なんだ、待たせたこと怒ってんのか?」 

「別に、そういうんじゃないけど……」

 風麻には、緑依風が何故元気が無いのかわからない。

 しかし、緑依風の胸の内は、彼と亜梨明のやり取りのことが気になり、穏やかではいられなかった。


 十二月二十五日。

 あと数日経てば、今年も終わる。


 横一列に並んで歩く、風麻と緑依風。

 それぞれが想う気持ちも、平行線状――真っ直ぐ交わらずに伸びたまま、次の年へと進んでいくのであった。


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