第145話 聖なる日の音楽


 その後も、何度かチームを変えて遊んでるうちに、いつの間にか窓から見える外の景色が、真っ暗になっていた。


 時刻は午後五時二十三分――。

 楽しいパーティーも、そろそろお開きの時間が迫って来ている。


 六人が名残惜しい気持ちで静かになっていると、爽太がふと、横にある大きなグランドピアノに視線を移した。


「……ねぇ、亜梨明。せっかくだからクリスマスの曲、何か演奏してくれない?」

 爽太がリクエストすると、亜梨明は「うん、いいよ!」と、にこやかに返事をして立ち上がった。


「あ、それなら奏音のバイオリンも聴きたい!」

「えっ?」

 星華が右手を挙げ、奏音にもバイオリンの演奏を要望する。


「弾いてよ~!奏音のバイオリン、まだ一回も聴いたことないもん!」

「え〜っ……。私は恥ずかしいし、そんなに上手くないから……」

 謙遜する奏音だが、緑依風や風麻、爽太も弾いて弾いてと、双子の合奏を聴きたくてたまらない様子だ。


「いいじゃない!前はよく、クリスマスに二人で弾いてたんだし。……ねっ?」

「う~……まぁ、いっか。一曲だけならね」

 奏音は観念したように、ピアノの横に置かれたバイオリンをケースから取り出すと、正しい音を奏でるためのチューニングを始めた。


 亜梨明がピアノを演奏する姿は何度も見てきた四人だったが、こうして奏音が音楽の雰囲気をかもし出すのは新鮮で、ついまじまじと見てしまう。


 バイオリンのチューニングが終わり、奏音が「よし、準備オッケー!」と、亜梨明に言うと、姉妹は目線で合図を送り合い、クリスマスによく聞く定番の曲を奏で始めた。


 亜梨明のピアノの音色に重なり、主旋律を奏音のバイオリンの音が、室内の空気を駆け巡るように響き渡る――。


 奏音は普段、自分がバイオリンを弾けることや、話題を口にすることは無く、仲の良い友人でもない限り、そのことすら知らない者も多い程だが、今こうして友人達の前で楽器を奏でるその姿や表情は、長年続けてきたという貫禄が見えた。


 少しアップテンポにアレンジされたクリスマスソングを、しなやかに体を揺らしながら、楽し気な笑みを湛えて演奏する奏音――。


 亜梨明は、それを横目でチラチラと見ながら、嬉しそうにピアノを弾いていた。


 四人が、そんな相楽姉妹の楽しい演奏にすっかり聴き入っていると、ガチャリとリビングのドアが開き、買い物に行っていたと思われる母親の明日香が入ってきた。


 明日香はじんと目を熱くし、荷物を抱えたまま、娘達の合奏に耳を傾けていた。


 *


 演奏が終わると、四人はパチパチとした拍手を相楽姉妹に送った。

 その後ろで、グズッと涙ぐむ様子の明日香に、照れるようにはにかんでいた相楽姉妹も、緑依風達四人も驚くように注目した。


 明日香は、「あら……恥ずかしいわ」と、両手の指先で涙を拭く。


「ごめんなさいね……。今年は二人のクリスマスソングが聴けたと思ったら、つい目が緩んじゃって……」

 明日香は何度も目を擦るが、まだその涙は止まりそうにない。


「去年はしなかったの?」と星華が聞くと、去年は亜梨明の体調があまり良くなかったため、できなかったのだと奏音が言った。


「一昨年はやったよ。去年もクリスマスパーティー自体はおうちでできたけど、こんなに元気に楽しくクリスマスパーティーできたのは、久しぶりなの!」

 亜梨明の話を聞いて、緑依風と風麻はどうして亜梨明が最初あんなにご機嫌だったのかを理解した。


 中学校に上がるまで友達に恵まれず、奏音とも別々の小学校へ通っていたという亜梨明。


 きっと、友達とこんな風にパーティーできる日を、ずっと夢見ていたのだろう。

 この日一日、彼女の表情は常に明るく、眩い光のようだった。


 *

 

 午後六時を迎えようとしている所で、緑依風、風麻、爽太、星華の四人は、帰り支度を始めた。


 明日香は、晩御飯の買い物と一緒に、お昼に撮ったばかりの写真を現像してきたようで、それぞれが大きく映っている写真や、全員で撮影した写真を今日の記念としてプレゼントした。


「今日は本当にありがとう。またいつでも遊びに来てね」

 明日香は深々と頭を下げて、娘の友人達にお礼の気持ちを伝えた。


「じゃ、またねー!」

「来てくれてありがとねー!」

 亜梨明と奏音はドア前まで出て、四人に手を振って見送った。


 相楽家を後にした緑依風、風麻、爽太、星華は、今日の楽しい出来事を振り返るように、雑談しながら道路を歩く。


 ――と、そこで風麻が、まるで何かタイミングを見計らったように、「あ、やべ!」とダウンジャケットのポケットをゴソゴソさせて立ち止まった。

 

「悪ぃ!俺、忘れ物しちゃったから、緑依風先に帰っててくれないか?」

 風麻はそう言って、数十メートル歩いた道を走って戻って行った。


 緑依風は「待つよ」と言う暇も無く、ポカンとしたまま彼の背中が小さくなるのを見つめていた。


「暗いし、松山さんち遠いよね?送っていこうか?」

 夜道を女の子一人で歩くことを心配した爽太が、付き添うことを申し出る。


「ううん!私、風麻を待ってるから二人は先に帰っていいよ」

「そう?じゃあ、空上さん先に帰ろう」

 爽太が星華に声を掛けると、自分には気遣いを見せない爽太に不満な星華は、「私は送ってくれないのー?」と、むくれながら言った。


「だって空上さんのお母さん、そこのバス停に迎えに来てくれるんでしょ?」

「む~っ、そうだけどさ~……まっ、いっか。じゃあね、緑依風!バイバーイ!」

「気を付けて!よいお年を!」

「うん、ありがとう!また、来年!」

 別れの挨拶をする二人に、緑依風も手を振って挨拶を返した。


「…………」

 風麻がすぐに戻ってくるかと思っていた緑依風。

 だが、このまま道路の隅でポツンと立ち止まっているのも、なんだか間抜けに感じる――。


「戻ってるうちに合流できるかな?」

 かすかな独り言を呟くと、緑依風も小走りで相楽姉妹の家へと戻り始めた。


 白い息を吐き、夜空の下を駆ける緑依風。

 相楽家の屋根が見えてくると、その家の門の前には風麻と亜梨明がいた。


「あれは……?」

 風麻の手に下げられた、見覚えのあるビニールの袋。

 先週、候補を絞り切れなかった彼が二つ買ったという、プレゼントの一つだった。


 緑依風は思わず他の家の壁に隠れて、遠目から二人の様子を観察した。


 何を話しているのかは全く聞き取れないが、まるで焦るように首を振ったり、困ったように俯いたり、ちょっと緊張するようなものなど、コロコロと顔色を変化させる風麻。


 亜梨明の方は、普段とあまり変わらない様子だが、風麻は彼女が何か言うたびに緑依風が見たこと無いような反応を示していた。


 そして――。


「えっ……?」

 風麻が、手に持っていたもう一つのプレゼントを恥ずかしそうに亜梨明に渡した瞬間、緑依風の胸の音は大きく鳴り響き、足元から全身の血液が凍り付くような感覚に襲われた。


 亜梨明は困惑しながら、そのプレゼントを受け取って、「ありがとう」と言うような口の動きをした。


 風麻はパタパタと、自分の顔元を扇ぐように片手を振り、帰るつもりなのか、足を半歩後ろに下げた。


 緑依風は、ここにいたのがバレないよう、爽太達と別れた曲がり角まで移動し、彼が戻ってくるのを待つことにした。


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