第144話 VS相楽姉妹


 緑依風が静かに扉を開けて出て行った後、まずそれに最初に気が付いたのは奏音だった。


「あれ?五人じゃチーム分けきれないね」

 奏音が言うと、「すぐ戻ってくんだろ」と、何も気にしない口ぶりで風麻が言った。


「じゃあ、私見学してようかな……」

 奏音は自分のコントローラーを置き、ジャンケンの結果、亜梨明&風麻対、星華&爽太のチーム分けで決まった対決を見守ることにした。


 一戦交えて、やはり強者同士の亜梨明と風麻のチームが勝利した。

 負けず嫌いの爽太は、珍しく熱い表情で「もう一回やろう!」とリベンジを申し込み、星華は「次は坂下組もうよ~!」と、一番強い風麻に助っ人を頼む。


「ねぇ……緑依風ちゃん帰ってこないよ?」

 心配した亜梨明がリビングのドアに視線をやる。


「トイレか?腹痛いんじゃねーの?……俺、見てくるよ」

 風麻が立ち上がろうとすると、「やだ、男子行かないで~!」と、星華が止めた。


「お腹痛いなら余計に来て欲しくないじゃん……デリカシー無いなぁ、坂下」

「は?うんこ如きで?」

「ホラ、そういうとこだよ!!」

 ギャーギャーと騒ぎ立てる二人を尻目に、奏音は「はぁ……」とため息をつき、「私見てくる……」と、代表して様子を見に行くことにした。


 *


 時間は少し巻き戻り、リビングで風麻達の対戦が盛り上がっている最中、緑依風は階段に腰を掛け、膝に肘を付き、両手に顔を乗せながら考え事をしていた。


「(なんでだろ……今までだって、話してるとこはずっと見てきたのに……)」

 先日、星華の誕生日会が行われた日から、風麻の亜梨明への態度が急に変わった気がした。


 緑依風から見た風麻の亜梨明への接し方は、もう少し素っ気ないというか、大きく表情を変えたりするようなものではなかった。


 なのにこの間の、眠っている亜梨明に上着を掛けた時の微笑み。

 そして先週の放課後、寒さに手を凍らせていた彼女に、わざわざカイロを握らせて与えたり、今日も亜梨明に話しかける眼差しや口調が、柔らかくて優しい――。


 それは、長年ずっと一緒に居た緑依風にすら、決して向けられたことのないものだった。


 気持ちが落ち着いたら、すぐ戻ろうとしていた緑依風。

 だが、その負の感情は、消えるどころかどんどん増すばかりで、とても楽しい場所に帰る気持ちになれない……。


 すると、ガチャ――と、リビングのドアが開く音がした。


 緑依風がふと首を動かすと、出てきたのは奏音で、「どうしたの?」と、緑依風を気遣う言葉を掛けてくれた。


「トイレ?」

「あー……じゃなくて、少し眠くなっちゃって、廊下のひんやりした空気吸おうかなーって……」

 緑依風はそう誤魔化して、立ち上がってみたものの、足がリビングに向かうのを拒むように、床に張り付いて動いてくれない――。


「ねぇ、奏音……」

 自然と動きを始めたのは、足ではなく唇だった。


「ん?」

 奏音が、立ち尽くしたままの緑依風の話に耳を傾ける。


「あ、あのさ……風麻って、亜梨明ちゃんにあんなに話しかけるやつだったっけ?」

「……話?」

「うん、たくさん……亜梨明ちゃんに、話しかけてるよね……?」

 緑依風は開いた口から重苦しい胸の内を零していくが、奏音は「へ?」と顔を歪めた。


「え~っ……そんなに話してたっけあの二人?」

 どうやら、奏音の目にはいつも通りのやり取りと大して変わらないらしい。


 途端に、緑依風は自分が意識しすぎているだけだと思い、一気に恥ずかしい気持ちが全身を上り詰める。


「ご、ごめん!わたしっ……い、い、いまっ、すっごく嫌な人間だった!」

 緑依風は声を上ずらせ、慌てて謝る。


 嫉妬心に支配されたまま、亜梨明に対するジェラシーを、よもや双子の妹の奏音に話してしまうなんて――。


 奏音に不快に思われ、嫌われたっておかしくはない。


 しかし奏音は、「あはっ」と軽やかに笑うと、「も~っ、可愛いなぁ~!」と、緑依風を抱き締め、ポンポンっと、彼女の背中を優しく叩いた。


「せっかくのクリスマスパーティーだし、好きな人とたくさん話したくなるよね」

「…………」

 緑依風は、暖房の効いた部屋で赤くなった顔を更に赤くして、もじっとした。


「大丈夫、任せてよ!ちゃんと緑依風が坂下と楽しめるようにするからさ!」

 奏音の頼もしい言葉で励ましてもらった緑依風は、ようやくみんなの元に戻れる気分になれた。


 *


 緑依風が奏音と共にリビングに戻ると、現在は風麻と爽太のチーム対亜梨明と星華のチームが対戦中だった。


 結果は、風麻の操作ミスにより、亜梨明チームの勝利だった。


「あ、緑依風ちゃんおかえり!一緒にやろ!」

 亜梨明が振り返って、緑依風を手招きして誘った。


「僕、ちょっと休憩したいな」

「私も~、ジュース飲みたーい!」

 連戦続きでクタクタになった爽太と星華は、一時離脱を申し出る。


「じゃあ、今度は緑依風と坂下組んでよ。私、亜梨明とチーム組みたいし。亜梨明、勝つよ!」

「うん!」

 この時をチャンスとばかりに、奏音は強制的に緑依風と風麻がチームになるよう仕組む。


「え~っ、さっきジャンケンでチーム組むって決めただろー?」

 自分が亜梨明と組みたい時に却下された風麻は、少々ご不満のようだが、「いいじゃん別に毎回じゃなくても~!」と、奏音が有無を言わさずに、亜梨明と自分のプレイヤーカラーを同じ色に揃えた。


「だってさ、この中で勝ち星が多いのって坂下と緑依風でしょ?強敵の方が燃えるし、二人と戦ってみたくなっちゃったんだよね~!」

 奏音は強気な表情で、自分が一番得意としている、全身にオレンジ色のスーツを纏った、女性キャラを選ぶ。


「緑依風と坂下に、双子の連携プレーを見せてあげるよ!」

「チーム組んだことは無いけど、奏音と一緒ならぜーったい勝っちゃうんだから!」

 亜梨明も本気のようで、使い慣れた全身真っ黒な姿のキャラクターを選んだ。


 姉妹に挑発されたことで、ようやくノリ気になった風麻は「しゃ~ねぇなぁ!」と、コントローラーを構え、十八番おはこのキャラ――青い服を着た勇者を選択して、ワクワクした表情になった。


「俺らだってチーム組んだことは無いけど、伊達に長年一緒にゲームしてねぇぜ!緑依風、負けねぇぞ!」

 風麻がやる気に満ちた顔で言うと、緑依風も「負けないからね!」と、赤いキャップの超能力少年に、自分の札を置いた。


 相楽姉妹は、まず一番強い風麻を二人がかりで狙う作戦に出た。

 奏音のオレンジのパワードスーツを着たキャラは、まず右手のアームキャノンに電子砲を溜め込んだ状態で、ミサイルを風麻の青い勇者に放つ。


 それをシールドで防ごうとしていると、今度は背後から亜梨明の黒いコミカルな姿のキャラが、近接攻撃で先手を打った。


 緑依風は、集中攻撃を受ける風麻をフォローすべく、エスパー少年でふわりと宙に浮き、黒いキャラのいる斜め下に向かって、炎の柱を放った。


「うわっ、あちちっ!」

 亜梨明がキャラクターの声を代弁するように叫ぶと、風麻が「よしっ、サンキュー緑依風!」と、上に向かって脱出を図り、奏音のキャラに回転しながら剣で切りかかった。


「やったわね!」

 奏音は連射機能で風麻に仕返しをすると、そのまま上向きにくるくる回転して勇者にアタックした。


 亜梨明も緑依風の火柱から抜け出すと、鍵のような武器で攻撃し、エスパー少年のダメージのパーセント数を増やす。


「――あっ!」

 カキーン!と、爽快な音が鳴ると同時に、緑依風が「嘘でしょ!?」と悲鳴を上げる。


 黒いマスコットが掲げた、【9】という番号札のそばにいたエスパー少年は、あっという間に場外に飛ばされてしまい、復活できるストック数が、一つ減ってしまった。


「やった~!」

 最強の番号を運良く引き当てた亜梨明が、右手を伸ばしてガッツポーズする。


 ――が、喜んだのも束の間、緑依風のかたきを討たんとばかりに、風麻が操る勇者が上から突き刺すように黒いキャラに振り落ちてきて、そこから一気に畳み込まれ、ステージアウトした。


 奏音の方も、復活してきた緑依風に肉弾戦で挑むが、チャンスと思って放出したエネルギー系のショットが、エスパー少年の体を包む青い光によって吸収され、蓄積したダメージを回復させてしまう真逆の効果を生んでしまった。


「あぁ~!ベストタイミングだと思ったのに!」

「これで、またゼロからのスタートだね!」

 緑依風がニヤリと笑うと、奏音も「まだまだ」とコントローラーを構え直した。


 熱い乱闘が繰り広げられる中、見事に勝利を収めたのは緑依風と風麻のコンビだった。


 亜梨明と奏音は、とても悔しそうに「あぁ~っ!!」と天井を見上げて歯を食いしばるが、どちらが勝ってもおかしくないくらいにいい勝負だった。


「緑依風、ナイスアシストだったぜ!」

「うん、風麻も最後の亜梨明ちゃんの攻撃、よく交わせたね!」

 緑依風が風麻とバチンとハイタッチを交わすと、ニコっと笑う奏音と目が合った。


「よかったね」

 そうこっそりと口の動きだけで告げる奏音に、緑依風も笑顔で「ありがと」と返すのだった。


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