第142話 クリスマスパーティー(前編)
十二月二十五日。
今日は、相楽姉妹の家でクリスマスパーティーが開かれる。
集合時間は十一時だが、相楽家から距離のある緑依風と風麻は、少し余裕を見て出発し、約十五分前に家の前に到着した。
ピンポーン――。
緑依風がインターホンの呼び出しボタンを押すと、「あっ、はーい!今開けまーす!!」と、甘く高い声が聞こえてきた。
「いらっしゃーい!!」
スピーカーから聞こえた声の主――相楽亜梨明が、ドアを勢いよく開けて、緑依風と風麻を出迎える――が、二人はその彼女の姿を見た瞬間、唖然として固まってしまった。
白いセーターと赤いキュロットと黒いタイツ。
ここまではいいのだが、亜梨明の頭には、頂点に紐のようなものが生えた、カラフルなとんがり帽子が乗っかっていた。
「お邪魔、します……」
あまりに浮かれた姿に、緑依風と風麻が表情筋を引きつらせていると、「いらっしゃい……」と、奏音が冷やかな視線で、姉の頭上に目をやりながら出迎えた。
「さぁさぁ、中に入って!」
亜梨明に招かれ、緑依風と風麻が靴を脱いでいると、奏音が「はぁ~……」と、頭の痛そうな顔で、鼻歌を歌う姉がリビングに入っていく様子を眺めた。
「今日の亜梨明ちゃん、すごく元気だね……」
緑依風は、用意してもらったスリッパを履きながら、亜梨明に聞こえないトーンで、奏音に話しかけた。
「帽子、気合入ってるしな……」
風麻が、光沢感のあるとんがり帽子のことに触れると、「アレ、緑依風達も着けるんだよ……」と、奏音は言った。
「……この間、全員分買って欲しいって、お母さんに駄々こねてたからね」
「マジか……。あんなの被るのなんて幼稚園のクリスマスパーティー以来だぞ……」
風麻がリビングを覗き込むと、そこには赤や黄色などの、色違いのとんがり帽子が五つ用意されており、亜梨明は入り口付近で固まったままの三人に、「はい、今日のドレスコードです!」と、わざわざ帽子を持って来た。
「…………」
にっこりと、純粋無垢な笑顔を向ける亜梨明の要望を拒める者はおらず、緑依風も風麻も――そしてこの場で唯一、亜梨明に厳しく発言できる奏音ですら、素直に帽子を頭に乗せた。
「みんないらっしゃい」
エプロンをつけた相楽姉妹の母、明日香が、キッチンから緑依風達に声を掛けた。
「ねぇねぇ、お母さん。もう紙コップみんなの分並べておいてもいい?」
亜梨明は、袋に入っていた大きなドット柄の紙コップを手に取り、母に聞いた。
「いいわよ。それよりあなた少し落ち着きなさいな……。パーティーが始まる前に疲れちゃうわよ」
明日香が亜梨明の体力を心配し、やんわりと注意するが、亜梨明は聞く耳を持たない口調で、「今日は大丈夫だもーん!」と、六人分の紙コップを並べた。
「まったくもう……しょうがない子ね……」
明日香は、「巻き込んじゃってごめんなさいね……」と、珍妙な格好になってしまった娘の友人に謝るが、ニコニコと笑顔を湛え続ける亜梨明を見る眼差しは、とても嬉しそうだった。
*
集合時間五分前になり、爽太と星華もやってきた。
「あー!亜梨明ちゃん帽子かぶってる〜!」
緑依風と風麻とは違い、羨ましそうに帽子を被りたがる星華。
「だいじょ~ぶっ!星華ちゃんのもありま~す!あっ、爽ちゃんもどうぞ!」
亜梨明が二人にとんがり帽子を差し出すと、星華はノリノリで頭に取り付け、爽太も面白そうといった表情で、頭にそれを乗せる。
「あ、日下似合うね?」
星華が意外そうに、背の高い爽太を見上げると、「本当?こういうの懐かしいね!」と、爽太はコートを明日香に預かってもらいながら言った。
「――あっ、亜梨明。フィーネがテーブルに乗ろうとしてるよ!」
爽太が指差した先に、成猫よりもやや小さめの白い猫――フィーネが、料理や飲み物が置かれている丸いテーブルに、前足を乗せて上るタイミングを見計らっていた。
どうやらご馳走が気になるようで、ふんふんと、鼻を小刻みに動かして匂いを嗅いでいる。
「あ、ダメだよ」
亜梨明がフィーネの前足をテーブルから離す。
「フィーネには、後で鶏のササミ茹でたやつあげるからね」
亜梨明に抱っこされると、フィーネは亜梨明の肩に顔をすり寄せて、喉を鳴らして喜んでいた。
「この子、あの時の子猫だよね?」
「大きくなったね〜!」
緑依風と星華は、フィーネの頭を優しく撫でた。
フィーネの首元には、クリスマス仕様なのか、ベルと柊の形の飾りがついた首輪が巻かれている。
「うん!抱っこするたび、どんどん重くなっていってるのがわかるよ!」
フィーネは何度も亜梨明の肩に頬ずりをして、チリンとベルを鳴らしていた。
「それじゃ、乾杯するからみんな席について〜!」
サラダを持ってきた奏音が、クリスマスツリーの横に立って全員に声を掛けた。
亜梨明はフィーネを床に降ろすと、「席は特に決まってないから、好きなとこ座って!」と言った。
「……俺、相楽姉の隣いいか?」
風麻が、亜梨明の隣の座布団に座った。
「うん、いいけど……」
亜梨明は了承するも、チラっと爽太の顔を見る。
「――じゃ、僕は反対側に行こうかな?」
目が合ったことで、爽太は亜梨明を真ん中に挟むようにして、彼女の隣に腰を下ろした。
「あ、うん!どうぞ!」
パアッと、笑顔の花を咲かせた亜梨明に、風麻がほんの少し眉をひそめていると、「緑依風はじゃあ、坂下の隣行って。私はこっち座るから」と、奏音が緑依風を気遣うように、風麻の右側の座布団に案内した。
「うん……」
緑依風が風麻の隣に座ると、その緑依風の隣に奏音が座り、奏音と爽太の中央に星華が座った。
全員席に着いたところで、それぞれ好きなジュースを注いだ紙コップを手に持った。
「では……メリークリスマス!」
『メリークリスマス!!』
亜梨明の掛け声に続いて、五人が声を合わせると、それぞれ前後左右、斜めに座る者達と賑やかに乾杯を交わした。
明日香がこの日のために用意した料理は、骨つきの鶏唐揚げと、フライドポテト、コーンを乗せたサラダ、クリスマスツリーの形のように並べられた、小さくカットされた三角サンドウィッチと、一口サイズのおにぎりだった。
各々好きな物から取って行き、美味しそうに平らげていく。
丸テーブルから少し離れたダイニングテーブルで、一人昼食を食べ終えた明日香は、まだ食べている最中の娘とその友人達に声を掛けながら、ポーズを決める姿をデジカメで撮影し、とても満足そうに微笑んでいた。
「帰る頃までに、プリントアウトしておくわね」
明日香は大事そうにデジカメを抱えると、小さな画面に映る画像を、目を細めて眺めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます