第141話 二つのプレゼント


 心強い味方が出来たことにより、女性向けのアクセサリー雑貨が並ぶ店にすんなりと入ることができた風麻。


「さてと、いいものが見つかるといいけど――」

 海斗はそう言って、入り口の一番真ん前にあるピアスやイヤリング、ブローチやバレッタが並ぶカウンターを軽く眺める。


「海生先輩って何が好きなんですか?」

 風麻が、透明な石が詰められたバレッタを手に取りながら聞くと、海斗は「うーん……」と困り顔になりながら、首を捻った。


「……色々好きだから悩むんだよね。ぬいぐるみも好きだし、マグカップ集めにハマった時期もあったけど、集め過ぎてしまう所が無くなったって言ってたし……」

「あぁ、そういえば緑依風が前に、海生先輩に何個かマグカップもらったって言ってました」

 半年程前――緑依風が、海生から変なマグカップをもらって困ると、愚痴を零していたことを思い出した風麻。


 松山家に遊びに行った際に見てみると、それは人面の形が彫られたようなものや、一見可愛らしいフクロウの形だが、飲み口部分の造りが悪いのか、微妙に飲みづらかったりと、彼女が文句を言いたくなる気持ちがわかる物ばかりだった。


 結局そのマグカップは、小さな苗の鉢植え変わりとして、ガーデニング好きの千草が使っているようだ。


「風麻くんのプレゼントをもらう子は、どんな物が好きなんだい?」

 海斗が、青い花のパーツが付いたネックレスを、元の場所に戻しながら聞くと、風麻は「えっ、俺っすか!?」と、狼狽えるように体を跳ねさせた。


「えっと……可愛いものが好きだと思います。それから、猫と、ピアノと……――」

 風麻が照れながらぽつぽつと答えていくと、「あ、れ……?」と、海斗は表情を無くしたまま、ピタリと固まってしまった。


「……?どうかしましたか?」

「いや……その……」

 海斗の様子がおかしいので、風麻は不思議そうに先輩の顔を見上げた。


「俺はてっきり……緑依風ちゃんにあげるのかと思ってた」

「違いますけど……」

「…………」

 風麻が「また勘違いされてんのか」と、ちょっとうんざりした気持ちでいると、海斗は残念そうな笑みを浮かべた。


「うん、そっかそっか……」

 海斗はそう呟いて、何度も首を小さく縦に振ると、「あの双子の子だね?」と言った。


「……はい」

 風麻は恥ずかしそうな声小さく返事をする。


「ピアノが好きな方っていうと、お姉さんの方かな?確か、名前は――」

「亜梨明、ですね。俺は、相楽姉って呼んでますけど」

「へぇ~……変わった呼び方だね」

「いや、名前で呼ぶの照れくさいんで……」

 そう答える風麻に、海斗は「ふはっ」と笑って、「君、可愛いなぁ~」と、風麻の頭を撫でた。


「その子……亜梨明ちゃんは、普段アクセサリーとかつける?」

「ヘアピンはいつも付けてるけど……私服でもあんまり、そういうの付けてるの見たことないです」

 風麻が、乱れてしまった髪型を整えると、海斗は「ふむ……」と人差し指の関節を顎の上に当てた。


「それなら、普段自分で買わないようなものは、新鮮でいいかもしれないね。ちょっとしたお出かけに付けてもらえそうなやつ――。この辺はどうかな?」

 そう言った海斗が視線を移したのは、様々な種類のネックレスが並べられた棚だった。


 気になる値段も千円前後で、風麻でも購入しやすいものばかりだ。


 風麻がじーっと真剣な顔でネックレスを眺めていると、ふと、白い雪の結晶のパーツが付いたネックレスを見つけた。


 風麻の頭の中で、雪と同じように白い肌を持つ亜梨明の姿が重なる――。


「可愛いね。それが気に入ったのかい?」

 手に取って見ていると、海斗が背後からひょっこり顔を覗き込ませながら聞いた。


「……気に入ってくれるでしょうか?」

「そうだなぁ~……俺は亜梨明ちゃんじゃないから、“絶対”とは言えないけど、俺が女の子なら喜ぶかな?クリスマスプレゼントだし、雪ってぴったりだと思うよ」

 海斗にニコッと笑いかけられると、自信が湧いてきた風麻は、キュッとそのネックレスの鎖部分を持つ手に力を込め、「これにします!」と購入を決めた。


 風麻がレジに向かうと、海斗もどうやらプレゼントが決まったようで、彼の手には、まるで天使の背中に生えるような、二つの羽が対になっている金色の髪飾りが握られていた。


 ラッピングを頼んで、海斗と一緒に待っていると、すれ違う女性客が必ず一度はチラっと海斗の姿を目に映しているので、風麻は「すげぇ……」と思いながら尊敬の念を抱いた。


 *


 無事に亜梨明への贈り物も買うことができ、風麻がお礼を述べて海斗と別れようとした時だった。


「もう少し話さない?」

 そう呼び止められた風麻は、彼と共にドーナツ屋に向かい、小腹を満たすことにした。


 ショッピングモールの一階部分にある、オレンジと黄色の看板があるドーナツ屋に辿り着くと、風麻は生クリームたっぷりのドーナツとメロンソーダを選び、海斗はチョコレート生地にココナッツがまぶされたドーナツとコーラを選んで、席に座った。


 コーラを一口飲んだところで、海斗が口を開く。


「せっかくだから、風麻くんの好きな子のこと色々聞きたいなと思って。あ、海生にも緑依風ちゃんにも言わないから安心して!」

 人差し指を口元に近付けてニッと笑う海斗を見て、風麻は絆されるように「それなら……」と、頷いた。


「なんで亜梨明ちゃんを好きになったの?」

 海斗はテーブルに肘を付いて両手を組み合わせると、興味津々な様子で聞いた。


「一目惚れ……とは違うけど……――でも、似たような感じでした……」

 四月――部活の帰り道で起きた記憶を遡る風麻。

 亜梨明と話した時の情景を、一つ一つ丁寧に思い出す――。


「……相楽姉が、桜の木を見てて、風が吹いて――花がたくさん散った時、綺麗だけど、なんだか消えちゃいそうな気がして……そしたら、好きになってました」

「なるほどね……」

「あとから、あいつが色々大変な事情があるって知ったら、余計にそばにいて守りたいって思いました。でも――……」

 そこまで語ったところで、風麻は小さくため息をついた。


「でも……あいつ、もう好きな人がいるんです。そいつに負けたくないから、最近俺なりに努力して、前より話しかけたりしてるんですけど、一つ話しかける度に、すごく緊張して、身が持たないです……」

 風麻はテーブルに頭を突っ伏すと、「あ~……」と、情けない声を上げた。


「あはは、懐かしいな!俺も、片想い中は海生に話しかける度に、いつもドキドキして今の風麻くんみたいになってたよ!」

「え、海斗先輩も緊張したんですか?」

 顔を上げた風麻が聞くと、「そりゃしたさ」と海斗は言った。


「海生になんて話しかけようか、自然に振舞うにはどうしたらいいか、色んなことを考えた。海生に想いが通じた時は、自分が世界一の幸せ者になったような気分だったよ」

「意外だ……海斗先輩はモテるから、そういうの余裕だと思ってました」

 風麻が目をパチパチさせると、「モテるのと、好きな子の前での自分は関係ないよ」と、海斗はコーラのグラスに手を伸ばした。


「いいね~!俺、頑張る風麻くんのこと応援するよ!恋が実ったら、またその時はどうやって上手くいったか教えて欲しいな!」

「は、はい……!俺、たくさん頑張ります!爽太……相楽姉の好きなやつに負けないくらい、自分を磨いて振り向かせてやります!」

「うん、その意気だ!……でも、それは――」

 応援すると同時に、海斗がとても小さな声で言った最後の言葉は、風麻の耳には聞こえなかった。


 だが、彼の微笑みは何故か少し哀れみのような、物悲しさを帯びており、風麻はそれが何を思ってのものなのか、全く見当が付かなかった。


「あ、風麻!」

 風麻と海斗が声のした方へ振り向くと、緑依風と海生がドーナツとドリンクの乗ったトレーを持ちながらこちらへやって来た。


「やあ、海生」

「あらあら、珍しい組み合わせね〜!」

「用事って、海斗先輩と買い物だったの?」

 緑依風の質問に、風麻の顔がマズイという表情に変わったのを見て、海斗は「そ、俺が誘ったんだ」と言った。


「海斗ったら、前に風麻くんとお喋りしてから、お気に入りだものね~」

「うん、弟ができたみたいな気持ち!あ、うち兄貴が二人いて、俺末っ子なんだ!」

 海斗は、緑依風と海生が座れるよう、風麻の隣の椅子に移動すると、彼の肩を抱き寄せるように近付けて、「大丈夫」とこっそりした声で言った。


 風麻も、そんな彼の機転に感謝を伝えたく思い、正面に座る緑依風達に気付かれぬよう、僅かに頭を下げた。


 *


 四人でしばらく雑談した後、緑依風と風麻は海生達に別れを告げ、先に帰ることにした。


 ショッピングモールを出ると、空は灰色の分厚い雲に覆われ、冷たい空気に鼻先がツンと痛くなる。


「ねぇ、プレゼント二個買ったの?」

 緑依風は風麻の手に握られている、二つの袋を見て言った。


 一瞬、動揺した風麻だったが、今更下手に袋を隠すことはもっとおかしいので、「あぁ……」とぶっきらぼうな声で返事をした。


「迷ったから、両方買っちまった……」

 緑依風は、「ふーん」と疑いの眼差しで風麻を見つめるが、それ以上は何も問わなかった。

 

 電車に乗って、夏城駅に到着すると、鉛色の空からひらりと何かが降ってくる。


 雪――に、なりきれない、みぞれ

 地面に落ちる頃には、もう水へと変わり、アスファルトに黒い点々を作って消えていった。


 家まではまだ距離があるものの、傘が必要になる程の量でもなく、二人は何も言わずに歩き続ける。


「あ……」

 緑依風の髪の毛に、半透明の白い氷の粒が一つ舞い降り、スッ……と音もなく消えていく――。


「なに?忘れものでもした?」

 一歩前に進んだ緑依風が、ふわりと髪を揺らして振り向いた。


「いや、何でもねぇ……」

「そ」

 訝し気な顔をする彼女の後ろを、風麻はゆっくりと付いて歩く。


「(髪……伸ばしてんのかな?)」

 近すぎて気にしたことがなかった、幼馴染の変化。

 風麻は、今になって初めて、彼女の毛先が肩より下まで伸びていることを知った。


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