第140話 助けて海斗先輩!


 十二月も下旬を迎えようとしている。

 寒空と冷たい空気に、身を縮こませたくなる日が続くが、街中や人々の表情は明るく、ワクワクした様子で溢れている。


 小さな子供や若者にとって、輝かしいイベント――そう、クリスマスがもうすぐやってくるのだ。


この日、夏城中学校の一年一組でも、そんなイベントをより一層楽しむための企画を立てている者がいた。


「ねぇねぇ、うちでクリスマスパーティーするんだけど、よかったら来てくれない?」

 いつもの仲良しメンバーが揃ったところで、奏音が言った。


「わぁ~いいの!?行く行くーっ!!」

 嬉しい誘いに、星華が真っ先に参加を表明した。


「お母さんがね、お友達呼んでらっしゃいって言ってくれたの!」

 亜梨明も母が提案してくれた日を思い出しながら、にっこりと言った。

 

「いつやるの?」

 星華の質問に、「二十五日」と奏音が答えた。


「二十五日か……それなら行けるかな?」

「そうだな」

 緑依風と風麻が確認し合うと、話の内容が解らない亜梨明と奏音は、疑問符を浮かべるように首を斜めに曲げる。


「あ……うちね、イブの日は毎年姉妹揃って、風麻の家でクリスマスパーティーに呼ばれるんだ。……ほら、うちケーキ屋だからさ、クリスマスの日って親両方とも仕事で忙しいんだよね」

 星華以外の、松山家の事情を知らない三人に向けて、緑依風が丁寧に説明した。


「あ、そうなんだね……」

 話を聞き終えた奏音は、亜梨明と共に気まずそうな表情になる。


「……あの、大変言いにくいのですが、実はケーキの予約……イブもパーティーも緑依風ちゃんちにお願いしちゃって……」

 亜梨明が申し訳なさそうに言うと、「あ、その分儲かるから気にしないで!予約してくれてありがとう!!」と、緑依風は慌てて手を前に振りかざし、売り上げ貢献への感謝を伝えた。


「日下も行くよね〜?」

 星華がジロリと爽太の目を見た。


「うん、楽しみだよ」

 爽太が言うと、亜梨明は彼にバレないよう、こっそり両手を握りしめて喜んだ。


「プレゼント交換するから、千円くらいの物用意してね!時間と場所は、お昼前の十一時に相楽家に集合!」

 奏音が言うと、全員が了解の返事をした。


 *


 放課後。

 今日は午前中授業で終わって、明日は土曜日だ。


「あ~、腹減ったぁ~!緑依風、帰りにコンビニ寄らねぇ?」

「いいけど、お昼食べれなくなるよ?」

「食べれるから言ってんじゃん」

 成長期の風麻は、いくら食べても食べ足りないくらい、ここ最近は以前よりも燃費が悪くなっている。


「お小遣いキープしておかないと、プレゼントの分無くなるよ……。今財布にいくらあんの?」

「ぎくっ……」

 緑依風に指摘され、自分のお財布事情を思い出した風麻は、渋々「わかったよ……」と、寄り道を断念した。


 六人が揃って教室から出ると、エアコンによる暖房の効いた室内とは一変して、ひんやりした空気が肌を纏った。


「うぅ〜寒いなぁ……」

 亜梨明はぶるりと体を震わせ、自身の吐息を使って、手のひらを温めようとする。


「そう?まだそんなに寒くないでしょ?――って、冷たっ!!」

 大げさだなと思った星華だったが、いざその手を握ってみると、まるで氷の塊のように感じる程、すっかり冷え切ってしまっていた。


「ひ~っ、こりゃ寒いわけだ!亜梨明ちゃん、カイロは?」

「今日切らしちゃってて、無いんだ……」

 普段の亜梨明は、自分の足と体に貼るタイプのカイロを付け、手にも大きな貼らないタイプのカイロを常備し、学校に通っている。


 しかし、今日は持ち運ぶカイロを使い切って買い忘れていたようで、手袋をしてもなかなか温まらず、自分の息を吐いていた方が温かいと思ったらしい。


 そのせいも相まってなのか、元々血行の良くない亜梨明の肌は、春から初秋にかけての時期に比べると、更に青白く見える。


 星華はそんな親友の手を、自身の指先まで熱いくらい血の通った両手で覆い、「あったまれ~、あったまれ~!」と念じながら、体温を分け与えようとした。


「亜梨明、これあげるから使って」

 爽太はコートのポケットからカイロを取り出し、亜梨明の前に差し出した。


「あ……でも、今度は爽ちゃんが寒いよ?」

 亜梨明は遠慮して、そのカイロをすぐには受け取らなかったが、爽太が「僕は、もう一つあるから大丈夫!」と、二つ目のカイロを取り出すと、ようやく手を出して、彼の厚意に甘えた。


「ありがとう〜……えへへ、あったかい」

 亜梨明がカイロを握りしめて喜び、女友達がそんな二人のやり取りを微笑ましく感じていると、爽太のすぐ後ろにいた風麻は、「俺のもやる」と、亜梨明の手を取って自分のカイロを握らせた。


「え、えぇ?」

 突然の風麻の行動に、亜梨明は困惑する。


「俺はもう寒くないからな。……寒いと体調崩しやすいんだろ?」

「あ……うん、ありがとう……」

「よし、帰ろうぜー!」

 風麻は、緑依風達に照れて熱くなった顔を見られない様、振り返らずに前を歩いた。


 *


「ん〜……プレゼントなぁ……」

 翌日、風麻は交換するプレゼントを選びに、一人で冬丘街のショッピングモールに来ていた。


「交換用だけでも緑依風と一緒に見に来るべきだったか……」

 本当は、前日の帰り道で、「一緒にプレゼントを買いに行かない?」と緑依風に誘われていたのだが、用事があると言って断った。


 理由は、交換用とは別に、亜梨明へ個人的なクリスマスプレゼントを選びたかったからだ。


 物でアピールなんてしても、亜梨明の気持ちを簡単に爽太から離すことはできないかもしれない。


 しかし、それを抜きにしたとしても、風麻は亜梨明に気持ちのこもった贈り物をしたかった。


 クリスマスという、プレゼントを贈るのに好都合なイベント。

 これを利用しない手はないだろう。


 ただし、ここで一気にバレるのは危険なので、渡すための理由も考えないといけないのだが――。


 *


 亜梨明へのプレゼントは時間をかけてゆっくり選びたいので、まずは交換用のプレゼントから選ぶことにした。

 

 ファンシー系グッズが売られている雑貨屋に赴き、小さなぬいぐるみやマグカップなどを手に取り、「うーん」と首を捻る。


「プレゼント交換……だもんなぁ。誰に当たるかわかんねーし、そもそも男は俺と爽太だけだしなぁ……」

 男子も女子も半々の人数なら、まだもう少し男性向けの物を選べたかもしれない。

 だが、メンバーは男子二人と女子四人だ。


 よくよく考えれば、元来女の子と話すのが下手で苦手なのに、こうして女子の割合が多いグループで共に遊んで、休みの日も遊ぶ約束をする程居心地の良さを感じるなんて、不思議なものだと風麻は思う。


 再びプレゼント選びに戻り、風麻はまた店の中をぐるぐると歩き回る。

 男女共に使えそうな物で、千円前後。

 厳しい条件のなかで考え続けていると、だんだん頭がパンクしそうになる。


「ん~……弁当箱か。女子ならこのデザイン好きかもしれないけど、爽太がこれ当たったらなぁ……」

 薄いブルーの、容量もそこそこある二段重ねの弁当箱。


 予算に見合ったものだと、今手に取っている弁当箱が一番条件に近いが、隅の方に小さなマスコットキャラクターが、ちょこんと描かれている。


「あ~!もうっ、適当でいいや!当たっても知らん、妹に使ってもらえ!!」

 投げやりになった風麻は、交換用のプレゼントをこの弁当箱に決めると、会計をするためレジへと向かった。


 *


「はぁ~……。やっと交換用を買ったのはいいが……」

 ラッピングをしてもらった弁当箱が入った袋を手にし、ベンチに座った風麻。

 次は亜梨明へのプレゼント選びなのだが、既に疲労困憊状態だった。

 

 プレゼント選びは相変わらず苦手だ。


 相手が喜んでくれるかどうか。

 もらって「こんなのいらない」と言われないかどうかなどを考え、学生の身で限られた予算の中、いいものを選べるかと普段あまり使わないで生きてきた頭をフル活動させる。


 夏休みにもらったお盆玉を持って来たが、常日頃ちょっとずつ買い食いや愛読している少年漫画を買うために使っていたせいで、もう残り少ない。


 母の伊織は「どうせ無駄に使うんだから」と言って、お盆玉やお年玉も一万円のみ風麻に渡し、あとは貯金へと回している。


「相楽姉のプレゼントに使える金も千円ちょいか……。まぁ、お金があったとしても、ブランドもんなんて買ったらそれこそ断られるし、気軽に受け取ってもらえるのはこんなもんか……」

 財布の中身を覗き終え、「はぁ……」と息を吐く。


 ――でも、何を買えばいいんだ?


 ヘアピンはもう誕生日にあげた。

 別のデザインでもいいかもしれないが、せっかくなので全く違うものをあげたい。


 チラリと右側にある、髪留めやネックレスやピアスなどの装飾品が売られている店を見る。

 店の中にいるのは風麻と同年代くらいの女子や、二十代ぐらいの若いカップルやおひとり様。

 店員も緩やかに頬周りに細い髪の毛の筋を垂らした、おしゃれな女性しかいない……。


「あぁ~……こんな中、ただのガキの俺が何十分も居られるわけないだろっ……!!」

 女性だらけの中に、平凡な男子中学生が入っていき、好きな女の子のためにプレゼントを選ぶ光景なんて、笑われるに決まってる。


 風麻は独り言をぼやくと、苦悶の表情を浮かべたまま頭を抱えた。


「――あれ、風麻くんじゃないか?」

「へっ?」

 どこかで聞き覚えのある声に、風麻が顔を上げると、緑依風の従姉の海生の恋人――城田海斗が、「や!」と手を上げて笑顔で挨拶をした。


「海斗先輩……」

「学校の外で会うのは久しぶりだね。今日は一人?」

 黒いピーコート、青みがかったグレーのスヌードを首に巻き、スキニージーンズと黒いブーツという、モテる男の定番といった服装の海斗に、風麻はあやうくときめきそうになった。


「は、はい……海斗先輩はデートっすか?」

 そう聞いたものの、近くに海生の姿は見えない。


「今日は一人。海生にあげるクリスマスプレゼントを選びにきたんだよ」

 海斗はそう言って、風麻が入るのを躊躇っている雑貨屋に視線を移した。


 その時、風麻に名案が浮かんだ。

 一人では無理でも、そういった場所にプレゼントを買いに来ても、全く違和感の無い海斗が一緒にいれば、一人で入るよりも気にならないのではないかと――。


「あ、あのっ!!」

 風麻は勢いよく椅子から立ち上がり、海斗に一歩近づいた。


「あの、俺もプレゼント選びに来たんですけど、女の子に何あげたらいいかわからなくて……。そのっ――い、いっしょ……に、選んでもらえません、か……?」

 たどたどしい言葉遣いで、海斗に協力を求める風麻――。


 海斗は、自分を上目で見上げる後輩の姿が、まるで寒空の中に身一つで放り出された子犬のように思え、ふっと小さく息を漏らして笑う。


「いいよ。一緒に見に行こうか」

「ホントですか!?あっ、ありがとうございますっ!!」

 風麻の大きなお礼の声が、フロア周辺に響き渡った。


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