第139話 流星群


「だ~っ、くそ~っ!!爽太ホントにこのゲーム初めてかよ!」

「ふふっ、さすがに五回もやれば慣れてくるよ!」

 リビングに毛布とクッションを集め、テレビゲームで遊び続ける星華、緑依風、風麻、爽太、奏音の五人。


 寝床を決めたはずだったのだが、途中から全員寝落ちするまでゲームを続けるというルールに変更したため、このような状態になっている。


 亜梨明には、先程風麻が掛けたダウンジャケットの上から、更に毛布を乗せて、寝冷えしないようにしてあげた。


 亜梨明が眠ってしまった後も、五人は交代しながらゲームを楽しんでいたのだが、一人、また一人と遊び疲れて脱落していき、最後に残った緑依風と奏音は、星華が「もう無理~……」と大の字になった時点で、お開きにしようと照明を落とした。


 *


 深夜――。


 六人は、快適な温度に保たれたリビングの中で、用意されたクッションに頭を乗せたり、抱き締めたりするなどして、深い眠りについていた。


 マンションの外で、バイクのブォーッとした低い音が遠くに聞こえ、その音にぱちりと目を覚ましたのは、一番最初に眠ってしまっていた亜梨明だった。


 もそりと体を蠢かせて起こすと、亜梨明と同じ毛布の中で誰かが眠っている。

 亜梨明は暗がりの中、カーテンの隙間から漏れた僅かな光で、隣にいる人物を奏音だと認識し、そのまま目を慣らしながら、くるりと首を動かした。


 奏音だけでなく、そのそばには緑依風や星華も寝転がっており、ソファーでは風麻と爽太が、足を向かい合わせるようにして、縮こまって眠っていた。


 友達がみんな一緒にいることにホッとした亜梨明は、カーテンに閉じられた窓際にふと、視線を移す。


 そして、そのまま何かに誘われるようにカーテンに手を掛けると、チカッと、斜め上の方で青白い線が走る――。


「わあっ!!」

 突然、亜梨明が大きな声を上げたので、全員が驚いて目を覚ました。


「もぉ~……なぁに?びっくりしたんだけど……!」

 包まっていた毛布から、奏音が不機嫌な声で言った。


「流れ星!!……あ、まただ!すごーい!!」

「えっ!?」

 眠い目を擦っていた五人は、一斉に目を大きく開き、窓に近付いた。


 最上階で、街灯の光が遥か真下にあるおかげか、漆黒の夜空に散りばめられた星々が、はっきりと目視できる。


 星の光は、また一つの筋を作って、白い跡を残して闇に溶け込む――。


「あ、そうか……。今夜、流星群が見れるってテレビで言ってたかも」

 爽太が思い出すと、「流星群……」と亜梨明が呟き、目を閉じて耳を澄ませる。


「――あ、ちょっとピアノ貸してっ!!」

 亜梨明は、思い立ったように窓から離れ、リビングの電子ピアノへと走る。


「えっ⁉夜中にピアノはマズいって!!」

「ごめん!でも、今浮かんだの!!」

 慌てて追いかけた奏音は、もう話など聞かずに椅子に座り始めた亜梨明の横で、音量を調節するダイヤルを回して小さくする。


 亜梨明は、自身の鼓動でリズムを取ると、スッと息を短く吸って、ピアノを奏で始めた。


 右手で、煌めく星の輝きを想像させるメロディーから始まり、後から乗せた左手は、闇夜の優雅な空気を表すように、低音を重ね合わせる――。


 ゆったりと、それでいて厳かな雰囲気の曲が、星明かりが入り込むリビングに広がり、その音楽の美しさに五人は息を呑んだ。


 *


 演奏は短いものだった。

 しかし、すでにこの場にいる星華達は、すっかりこの音楽に魅入られていた。


 亜梨明は満足したように静かに息を吐くと、「あ……」と我に返り、椅子から立ち上がった。


「ごめんねみんな!忘れないうちに弾きたくなっちゃって……!」

 亜梨明は、「あはは……」と取り繕うように笑う。


「ううん、びっくりしたけど、すごくいい曲だった……」

 星華は、亜梨明の音楽が余程心に響いたのか、目元をほんのりと潤ませており、緑依風と風麻は、まだ演奏の余韻に浸るように、何も言わぬまま棒立ちになっていた。


「確かにいい曲だったけど、時間考えてよ~……。あんたいっつも、思いついたら即ピアノに向かっちゃうんだから〜」

「あは……ごめんね奏音」

 亜梨明はわざとらしく頭に手をやり、奏音に謝った。

 爽太は、そんな亜梨明を優しい眼差しで見つめている。


「あ、そだ!流れ星こんなにたくさんあるなら、きっと願い事叶っちゃうよ!!みんなでお祈りしよう!」

 そう言うと、星華は再び窓に近付き、目を凝らして流れ星を待った。


 一つ、星が白い跡を残して流れると、星華はギュッと目をつむり、両手を組んだ。


「パパに会いたい、パパに会いたい、パパに会いたいっ!」

 星華は早口で願いを声に出し、必死な様子唱えた。


 大丈夫。

 そう口にしていても、その時はそう思えても、やはり父に会いたい気持ちは、何度だって蘇る。


 年間、たった数回しか会えない父の卓。

 それでも、卓は遠くから――液晶画面の向こう側から、星華とすみれの話を楽しそうに聞いて笑い、自分の話もユニークな冗談を交えて教えてくれる。


 帰ってきた時は、短い滞在期間の中でも、妻と娘と一緒に出掛けて、他の家族の何倍もの濃密な時間を過ごし、また離れた土地へと旅立っていった。


 緑依風や風麻、亜梨明や奏音、爽太は、自分達の望みよりも、今は星華のためだけに、彼女の願い事が叶うことを共に祈る。


 すると、カツン――と、玄関より向こう側から、何かの軽い音が聞こえた。

 その音に皆が目を開くと、今度はガチャガチャガチャっと、鍵が解除され、ドアが開かれる音までする。


「えっ、やだ怖い……っ!」

「まさか、泥棒……!?」

 亜梨明と奏音が向かい合わせで抱き合い、恐怖に顔を強張らせると、「あれ……?」と、男性の声がした。


「なんでこんなに靴があるんだ……?」

 その声を聞き、「う、そ……」と、星華の口から小さく漏れる。


 星華は急いで照明を点け、リビングのドアを勢いよく開けた。


「パパ……」

 ドアの前に立っていたのは、160cm前後の小太りの男性――星華の父、卓だった。


「ただいま……」

 卓は、頬を指先で掻きながら、眉を八の字に曲げて星華に笑い掛けた。


「パパーーーーっ!!」

「うわっ、と!!」

 星華が勢いよく抱き付いたため、卓は両手いっぱいに持っていた紙袋や鞄をバサバサっと落として、後ろに倒れかけた。


 卓は、ぎゅ~っと力強く抱き付いたまま離れない愛娘の背に片手を回すと、「遅くなって、ごめんな星華……」と、もう片方の手で星華の頭を優しく撫でた。


「すごいっ!私ね!今、パパに会いたいって、流れ星にお願いしてたんだよ!!」

 星華は卓の体から顔を離すと、興奮した様子で言った。


「粘って待ち続けたら、なんとか復航してくれてね……。でも、最終電車には間に合わなかったから、あとはタクシーに乗って、夏城に帰ってきたんだ……」

「んもう!パパったら、ここは『流れ星に乗って帰ってきた』ぐらいのロマンチックがあってもいいと思うよ!」

「そ、そうなのか……?あっ……」

 卓は、今になってようやく二人きりではないことを思い出したらしく、「あ~」と、照れるような仕草で目を泳がせた。


「遅くまでお邪魔してすみません……」

 卓の恥ずかしい気持ちが移ったように、緑依風が苦笑いしながらお辞儀をして挨拶した。


「緑依風ちゃんか……それから風麻くんも……。久しぶり。二人共、随分大きくなったね……」

 二人と面識のある卓は、最後に会った時より遥かに成長した姿を見て、しみじみとした風に言った。


「それから――後ろの双子さんが亜梨明ちゃんと、奏音ちゃん。そっちのイケメン君は、日下くんかな?」

 まだ出会ったことのない自分達のことも知っている卓に、亜梨明達はちょっぴり驚くが、星華が「そうそう、いつも電話で話してる友達だよ!」と、なんだか自慢げに話すので、その理由を納得するように、三人は顔を見合わせて微笑んだ。


「初めまして、星華の父です。娘がお世話になってます」

 卓が優しげな表情で挨拶をすると、亜梨明と奏音と爽太も、小さくペコっと頭を下げた。


「あ、パパ。今日みんな泊まってくれるの」

「ああ、そうなのか。どうぞゆっくり……――」

 卓が言いかけたところで、緑依風が「あっ、いえ!」と、言葉を遮った。


「私達、やっぱり帰ります!!」

 緑依風が手を振りながら言った。


「え、えっ、なんで?泊まりなよ〜!」

 星華が言うと「せっかくおじさんが帰ってきたんだから、親子水入らずで過ごしなよ!」と、緑依風は荷物をまとめ始めた。


「そうだね、僕らはまたいつでも集まれるから」

「でも、もう深夜一時になるぞ?危ないから、今日はみんな泊まりなさい」

 卓は娘の友人の身を案じて、この場に留まるように伝えるが、「大丈夫です、みんなで一緒に帰りますから」と、緑依風だけでなく風麻や相楽姉妹、爽太も鞄や上着を手に取り、帰り支度を続ける。


「じゃあ、せめてタクシーを呼ばせておくれ。夜道で何かあったら、親御さんに申し訳ない……」

 卓側の気持ちも考慮した五人は、その好意に甘えさせてもらうことにし、彼の呼んだタクシーに乗り込んで、それぞれの自宅へと帰っていった。


 *


 星華と卓は、明かりを消したリビングで毛布にくるまり、寄り添いながら流れ星の訪れを待った。


「そうか、今夜は流星群がピークだったんだな。十三年前――……星華が生まれた日も、パパは流れ星を見たよ」

「それって、私の名前に関係してる?」

 星華が聞くと、卓は星華が生まれた日のことを話してくれた。


 生まれたのは深夜だったこと。

 最初は十二月生まれだから、冬や雪を連想する名前を候補に入れていたこと。

 娘が無事生まれたのを見届けた卓が、病院から家へ帰る途中の夜空を見上げた時、美しく輝く流れ星に我が子の幸せを願い、『星華』にしようと決めたこと。


「よかったー!星華の方が好き!」

「気に入ってくれてるなら嬉しいよ」

 卓はそう言って、星華の肩を抱き寄せると、温かな眼差しで愛娘を見つめた。


 *


 ――そして、朝。

 いつの間にか眠っていた二人は、すみれの「ただいまー」という声で目が覚めた。


 ようやく揃った、親子三人。

 空上家では、二回目の誕生パーティーが開かれた。


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