第11章 星降る夜に

第137話 パパが帰ってくる!


 十二月十日。

 今日は星華の十三歳の誕生日だ。


「星華、お誕生日おめでとう~!!」

 緑依風達は、登校してきたばかりの星華を拍手で迎えると、手にしていたプレゼントを彼女に手渡した。


「わ~い!みんなサンキュー!!」

 星華にプレゼントを用意したのは女の子友達だけでなく、十月の誕生日にプレゼントをもらった風麻と、二週間前からおねだりされ続けていた爽太もだった。


「さてさて、何が入ってるかな?あ、開けていい?」

 そう聞きながら、すでに包み紙を破いている星華を見て、「開けてから聞かないでよ」と奏音は呆れた顔で言った。


「あ、亜梨明ちゃんのプレゼントかわいい〜〜!お星様のネックレスだ!」

「星華ちゃんの名前から、どうしてもこれ以外ピンと来なくて……」

「嬉しい〜!ちゃんと使うからね!」

 星華は上機嫌で次々と、もらったプレゼントの中身を確認していく。


「あ、今日夕方、緑依風んちの店にケーキ取りに行くね!」

「予約入ってるってお父さんから聞いたよ。ちょっと安くしておくからね」

「へへっ、ありがとね!」

 星華はその後も、いろんな人に自分を祝うようにアピールしていく。


 教室に入ってきた波多野先生にも、「プレゼントちょうだい」と手を出しに行ったが、波多野先生は「あるわけないだろー」とその手をペチッと軽く叩き、要求を流した。


 *


 放課後になっても、星華はルンルン気分で、鼻歌を交えながら帰り支度をしている。


「空上さん、朝からずっと楽しそうだね」

 爽太が言うと、星華は「誕生日なんて一年に一回しかないんだから、めいっぱい楽しまなきゃでしょ!」と、人差し指を前に差し出してウィンクした。


「今日は、パパも帰ってくるんだ!」

「え、明日普通の日なのに、お仕事は?」

 亜梨明の言う通り、今日は火曜日で平日。


 土日祝日休みのサラリーマンなら明日も仕事で、遠方に単身赴任をしている星華の父が、とんぼ返りで祝うのは難しいだろう。


 すると、星華は「有給取ってくれたの!」と、ニ~ッとした満面の笑みで答えた。


「いつもは帰ってくる日にお祝いしてくれるけど、たまには当日にお祝いしようって言ってくれてさ!だから今年は、いつも以上に楽しみなんだよね〜!」

 星華はニコニコしながらスキップをするように廊下を歩く。


 星華の両親は共働きで、母のすみれは医者。

 父のすぐるも、多忙な日々を送っており、単身先から最後に夏城に帰ってきて会ったのは、お盆の墓参りだったという。


 そんな事情を知っているため、普段ならはしゃぎすぎる星華に呆れる緑依風や奏音も、今日ばかりは優しく微笑むように、彼女の後ろ姿を見守っていた。


 *


「たっだいまー!!」

「星華ちゃん、おかえりなさい」

 帰宅した星華を出迎えたのは、空上家で長きに渡って家政婦として勤めている、長嶋ながしまという中年の女性だ。


 医者の仕事で家のことが手付かずになりがちなすみれの代わりに、星華が幼い頃から掃除や洗濯、夜勤の日には食事の用意までしてくれており、星華にとっては、もう一人の母のような存在だった。


「わ〜っ!すっごいね!!」

 星華がリビングに入ると、部屋の中はカラフルなフラッグガーランドや風船などで、可愛く飾られており、壁にも大きな文字で『HAPPY BIRTHDAY』と書かれた紙が飾られている。


「ふふっ、気合入れちゃいましたよ~!!」

 大喜びする星華を見て、長嶋も得意げな顔だ。


「奥さんから、食事の支度は下ごしらえだけと聞いていたので、ご飯は今日作ってないけど、飾り付けは任されたので。ちょうど今、最後の飾りをつけ終えたところです」

 長嶋はそう言って、小さな脚立からゆっくりと降りた。


「あと、これはささやかながら私からのプレゼント。よかったら使ってね」

「やった~!!ありがとー!!中身なんだろー!?」

 星華は小さな紙袋に入ったプレゼントを受け取ると、ペリっとテープを剥がし始める。


「それから、星華ちゃん宛に荷物が届いてましたよ」

「わっ、桜からだー!!何入ってんだろう?びっくり箱じゃないといいけど……」

 四国に引越しした星華の親友、香山桜は人を驚かせるのが好きな人物なので、星華は小さなダンボール箱に耳を当て、恐る恐る振って中身を確かめようとした。


 *


 仕事を終えた長嶋にお礼を言って見送った星華は、ソワソワとしながら時計を見ている。


 時刻は午後五時半を過ぎた。

 外来の診察が滞りなく終われば、母はそろそろ勤務を終えて、帰宅準備をしている頃だろう。


 父は七時には帰れるように頑張ると言ってくれた。

 朝、すでに『おめでとう』のメッセージをスマホで届けてくれたが、せっかくの誕生日だ。


 父の口から、いつものビデオ通話の画面越しではなく、直接対面して聞きたい。


 滅多に揃うことのない、家族三人。

 こうして両親共に祝ってくれる誕生日は、何年振りだろうと思っていると、リビングダイニングの中間に置かれている電話から、呼び出しのメロディーが鳴り始めた。


「ほいほいっ、誰かな~?」

 ソファーからぴょんっと飛び跳ねるように立ち上がった星華は、「はいは~い、空上でーす!」と受話器を取る。


「もしもし、星華?」

「あ、ママだ〜!」

 電話を掛けてきたのは星華の母、すみれだった。


「どしたの?もう帰ってこれる?」

 予定通りの時間に仕事を終われたのだと思った星華は、ワクワクした気持ちで聞く――が、すみれは暗いため息をつき、「それが……」と歯切れの悪い声で言った。


「今日、急遽夜勤に入らなきゃいけなくなったの……。当直の先生が体調を崩してしまって、他に代われる人も見つからないし、ママの受け持ちの患者さんの容態も悪くて……」

「それって、きょう……かえれない、ってこと……?」

 星華が途切れ途切れに聞くと、すみれは絞り出すような声で「ごめんね……」と、娘に謝った。


「せっかく星華の誕生日なのに……。お夕飯は、パパに何か買ってきてもらうように連絡するから……」

 星華の受話器を持つ手がカタカタと震える。


「――……ううん。命を預かるお仕事だもん、仕方ないよ!ママがいないと病院が大変だし、私は大丈夫!」

 本当は、「帰ってきて欲しい」と伝えたい。


 だが、母親の仕事の大変さと大切さを知っている星華は、その気持ちをグッと抑え、明るい声で言った。


 *


「もうこんな時間か……」

 夕方六時にケーキの受け取りを希望していたため、星華はコートを羽織って、家を出ようとする。


 ドアノブに手を添えた時、再び電話が鳴った。


「はい……空上、です……」

「もしもし、星華か?」

 耳元で、聴き馴染みのある男性の声がした――星華の父、卓だ。


「パパ……!パパ今どこまで来た?もうすぐ着く?」

 父の声を聴いた途端、星華は待ちきれない気持ちで早口になる。


 しかし、星華に問われた卓は、すぐに返事をせずに二、三秒程間を置いて、「ごめんな……」と、謝る言葉を述べた。


「乗る予定の飛行機が強風で欠航になってしまって……。いつ運航再開できるか、わからない状態なんだ……」

「えっと……つまり、パパも帰れないの?」

 星華が、頭の中が真っ白になったまま聞くと、「わからないけど……帰れたとしても深夜で、日付も変わってしまってるかもしれない……」と、卓は唸るように答えた。


 電話の向こうで、父が申し訳なさそうに深く息を吐く音がする。

 星華は、溢れてきそうな悲しみをなんとか堪えると、「しょうがないね!」と、精一杯明るい声を出した。


「飛行機が飛ばないのはパパのせいじゃないんだから、気にしないでよ!」

「星華……でもっ、ママも――!」

「うん、長嶋さんが用意してくれた食材はもったいないけど、晩御飯は自分でコンビニで買ってくる!お金もママがもしものためにって置いてくれたのがあるし、心配しないで!」

「本当に、本当にすまない……っ!今年は当日に星華の誕生日を祝いたかったのに……!」

「いいって!また今度帰ってきた時に祝ってね!」

 星華は言い終えると同時に通話を切り、「はぁっ……」と重いため息をついた。


 *


 午後六時過ぎ――。

 木の葉では、緑依風が父の忘れ物を届けに来ており、本日の予約一覧表に目を通していた。


 時計を見ると、そろそろ星華が予約したバースデーケーキを受け取りに来る頃なので、緑依風は彼女に会ってから家に帰ろうと、厨房の隅の方で友が来店するのを待っていた。


 カランカラン――と、ドアについているベルが鳴る。


 見慣れた横顔に、緑依風は声を掛けようとするが、星華の顔は昼間学校で見たものとは真逆の、暗い表情だった。


「星華……どうしたの?なんか泣きそうじゃない?」

「……大したことじゃないよ。ケーキもらっていい?」

 星華は、普段の半分以上も小さく弱い声で言いながら、予約票の紙を取り出した。


 緑依風はそのまま会計をし、北斗が作ったケーキが入った袋を星華に手渡した。


 星形チョコレートと星形に型取ったフルーツ、金粉が乗った煌びやかなケーキ。

 星華が母のすみれと共にオプションで要望した、スペシャルメニューだ。


 星華は、ケーキを受け取って短く礼を言った後も、暗く俯いたまま、レジの前で立ち尽くしていた。


「なんかあった……?」

 緑依風がレジ側から星華に近寄ると、彼女はクッと喉奥を鳴らして、口を開いた。


「親がさ、どっちも帰れなくなっちゃってさっ……!でもっ、仕方ないんだよ!どっちもパパとママのせいじゃないし、わかってるんだよ……!だけど……っ!」

 星華は一気に落ち込む理由を語ったが、最後は言葉を噤み、目元を手の甲で擦った。


「…………」

 顔を上げないままの星華を見て、緑依風は少し場所を離れて携帯を取り出し、どこかに電話を掛け始める。


「――あ、お母さん、私。あのね……」

 まずは自宅に。

 そしてそのまま緑依風は、また別の人に電話を繋ごうとする。


「亜梨明ちゃん?緑依風だけど、実はね――」

「…………?」

 僅かに緑依風の会話の内容が聞こえた星華は、ハッと緑依風のいる方向へと振り返る。


「星華!」

 通話を終えた緑依風は、携帯を片手に持ったまま、笑顔で星華の名を呼んだ。


「星華、みんなで星華の家でお祝いしよう!」

「え……?」

 星華はまつ毛を濡らしたまま、キョトンとする。


「おばさん達いないんでしょ?亜梨明ちゃんに話したら、奏音と一緒に来てくれるって!あ、風麻と日下も呼んじゃおうか!!」

「ちょっ、ちょっと待ってよ、みんないいの?」

 突然の出来事に戸惑う星華が、また電話を掛け始めようとする緑依風に尋ねる。


「だって、友達に誕生日に寂しい思いさせたくないもん。まぁ、今からじゃ手の込んだご馳走は作れないけど……でも、簡単で見栄えのいいものなら作れるよ!」

 緑依風は、口を半開きにしたままの星華に向かって、「任せなさい!」とでも言うように、胸にドンっと握り拳を当てた。


「へへっ……」

 星華は、緩んだままになっていた目をもう一度擦ると、ズッと鼻をすする。


「ありがと緑依風……。持つべきものは、料理上手な友達だね!」


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