第136話 金色と紅(後編)


 運動場が見える、イチョウともみじの木が並ぶ通路。

 その木の下に辿り着くと、「俺、またフラれるの?」と、直希が聞いた。


 その声に立花が振り向くと、直希は笑みこそ湛えているが、目元はどこか寂しげだ。


「……フラれたらどうすんの?」

「ん~……また、やり直すさ」

 直希はニッと歯を見せて、両手を後頭部に添えた。


 直希はそのまま、目線を真上にある金色のイチョウと、くれない色に染まったもみじに移し、何かを誤魔化すように空を見上げ続ける。


 立花は、そんな彼の行動の理由を察して、閉じられていた口を開いた――。


「……直希は、なんで私が好きなの?私なんかのどこがいいの?」

「…………」

 立花の真剣な眼差しを受けると、直希からそれまでのふざけた様な笑顔が消えた。

 代わりにその顔は、照れ臭そうな、もどかしそうな……複雑なものへと変化する。


「どこって……」

 野球部の活動で日焼けした、直希のやや茶色めいた肌の色がぼうっと赤く染まっていく――。


 直希は、頭の後ろに置いていた手の片方で、ガシガシと髪を乱し、躊躇ためらいがちな様子で、立花を見ては目を逸らすという視線の動きを、何度も繰り返した。


「……だって、立花といると超楽しいし。俺から見れば、姉ちゃんより可愛いって思うし……髪も綺麗で触ってみたいな〜とか、気が付けばしょっちゅう立花のこと考えちゃうし……。んん~〜、上手く説明しにくいけど……」

 直希は顔をギュッと縮めて、自分の知ってる言葉で気持ちを表せるすべを考えた。


「だぁぁ~~っ、もう~~っ!!なんて言っていいか、さっぱりわかんねぇ!!」

 直希は大声で叫び、今度は両手でツンツン頭をシャカシャカと掻きむしった。


「……だけどっ!!立花が好きだ~!って気持ちが、いつもいっぱいだ!その気持ちは増えるばっかで、減ることはないっ!!だから、立花と一緒にいたいんだよっ!!」

 ありったけの気持ちをぶつけ終わった直希は、「はあっ」と荒く息を吐いた。


 立花は静かに目を瞑ると、直希の言葉を一つ一つ心に刻む様に思い返した。

 爽太から聞いた話は本当だった。


 疑っていたわけじゃないが、直希本人の口から聞けた彼の想いに、立花の胸の中心は、幸せなもので満たされていく――。


「ふっ……ははっ!」

 立花の口から、自然と笑い声が上がった。


 直希は、ちょっと困惑するように口元を歪めた後、立花の笑いが移ったかのように、ぷっと息を吹き出した。


「あはっ、ははははっ!」

「ははははははっ!」

 立花と直希は、数か月ぶりに一緒に声を上げて笑い合う。


「も~~っ、超ストレート!超ド直球だよねっ、直希は!」

 立花は笑いすぎて滲み出た涙を軽く手でふき取ると、直希の顔をしっかり見つめた。


「私も好きだよ、直希のこと!」

「ホントか!?」

 立花が気持ちを伝えると、直希はびっくりした口調で、立花に詰め寄った。

 立花は頷き、声無しで返事をすると、照れるように歯を見せて笑い、両手を後ろにまわす。


「アンタって物好きだよねぇ~……。もし、百人の男がいたとして、私とお姉ちゃんどっちか選べって聞かれたら、全員お姉ちゃんを選ぶはずなのに……。直希は妥協とか不真面目な理由じゃなくて、最初から私がいいって、私を好きになってくれたんだよね?……そんなの知ったら、嬉しくてさ……」

「……選ばれたから、好きになったってことか?」

 直希がちょっと心外に思うと、「それだけじゃないよ」と、立花は首を横に振った。


「たくさん思い出したの。直希が夏城小に転校してきた時とか、友達になってからのこともさ。私が私のままでいられる。直希と一緒なら、なんだって楽しかったから。……だ、だからさ――?」

 だんだん気恥ずかしくなる立花の目の前で、突然直希はガクンとその場にしゃがみ込み、黙って動かなくなった。


「なっ、何?どうしたの?」

「~~~~っ!!」

 両手で顔を覆い隠す直希。

 立花は戸惑い、彼の指の隙間から見える表情を探ろうとする。


「よかったぁ~……!!」

「ん?」

「また、フラれるかと思った……」

 そう言って、両手を退けた直希の顔は、嬉しさに涙腺が緩んだのか、まつ毛がやや濡れていた。


「フラれるの覚悟じゃなかったの?」

「やり直すとは言ったけど、フラれるたびに俺はショックだったんだぞ!」

「あれは私じゃなくてもフるわ、引くわ……っと、と!」

 いきなり直希に腕を引っ張られ、立花はぐらりとバランスを崩す。


 直希はそのまま、立花の体を自分に寄せて抱き留めると、彼女の背にまわした手に、ぎゅ~っと力を込めた。


「立花、立花っ……!!大好きだ!!超、超大好きっ……!!」

「うん、ありがと直希。これからも、よろしくね……」

 一度は崩壊しかけた友情から、新たな絆を結んだ直希と立花。


 緩やかな風に吹かれたイチョウともみじの葉が、ひらりふわりと二人のそばへ舞い降りた。


 *


 翌日。

 風麻は、廊下ですれ違った直希から、立花への想いが成就したと報告を受けた。


「直希すげぇよ……。本当に両想いになるとかさ……」

 友達とは言えど、正直あの告白の仕方では、相思相愛になるのは絶対難しいと思っていた風麻だったが、直希はデレデレと腑抜けた表情で、昨日の出来事を自慢げに語っていた。


 風麻は、真っ直ぐすぎる彼の恋への姿勢に若干顔を引きつらせつつも、内心では尊敬と羨望の念を抱いていた。


 そんな風麻の心情を見透かしたように、直希は隣に並ぶ風麻に眼差しを向け、「お前もやれば?」と、軽い口調で言った。


「ん?」

「相楽の姉の方にさ!」

「えっ……!!?」

 亜梨明への好意がバレていたことに激しく動揺し、狼狽える風麻。

 直希は、しどろもどろになる風麻を面白がるように眺め、「へへっ」と、笑う。


「ちょっ……お、おまっ、知って……?えっ、いつ……!?」

「おぉっ、結構前から知ってたぞ~!ちなみに、亜梨明が好きなやつもな!」

 直希が教えようとすると、風麻はピタッと不自然な動作を止め、「……それは、知ってる」と、低い声になる。


「爽太だろ……」

「お、わかってたのか」

 窓際の壁に背を預けた風麻は、悔しそうに口を尖らせた。


「毎日見てんだ……。あいつが誰を一番見ているかも、全部わかっちゃうよ」

「まっ、そうだろうな。……でもさ、チャンスは今だけだぜ?」

 直希はポンっと風麻の肩に手を置くと、斜め後ろにある一組の教室へと、視線を向けた。


「爽太はまだ、亜梨明の気持ちに気付いていない。それどころか、恋にも全く関心がない。積極的にアプローチかけていけるのは、あいつが目覚める前だ」

 直希のアドバイスを聞き、燻り続けていた風麻の心に、再び火花が立ち始める。


「安心しろよ。周りはお前が亜梨明を好きって気付いていない。いや、むしろ……気付かれないくらい、風麻は全然何にもしていない状態だな」

「う……」

「だから、俺はお前を応援するぜ!良いとこたくさん見せて、亜梨明にお前の良さを知らしめて来いっ!」

 直希は風麻の背中をバシッと強く叩くと、「じゃ、頑張れ~!」と言って、二組の教室へと戻って行った。


「いってぇなぁ~……」

 風麻は背中の痛みに顔をしかめながらも、唯一の味方になってくれた直希に感謝した。


「(そうだよな……フラれるのが怖いなんて、みんな思ってる。……でも、そこで終わりじゃない。相手に好きなやつがいたって、何とも思われてなくったって、諦めなければ伝わることだって、あるんだよな……)」

 直希のように、一度や二度の失敗で諦めず、真摯な気持ちで自分の想いに向き合えば……。


 たとえ本当にダメだったとしても、不完全燃焼のまま終わる方が、一番かっこ悪いはずだ。


 風麻は、開け放たれている教室の小窓から、亜梨明と爽太が仲睦まじく会話を楽しんでいる姿を見つめる。


「…………」

 亜梨明が笑えば、爽太も笑い、その姿にまた、亜梨明が嬉しそうに微笑む。


「絶対負けねぇ……!」

 熱く燃え滾る嫉妬を、自らのエネルギーに変えた風麻は、強い決意を胸にして、教室へと戻った。


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