第134話 知られざる想い
今から約二年前――五年生の三学期。
立花は、冬丘小学校から転校してきた直希と出会った。
「お前ドッジ強えな~!!女の子で、俺のボール怖がらずに正面から受け止めたの初めてだぜ!」
真冬の空を夏空に変えてしまいそうなくらい、ニカニカした明るい笑顔の男の子。
ハリネズミのようにツンツンした髪の毛が特徴的で、転校してきたばかりだというのに、とても人懐こい性格。
それが、立花が最初に抱いた、直希の印象だった――。
*
昼休み。
「小学生の頃の立花と三橋って、どんな感じだったの?」
緑依風の机に集まり、お弁当を広げ始めた奏音が聞いた。
「ん~……仲良しの異性の友達って感じ。立花と三橋はクラス違ったけど、スポーツクラブで仲良くなって、学校でも良く一緒にドッジボールしたり、鬼ごっこしたりしてたかな?あの子、教室で静かに過ごすより、体を動かす遊びが好きだったからね~」
緑依風が教えると、亜梨明と奏音は「へぇ〜」と、声をシンクロさせた。
「立花って、今でこそ奏音やバレー部の栄田さんとか、女の子と行動してるけど、元々は
星華が昔と今の立花の違いに気付くと、緑依風は箸を取り出しながら「そうそう」と、頷いた。
「でも、あんなに仲良しな男友達は、三橋だけだったかも。休みの日まで虫取りに行ったり、山に探検に行ったりして、本当によく一緒に遊びまわってたイメージ。……でも、なんか中学校に入ってから、急に距離ができて――……ケンカでもしたのかと思って、見てたんだけど……」
入学して数日間は、これまで通り普通に会話をしている姿が見えた、立花と直希。
ところが、ある日ピタリとそういった光景が見られなくなり、緑依風は二人の関係を不思議に思っていた。
「なんか、変な噂を立てられたら~とか言ってたけど……」
奏音が昨日の出来事を思い返しながら、ふりかけのかかったご飯を口に運ぶ。
「う~ん……立花んちで、三人一緒に遊んだこともあったけど、三橋が立花のことをそういう風に見てたとこなんて、今まで無かったと思うけどな……」
緑依風は記憶を辿りながら、直希が立花に対して、特別な感情を抱いている素振りを見せた場面を探し始める。
「仲良かったのに……同じクラスなのに、立花ちゃんは三橋くんのこと嫌いになっちゃったのかな……?」
亜梨明は箸の先端を唇に当てたまま、寂しそうに呟いた。
「でもまぁ、話に聞いた昨日の告白と、さっきの出来事知ったら、嫌われても当然な気がする……。三橋は良くも悪くもストレートなんだよ~!ロマンもムードも無さ過ぎるでしょ!!」
恋愛への憧れが人一倍強い星華は、どんなラブストーリーもびっくりするような直希の行動に、幻滅した口調で言った。
そんな女子メンバーの会話を、少し離れたところで耳にしていた爽太は、何かを考えるような表情で、風麻と弁当を食べていた。
*
――放課後。
女子バレー部の活動にいつも通り参加した立花は、イライラした空気を隠し切れない程、表情が険しかった。
奏音がチームメイトの栄田に聞いたところ、クラスメイトの視線は常に立花に向いていたし、冷やかしに来る者、立花と直希のことをヒソヒソと話す者のせいで、気疲れしっぱなしだったという……。
「気の毒としか言いようがないよ……」と、栄田は練習着に着替えながら、奏音に話した。
苛立ちの感情は、練習中のプレーにも影響を及ぼした。
三年生のリベロが引退した後、新たなリベロ枠として、一年で唯一一軍に加入できた立花だったが、普段なら余裕で取ることのできるボールを取りこぼすミスを連発し、先輩にも波多野先生にも叱られてしまった。
集中できないのならと、コートから出るように言われた立花。
代わりに、リベロではない二年の別の選手がコート練習に参加し、立花はボール拾いと採点の役目を任された。
普段、自分がいるポジションを、不甲斐ない理由で他の人に渡してしまうことは、とても屈辱的で悔しく、涙も滲んだ。
*
「だぁぁーーっ、もぉ〜っ!マジでストレス!!」
部活終了後、立花は奏音と並んで歩きながら、夜空に向かって大声で叫んだ。
「あんまり眉間にシワ寄せ続けると、そういう顔になっちゃうよ」
奏音は、ギッと歯を食いしばり、眉の間に深い溝を作り続ける立花の眉間を、そっと指でなぞった。
練習が終わってからの立花は、募りに募りまくった直希への不満を、奏音と栄田に吐きまくっていた。
栄田と校門で別れた後も、立花はクラスメイトの反応や、今日の練習での悔しい気持ちを脈々と吐き続け、一旦おとなしくなったかと思いきや、またもや火山が噴火するかの如く、怒りを爆発させている。
分かれ道の十字路までたどり着くと、奏音はしばらく立花とそこに立ち止まり、彼女の気が住むまで愚痴を聞いてやることにした。
立花は星華が予想した通り、これまで友達だった直希に対し、『嫌い』という感情が芽生え始めていた。
小学校時代、男は男の遊びをして、男同士で。
女は、女の子らしく上品で、土や泥で汚れない室内遊びをすべきという、男女の意識の違いが強かった立花達の学年では、男の子に混ざって活発に遊ぶ立花の存在は、異端だった。
クラスメイトの女子児童は、恋バナやお絵かき、図書室に通ったりなどして休み時間を過ごすことが多かったが、立花にとって、それは大変つまらないものであり、楽しいと共感できるものなど無かった。
かといって、男子と一緒にドッジボールや鬼ごっこをすると、一部の男子児童からは、「女が混ざると本気が出せない」「女はチームにいらない」と、差別を受ける。
そこに、別の小学校から転校してきた直希は、今までの夏城小の子供達とは、全く違う考えを口にした。
「このガッコ―、なんで男子は男子、女子は女子ってこだわってんの?」
「堂々と、好きなことを好きなようにやればいいじゃん」
「活発な女は女じゃない?それじゃあ、女性アスリートはどうなるんだよ?」
誰もがおかしいと、心の中では思っていても言えなかったことを、サラリと口にして、度肝を抜いた。
立花は、そんな直希をすごいヤツだと思ったし、これまで「私のことは男だと思っていいから」と言い切っていた立花にも、「本当にそれでいいのか?」と、本心では違うと思っていたことを、真っ直ぐな言葉で指摘してくれた。
これまで偽っていた気持ちを全て聞いたうえで、ありのままの自分を受け入れてくれた直希のことを、立花は最高の友人だと思ったし、こんな友達を待っていたんだと、彼が夏城小に来てくれたことを感謝した。
それなのに、中学校という新しい環境に入ると、今まで以上に男子と女子というものを意識してしまうことになる。
小学校は私服だったため、立花は主にズボンを着用していた。
中学校に入学すると、女子はセーラー服でスカート。
男子はブレザーでズボンという、はっきりと性別の違いを表す服装が強制的になった。
立花は中学校に上がってからも、唯一無二の存在である男友達を、「直希」と呼んだが、それを聞いた別の小学校出身の者達から、面倒な質問を受けることになる。
おまけに、立花のいる二組は運の悪いことに癖の強い者が多く、立花はそこで孤立するのを防ぐために、一度取り戻した自分らしい自分を再び仮面で隠し、そのクラスで上手く立ち回れるよう、これまで苦手だった女の子同士のお喋りに、積極的に参加せざるを得なくなった。
二組では現在、何組か仲の良い男女が増えたが、それらは全て交際を始めている、いわゆるカップル同士で、そういった姿に感化されて、彼氏や彼女を欲しがる者達も多い。
「――……って感じでさ、きっとあいつもそうなんだよっ!!ただ単に“彼女”ってものが欲しいだけ!」
これまでのことを含めて奏音に話した立花は、直希のあの無茶苦茶な告白も、周囲の影響によるものだと思っていた。
「私が中学に上がってから、どんな気持ちで周りと上手くやろうと思って演じてきたか、なーんにも知りもしないでさ!せっかく積み上げてきたもの、今日のバカ正直な発言のせいで、みーんな台無しっ!!悪目立ちするし、笑われるし、本当に最っ悪!!」
「ちょっとちょっと、声大きすぎだって!」
いくら時間帯的に通行人が少ないとはいえ、大声で不満を吐露し続ける立花に、奏音はそっと注意したが、立花は「いいのっ!」と、声を荒げたまま、鞄のベルトをギューッと握り締めた。
「三橋だって、本当は私のことなんて友達としか思ってないくせに……!私があんなこと言ったから、たまたま前に仲良かった私に、適当なノリで『付き合おう』って言ったんだ!そうに違いないんだ~~っ!!」
「――それは違うと思う」
「えっ……??」
闇夜の街灯の下、静かに立花の憶測を否定する声が聞こえた。
立花と奏音が、ビクッと肩を上下させて後ろを振り返ると、そこには日下爽太の姿があった。
「日下……っ、なんでここに……っ!」
「亜梨明を送って、しばらくおうちにお邪魔して帰る途中だったんだけど、青木さんが直希のこと、大声で話してるのが聞こえたから……」
「――――ッ!!」
爽太に改めて指摘されると、立花は我に返り、公の場で騒ぎ立てていたことが、急に恥ずかしくなったらしい。
鞄のベルトを握り締めたまま、しばし俯く――。
「……な、なんで違うって言い切れるのさ?」
立花は少しだけ顔を上げると、ジロリと睨み付けるような目を向けて、爽太に聞いた。
「……直希、冬丘から転校した後、よく僕に電話で話してくれたんだ。新しい学校でできた、好きな女の子の話」
「え……?」
立花と、彼女のそばにいる奏音も、爽太の思わぬ言葉に、息を呑みながら続きを待つ。
「――……女友達ができた。その子のことが好きになった。一個上に綺麗なお姉さんがいて、お姉さんを羨ましく思ってるみたいだけど、その子も笑うとすごく可愛いくて、お姉さんに負けないくらい素敵だと思ってる。運動神経抜群で、男の子みたいにやんちゃだけど、綺麗な長い髪を大切にしていて、そこが女の子らしくてますます可愛いんだ。……それが、僕が直希から聞いた、直希の好きな女の子のこと」
爽太が一つ一つ話すごとに、立花の顔はどんどん赤く染まっていった。
「名前を聞いたことはないから、誰かわからなかったけど、最近気付いたんだ。その女の子は、多分青木さんのことだって」
「……っ」
爽太に真実を告げられた立花は、目と口を震わせ、困惑した顔でこれまでの直希との日々を思い出す。
「そ、そんなの……今まで私に言ったことも、感じさせたことも無いのに……」
「僕は、小一から直希と親友で、直希のことはよく知ってる。だから言わせて。直希はそんな半端な気持ちで、青木さんに『付き合おう』なんて言ったんじゃない」
「…………」
爽太は、「ごめん、それだけ」と言うと、軽く会釈をして、その場から去っていった。
「立花、大丈夫……?」
奏音はそっと、立花の肩に触れる。
「…………」
立花は、怒りとは違う別の感情に、頬を赤く――熱くさせていた。
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