第133話 信じらんないっ!!
翌日の朝。
夏城中学校の下駄箱付近は、「おはよう」と挨拶する生徒達の声で賑わい、活気が溢れている。
登校してきた緑依風と風麻も、そんな生徒達に混ざって、上靴に履き替えていると、「おーっす!」と、一組の真後ろにある二組の下駄箱から、明るい声が聞こえた。
「あ、三橋おはよう!」
緑依風が挨拶すると、「松山おはよう!」と、直希は人懐こい笑顔を見せながら、彼女に挨拶を返した。
「おはよ、緑依風!」
「あ、立花!」
直希が挨拶をして間もなく、立花も登校してきて、後ろ姿の緑依風に挨拶をした――が。
「あ……」
緑依風と風麻に隠れて見えなかった直希が視界に映った途端、立花の表情が不機嫌になった。
「よっ、立花!おはよ~さん!」
「…………」
直希がニッと笑いかけながら挨拶をするが、立花は上履きをパァン!と荒っぽく床に叩きつけ、それに素早く履き替えると、無言のままスタスタと去ってしまった。
「えっ、何?どうしたのあんた達……」
緑依風が、直希と立花の後ろ姿を交互に見ながら質問する。
「どうしたもこうしたも……」
昨日の事の始終を全て見ていた風麻は、呆れるように頭を押さえ、直希は「照れてるんじゃね?」と、ニカニカした笑みを絶やさなかった。
*
教室にいつものメンバーが全員揃うと、その場に居合わせた奏音と爽太も、直希と立花の間に起きた出来事について、緑依風達に詳しく話してくれた。
「そりゃまた、すごい告白の仕方だね~」
星華は、三人の話を聞いて驚きつつも、面白そうといった様子でふんふんと頷く。
「知らなかった……。まさか三橋が、立花のこと好きだったなんて……」
直希と同じクラスにこそなったことはないが、風麻や立花を通じて何度か遊んだことのある緑依風も、彼が立花に特別な想いを抱いていたことには、気付いていなかったようだ。
「しかも直希のやつ、青木にリベンジするって言ってたぞ」
「マジで⁉」
奏音がちょっと引き気味に言う隣で、亜梨明は「三橋くんすごいなぁ~!」と、感心している。
「普通、一回フラれたらもう終わりでしょ。まぁそりゃ、世の中にはそれでもめげずにアピールする人もいるけど」
「それがすぐ近くにいるんじゃん……」
奏音が星華に突っ込むと、「諦めの悪い直希らしいや!」と、爽太は懐かしそうに笑った。
*
三時間目。
今日の一年二組のこの時間の授業は、体育だった。
授業は体育館を二つに仕切って、男女に分かれて使用しており、四時間目の授業に間に合わせるため、どちらの先生もチャイムが鳴る五分前には、授業を終わらせて着替えるよう、生徒達に指示を出した。
「あ~あ、張り切り過ぎちゃったよ!汗かいちゃって、髪傷みそう~……」
汗っかきの立花は、ゴムで括った髪の根本が、汗で濡れたことを気にしている。
「立花ちゃんって、とっても綺麗な髪質ですよね!丈夫で、コシもあって羨ましいです!」
立花と同じく二組の生徒である晶子は、そう言って、立花の髪にそっと触れた。
「えへへっ、ありがと晶子!」
「立花、お手入れ欠かさないって言ってたもんね~。私なんかやろうと思っても、すぐめんどくさくなっちゃう……」
立花と奏音の部活仲間である女子生徒、
「髪の毛はね、お姉ちゃんにもよく褒めてもらえるの!だからその分大事にしてるし、半年に一回はお年玉使って、美容院のトリートメントにも行くんだ!」
立花が少し自慢げに語っていると、「ホント、“髪だけは”だな!」と、三人の背後から男子生徒、小林の声が聞こえた。
「……いちいちうるさいなぁ~。わかってるよ!」
立花が言い返しながら睨むと、「残酷だよなぁ~!」と別の男子、早川が追い打ちをかける。
「何もかも、姉ちゃんに良いとこ吸い取られてさ!お前と先輩が並ぶと、超可哀相に見えてくる!」
「…………」
海生と姉妹だと知った者は、みな同じようにあげつらい、憐れむ。
言われ慣れていることだった。
それでも、全く傷付かないわけがない。
気にしないようにしても、チクリチクリと、胸は痛む――。
「おい、失礼なこと言うなよ」
「えっ?」
立花が顔を上げると、小林と早川の後ろに直希が立っていた。
「立花は立花。姉ちゃんは姉ちゃんだろ?人が嫌がること言うなよ」
「三橋、よく言った!!」
直希のフォローを栄田が称えると、小林はぐっと悔しそうに歯を食いしばり、黙ったが、早川の方は、反省するどころか「なんだよ~」とニヤつき、直希の肩に腕を回す。
「青木のことかばっちゃって!――あ、もしかしてお前、青木のこと好きだったりして~!にっひひひ!」
「なるほどな~!そういやお前、いつも青木のこと名前で呼んでるし。そ~か、そりゃ悪かったな!ひゃっひゃっひゃ!」
小林と早川が下品な笑い方をしながら、直希と立花をはやし立てる。
立花は、庇ってくれた直希に矛先が向いたことで、居たたまれない気持ちになり、晶子と栄田は、直希の反応を伺う二人に、冷ややかな視線を浴びせていた。
しかし直希は、そんな二人の笑い声など全く気にしない様子で、「そうだけど?」と、答えた。
「ひゃっひゃっ……は?」
小林も早川の笑い声がピタリと止まり、早川の腕はズルリと直希の肩から落ちた。
「お前らの言う通り。俺、立花のこと好きだし。……だから、好きな女に失礼なこと言われたら、たとえダチでも気分悪いに決まってんだろ!」
『えっ……?』
小林と早川、そして栄田の三人が、声を同時にハモらせる。
「なっ、立花?俺と付き合ってよ?」
「…………」
ザワザワと、六人の周りにクラスメイトが集まってくる。
立花は俯いたまま肩を
*
キーンコーンカーンコーン――。
夏城中学校の、三時間目終了のチャイムが鳴った。
緑依風、風麻、亜梨明、爽太、奏音、星華の六人は、次の移動教室の授業のために、教科書や筆記用具を持って、廊下に出始めた。
すると、ダンダンと足音を立てながら階段を上ってくる立花と、その後ろを走って追いかける直希の姿が見えた。
「立花、り~っか!おーい、待てってば!!返事は?どっち??」
直希が尋ねると、立花はぐるりと振り返り、「信じらんないっ!!」と、大声で怒鳴った。
「なんで他の子がいる前であんなこと言うの!?ほんっとバカっ、最っ低っ!!」
顔だけでなく、首まで真っ赤に染めた立花は、今にも掴みかかりそうな勢いで、直希に怒りを露わにする。
「え~……だって、好きなのか?って聞かれたし。好きなのに嫌いだなんて、嘘は付きたくねぇしよぉ~」
「だからって、あんな素直に人前で言う!?おかげで私は大恥かいたわよ!!」
「う~ん……じゃあ、二人っきりならいいのか?」
「良くない!!いい加減に――……!」
最後まで言い切る前に、立花は緑依風達の視線に気付き、ハッと息を呑み、黙り込む。
「~~~~っ!!」
立花はギューッと両拳を握り締めると、逃げるように教室へ駆け込み、バタンと乱暴に引き戸を閉めた。
「今度は何したんだよ、お前……」
風麻が呆れた顔で聞くと、直希は先程起こった出来事を、何一つ隠さずあっさりと話した。
「――とりあえず、他の人がいる前ではやめておこう」
「いや、そういう問題じゃないだろ……」
反省の視点がズレている直希に、風麻がツッコミを入れた。
「あのさ、三橋……ちょっとの間、立花をそっとしてあげて欲しいな」
立花の心情を心配した緑依風は、やんわりと直希に注意した。
「なんで?」
「立花、デリケートな性格だし……それに、あんまりしつこかったり、いきなり過ぎるアプローチは、三橋にとっても逆効果だと思うから……」
緑依風からの助言を受けた直希は「う~ん……」と腕を組み、険しい顔になる。
「押してもダメなら引いてみろってやつか……。わかった、しばらく我慢するよ。でも、諦めたわけじゃないからな!俺はぜーったい、立花を振り向かせてみせる!」
直希が、ギラギラと情熱的なオーラを放ちながら、立花への想いを宣言すると、「そろそろ時間まずいよ」と、爽太が言った。
「あ、ホントだ!急ごう!」
奏音の一声で、緑依風達は急ぎ足で次の授業が行われる教室へと向かっていった。
――バタバタバタと五人の足音が遠のく中、爽太だけは直希の横顔が落ち込んでいるように見え、その場に
「……直希」
爽太が静かに親友の名を呼んだ。
「ん~……」
直希は深く深呼吸をするようなため息をつき、斜め下を向く――が、すぐに爽太の方に体を向き直らせると、ペカッとした笑顔を見せた。
「……まっ、また頑張るさ!」
そう言った直希は、爽太に短く手を振り、教室へと戻っていった。
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