第132話 諦めない心


 時刻はまもなく、午後六時になろうとしていた。

 日没が早まるこの季節の空はもう真っ暗で、キラキラとした星々も見える。


「じゃーなー、また明日ー!」

「気ぃつけてかえれよー!」

 自転車通学のバレー部のチームメイト達が、徒歩通学の風麻と爽太に手を振りながら道路を走る。


 二人も同じように手を振ると、自宅に向かって並んで歩きだした。


 すると前方に、見慣れた後ろ姿の女子生徒が二人、楽し気に会話をしながら歩いている姿を発見する。


「おっ、相楽と青木だ!おーいっ!」

 風麻が大きめの声で呼びかけると、数メートル先にいた奏音と立花りっかは、彼の声に気付いて、くるりと振り返った。


「お~っ!」

 奏音は手を振り、小走りでやってくる風麻と爽太を待ってくれた。


「坂下と日下王子だ~、お疲れ~!」

 立花が変な呼び方をすると、爽太は困り顔になりながら「あの、その呼び方……」と、彼女にやめて欲しそうに言った。


「えっ、嫌なの?」

「うん……。王子じゃないし、反応に困っちゃうから……」

 爽太が参った様子で伝えると、「あははっ、ごめんごめん!」と、立花は詫びながら、爽太の肩をバシバシと叩いた。


「最近、周りがみんな日下のことそう呼ぶから、なんかうつっちゃった。ちょうど今も、奏音と日下のこと話してたんだ!日下、また告られたんでしょ?」

 爽太が「あー……」と言いながら、ゆっくりと奏音を見ると、奏音は平手を横に振り、「それは私が言ったんじゃないよっ!!」と、慌てて否定した。


「女子の噂なんて、あっという間に広まるからね。まぁ、告ったのがうちのクラスの子だったから、知ってるだけなんだけどさ!」

 立花から説明されると、「なんだ、そういうことか」と、爽太は納得し、奏音は疑いが晴れたことにホッとしていた。


「好いてくれる気持ちはありがたいけど、騒がれるのは好きじゃないから……」

 そう言って、爽太は眉を八の字にし、弱く笑った。


「爽太、小学生の頃からモテたんだろ?」

「え、そうなの!?その話もっと聞きたい!誰が言ってた?」

「直希が」

「あ……」

 話に食い付いた立花だったが、風麻が答えた途端、急に大人しくなる。


「あ、あぁ~……なお……三橋みつはしね」

「ん?……青木って、直希のこと苗字呼びだったっけ?」

 立花が直希の名前を言い直すと、以前までの二人の呼び方を知る風麻は、疑問に思い、首を傾げた。


「う……っ」

 奏音と爽太にも顔を覗き込まれた立花は、下の方でツインテールに結んでいる髪をギュッと握りしめ、苦い顔になった。


「……だってさ、恥ずかしいじゃん。それに、もう小学生じゃないんだから、いつまでも親し気な呼び方してると、変な噂立てられちゃう」

「変な……うぎゃっ!?」

 ガバッと、突然後ろから誰かに抱きつかれた風麻は、間抜けな悲鳴をあげて、飛び跳がりそうになる。


「――っく、ぶっはははっ!!ちょ~びびってやんの!!」

 振り返ると、それはちょうど今、話題になっていた直希本人だった。


「ばっかやろ!!びっくりしただろ!!」

 風麻が胸を押さえて、裏返った声で怒ると、直希は「あっははは」と笑いながら、「悪い悪い」と言った。


「直希も部活帰り?」

 爽太が聞くと、「おう!」と直希が返事をした。


「相楽の妹と立花も一緒に帰るのか?」

 直希が、ツンツン頭の後ろに両手をやりながら、ニカニカと明るい笑顔で話しかける――が、話しかけられた途端、立花はむすっと不機嫌な表情になり、唇を尖らせた。


「ちょっとぉ……」

「ん?どした?」

「もう中学生なんだから、私のこと下の名前で呼ばないでよ!」

「なんで?」

 立花の言葉に、直希は不思議そうに首を横に曲げる。


「変に仲良いとこを見せると、勘違いしてからかってくるやつがいるでしょ。そういうの相手にするの、めんどくさいし……」

「めんどくさいって?」

「んも~っ!!……だからぁ!付き合ってるとか付き合ってないとか、好きだとか好きじゃないとかのハナシ!!」

 苛立つ立花は、声を荒げて直希に説明した。


 すると、直希は何かを考えるように夜空を見上げて、「ん~……」と小さく唸る。


「……じゃ、付き合おうよ俺達」

「はっ!?」

「はぁっ!?」

 突然の直希の言葉に、立花だけでなく、その場にいた風麻と奏音も驚きの声をあげた。


「な、ななんでそうなる~~っ!?」

 立花は激しく動揺し、直希に問うが、直希は至って冷静な様子だ。


「だって俺、お前のことは小学校の時から好きだし、いずれ告るつもりだったし、誤解とかそういうの嫌なら、本当に付き合おうかなって思って!」

 顔を真っ赤にして戸惑う立花などお構いなしに、直希はスラスラと自分の想いを述べた。


「これなら問題無いだろ!俺と付き合ってよ!!」

「~~~~っ!!」

 直希は、ニカッと笑いながら立花に手を差し伸べたが、立花はその手を取らず、スポーツバッグの肩ベルトを強く握りしめ、その場から走り去ってしまった。


「――あ、立花待って……!私、立花と帰るから、じゃあね!」

 奏音もそう言って、立花を追いかけて走っていった。


「…………」

 行き場のない直希の手が、虚しく宙に浮いたままになっている。

 爽太はその手を無言のまま、そっと下ろしてやった。


「……フラれたか」

 直希はポカンとした表情で言った。


「そりゃフラれるだろ!!なんだぁ、今の告白!?」

「なんだって……俺の気持ちをそのまま伝えただけだけど?」

 ツッコミどころしかない告白の仕方に、風麻が鋭く指摘するが、直希は彼がどうして驚いているのか、わからないようだ。


「……今のはお前が悪い。……青木が不憫だ」

「……そうか?」

「まあ……女の子は繊細だからね」

 恋愛にうとい爽太ですら、今のはナシだと思っているらしい。


「うーん……そっか、そりゃ立花に悪かったな……」

 直希は浅いため息をついて、少し反省しているようだった。

 ――が、反省タイムはほんの一瞬で、すぐに上を向いて拳を夜空に突き出し、「よーしっ!!」と大きな声で叫んだ。


「明日、もっかい告白してみよう!!」

「は?」

 風麻が聞き直すと、「立花にもう一度チャレンジするんだよ!」と、直希は元気よくリベンジ宣言をした。


「ちょっちょちょっ……!お前、今フラれたばっかだろ!?」

「それがどうした?」

「どうしたって……」

「フラれたらもう告白しちゃいけないなんて法律無いぞ?」

 あんぐりと口を開いたまま呆然とする風麻だが、直希はそんな彼と爽太の顔を見ると、「ニシシッ」と歯を見せて笑う。


「さ、俺らも帰ろうぜ〜!」

「…………」

 ふんふんと、鼻歌を歌いながら前を歩く直希を見て、風麻は信じられないという顔を。

 爽太は、「やっぱり、直希はすごいな!」という顔で感心していた。


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