第129話 たまごとたまご


 ――土曜日。

 爽太のためにたまごサンドを作ることになった亜梨明は、妹の奏音、緑依風、星華と共に、材料を購入するため、朝九時半に町内のスーパーマーケットにやって来た。


「たまご~たくさんある~!!」

 白いたまご、茶色いたまご、柄の入った小さなたまごが、専用の棚の上にきれいに並べられている。

 亜梨明はそれをまじまじと見ながら、「これってどう違うんだろう?」と、首を傾げている。


「えっと……今日はこっちの方が安いから、この白いたまごにしようかな?」

 緑依風が値段を見比べて、【おひとり様2パックまで!!】と書かれた黄色いラベルのたまごを手に取った。


「ねぇねぇ、緑依風ちゃん!このちっちゃいの可愛いよ!」

「……えっと、それはうずらたまごだから……たまごサンドを作るのにはたくさん量が必要になっちゃうなぁ~……」

 緑依風は、亜梨明の手の中にあるうずらたまごの入ったパックを見て、苦笑いしながら言った。


「緑依風って、食材の買い物も手馴れてる感じだね?よくするの?」

 奏音に聞かれると、緑依風は「うん、割とね」と答えた。


「お母さんの代わりにご飯作るのに足りない食材とか、今日はこれが食べたいって時とかによく来るよ」

「へぇ~……」

「――ところで、亜梨明ちゃん。たまごサンドって、ゆで卵潰したやつでいいのかな?」

 感心する奏音の隣で、どのたまごがひよこになるたまごかと考えてる亜梨明に、緑依風が聞いた。


「えっ?ゆで卵潰したやつ以外のたまごサンドってあるの?」

 いわゆるたまごサラダ状になったものしか知らなかった亜梨明は、キョトンとしている。


「ゆで卵をスライスして挟むやつとか、厚焼きたまごとか、スクランブルエッグにしたやつとか色々あるよ。日下はどれが好きなのかわからないけど……」

「そ、そんなにあるなんて……。爽ちゃん、どれが好きなんだろう……」

「日下に連絡して聞けば?」

 星華が言うと、亜梨明は「サプライズにしたくて~……」と、それを拒んだ。


「じゃあ、せっかくだから、いろんなたまごサンド作っちゃおうか!」

 緑依風はそう言って、たまごをもうひとパック買い物カゴの中に入れた。


 四人は他にも、サンドウィッチ用のパン、ハム、チーズ、野菜類などもカゴの中に入れると、会計を済ませて松山家へと向かった。


 *


 松山家にある、北斗が新しいお菓子の研究に使う調理室に集まると、それぞれエプロンを着け、邪魔にならぬよう髪はヘアゴムで結ぶ。


 亜梨明と緑依風、奏音は後ろで一本に結び、星華は元々三つ編みにしていたので、そのままだ。


「あ、緑依風それ使ってくれてるんだ!」

 奏音は、自分が緑依風の誕生日にプレゼントしたエプロンを見て、嬉しそうに言った。


「うん、よく使ってるよ!――あ、みんな手はちゃんと洗ってね!それから、この調理室のコンロは業務用で、普通の家のより火力強いから気を付けて!」

 先に手を洗い終えている緑依風は、調理器材を準備しながら三人に説明した。


 全員手を洗い終えると、それぞれ役割分担も決めて、作業に取り掛かる。


 奏音は野菜を洗って切る係で、星華は厚焼き卵焼きを作る係だ。

 そして、亜梨明は緑依風と一緒にゆで卵を作る鍋に水を入れて、お湯を沸かす。


 ゆで卵は時間がかかるので、その間に亜梨明は、緑依風と手分けして、サンドウィッチ用のパンにマーガリンを薄く塗りながら、星華が卵焼きを作る様子を眺めていた。


 ジューッと、四角いフライパンの上で音が立つと、星華は慣れた手つきで卵焼きをくるくる巻いていく。


「すご~い!どんどん分厚くなってる!!」

「へっへ~ん!卵焼きだけは得意だよ!しょっちゅうママに作ってるんだから!!」

 星華が少し自慢げな口調で言って、ニッと歯を見せた。


「星華ちゃんのママって、卵焼きが好きなの?」

「う~んと、好きっていうか……ホラ、うちのママって医者だし、当直で夜勤もあるでしょ?夜勤明けのママって、栄養ドリンクとカフェオレだけで朝ご飯済ませて、家に帰ったらそのまま寝るって感じでさ~。だからそういう日は、私が自分の朝ご飯ついでにおにぎりと卵焼き作って、テーブルの上に置いておくの。ちょっとでも、ちゃんとしたもの食べてほしいし、疲れたママに何かしてあげたいじゃん?……まっ、味噌汁はよくわかんないから、それだけはインスタント置いておくんだけどね!」

 星華は説明し終えると、「よ~っし、できた!!」と言って、皿の上に完成した卵焼きを乗せた。


「もう一個は、亜梨明ちゃん作ってみる?」

 緑依風が聞くと、「上手くできるかな……?」と、亜梨明はちょっぴり自信なさげな顔をする。


「フライ返しでやれば簡単だよ!」

 星華がフライ返しを差し出すと、それなら出来そうだと思ったのか、亜梨明は「やってみる!」と意気込みを見せ、挑戦することを決めた。


「わ、わ!自分でやってみると音びっくりしちゃうっ!」

「大丈夫だよ、ふつふつしたら、手前にひっくり返しながら巻いてね」

 卵焼き初挑戦の亜梨明の手つきは、少々危なっかしく、そばで教える緑依風も、野菜のカットをしていた奏音も、ハラハラした顔になっているが、怪我も火傷もなく、無事完成させることができた。


 亜梨明の卵焼きは、星華と比べて少々破けてしまったところがあるものの、包丁で切ってみると、中はとても綺麗な黄色で、美味しそうだった。


「わぁ、どうかな?味見したいなぁ~!」

 亜梨明は、予想よりも上手くできたことが嬉しいのか、スマホでパシャパシャと写真を撮りながら、緑依風に味見をおねだりする。


「あはは、あとで端っこだけ切ってしてみようか。それより、今度はスクランブルエッグを作らなきゃ!フライパンのバターが溶けたら、これを流し入れてお箸でグルグルかき混ぜるだけだよ」

 緑依風はそう言って、溶き卵に牛乳と塩コショウを入れて混ぜたものを亜梨明に渡した。


「これはとっても簡単だね!」

 出来上がったスクランブルエッグをお皿に移しながら、亜梨明が言った。


「でしょ?私、初めて作った料理は、スクランブルエッグだったんだ〜!」

 緑依風は懐かしそうに言うと、他の具材作りの作業に移る。


「初めてっていくつぐらい?」

 野菜を切り終えた奏音が聞くと、「ん~……多分、三歳くらいかな?」と、緑依風は答えた。


「さんさいっ!?緑依風ちゃん、そんなにちっちゃい時からお料理してたのっ!?」

「あ、でも本格的に料理始めたのは小学生からだよ。基礎は海生が教えてくれたんだ!」

「あれっ?お母さんじゃないの?」

 意外な人物の名前が出てきたので、初耳の亜梨明と奏音は不思議に思った。


「うちも星華んちと一緒で共働きでしょ?だから、小さい時は土日になると、海生の家で妹と一緒に預かってもらうことが多くて。その時に、海生が覚えたての料理をお昼ご飯に作りながら、私にも教えてくれたんだよね~」

「海生先輩って、本当にハイスペックだよね〜!美人に生まれただけじゃなく、なんでもできちゃうなんて……。あぁ~んっ、羨ましい〜っ!!」

 星華は悔しそうな顔になりながら、使用済みの器材を洗っていく。


「そうでもないよ〜?あの子勉強は苦手だから、いつも海斗先輩に教わってるみたい。この間の中間テストも赤点ギリギリだったらしいし」

「あ、そこは従姉妹でも似てないんだ……」

 入学当初、海生の見た目と中身のギャップに驚かされた奏音は、先輩の新たなエピソードにまたイメージが覆されたようだ。


 *


 全ての具材が揃うと、緑依風が三人に味付けや、挟む具材の組み合わせを教えながら、綺麗な挟み方も実演して見せた。


 厚焼きたまごのサンドウィッチには、緑依風が合間に作ったマッシュポテトを軽く乗せ、ケチャップで味を付けて挟んだ。


 スクランブルエッグには、マヨネーズとトマトとハムを挟み、薄く切ったゆで卵には、スライスチーズとレタスを。


 潰したゆで卵を、マヨネーズと塩胡椒で味付けして、たまごサラダにしたものは、そのままシンプルにそれのみで挟んだ。


 挟んで、しばらく寝かせたサンドウィッチを緑依風が半分に切っていくと、綺麗な断面の、色とりどりなサンドウィッチが完成した。


「すごーい!」

 お皿に盛りつけられたたまごサンドを見て、亜梨明ははしゃぐようにパチパチと拍手した。


「爽ちゃん……食べてくれるかな?」

 亜梨明は、自分一人で味付けしたたまごサラダのサンドウィッチを、不安そうに見つめた。


「さっき味見した時美味しかったよ。ラッピングは後にして、みんなで試食会しよう!」

 緑依風はそう言って、自分達用にとっておいたたまごサラダのサンドウィッチを手に取って食べた。


「……うん、うん、美味しいよ!大丈夫!」

 緑依風がOKサインを作って言うと、亜梨明は安心して笑顔になった。


「私達も食べよー!」

「うん、いただきまーす!!」

 星華の掛け声で、亜梨明と奏音もサンドウィッチに手を伸ばした。


「わぁ~っ、美味しいっ!」

「ねっ、これ私らで作ったんだよね?すごいじゃん!!」

 初めて食べる厚焼きたまごのサンドウィッチや、スライスされたゆで卵のサンドウィッチに、亜梨明と奏音は、驚きと感動で目をカッと開きながら、何度も「美味しい」という言葉を繰り返していた。


 *


 試食用のサンドウィッチは、あっという間にお皿から消え去り、亜梨明は緑依風と一緒に二つ分用意しておいた、紙でできたランチボックスに、見栄え良くサンドウィッチを詰め始めた。


 一つは爽太に、もう一つは風麻にだ。


「坂下くん、すっごく食べたそうにしてたから、きっと喜ぶね!」

「うん……!」

 緑依風は箱を見つめ、少し照れくさそうに微笑む。


「お~お~、いいねぇ~!手料理をあげたいっていう相手がいるのはさ~!ねっ、奏音?」

 未だに好きな人すら見つからない星華は、皮肉っぽく言いながら、洗い終えた食器を拭く奏音に振った。


「私は、まだまだそういうのはいらないの!あんたらと遊んでる方が楽しいもん!」

「ちぇ~っ、つまんないの~!」

「まぁまぁ、好きな人ができる時期なんて、人それぞれ……――って、大変!!もうすぐ十二時半だ!」

 緑依風が壁にある掛け時計を見て、慌てるように声を上げた。


「わ、早く持って行かないと、爽ちゃんお昼食べちゃうよね!」

「片付けはあと私と星華やるから、亜梨明ちゃんと奏音は日下に早く届けてあげて!」

「うん、ありがとう!」

 中途半端になってしまった片付けを任せることを申し訳なく思いつつ、亜梨明はサンドウィッチが入った箱を紙袋に詰め、荷物をまとめる。


「亜梨明ちゃん、頑張ってね!それから、日下んちの前着いたらマスクはしっかり着けて!」

 星華がマスクを着ける仕草をすると、亜梨明は素直にこくっと頷いた。


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