第10章 紅の季節~金色の決意~
第119話 メモ用紙の中身
ガヤガヤと話し声で賑わう、昼休みの一年一組の教室。
その教室の後ろの方に固まって、お弁当を食べている緑依風、亜梨明、奏音、星華は、先程教室を出て行った、ある人物が戻ってくるのを待っている。
「あ、帰ってきた!」
「はっ!」
星華の一声で、机に伏しながら「う~」や「あぁ~」などと唸っていた亜梨明が、勢いよく頭を上げて、教室のドアの方を向いた。
「日下、どうだった!?」
所用により、昼食を終えてすぐ教室を出て行った爽太に、星華がずいっと近付いて、問い詰めると、爽太は「えっと……」と、首の横を押さえながら、困り顔になる。
「空上さんの、言う通りでした……」
「やっぱり!!……で、断った?」
「……うん」
爽太が頷くと、星華は「よぉし!」とガッツポーズをした。
亜梨明もホッと息を吐きながら、こっそり安心している。
*
それは、昼休みに入ってすぐだった。
四組の委員長を務める女子生徒が、購買でパンを買う風麻に付き添っていた爽太に声を掛け、「ご飯食べたら用があるから、四階の会議する部屋に来て」と、呼び出したのだった。
突然の呼び出しに困惑する爽太に、少し勝気な性格の女子生徒は、「大事な用だから、一人で来てよね!」と、爽太の返事も待たずに去ってしまったという。
それを聞いた星華は、「それ絶対告る気だよ!行っちゃダメ!」と止めたが、爽太は「そんなの、聞いてみないとわからないじゃないか」と、急いで食事を済ませて、呼び出された場所へと向かったのだ。
「……まっ、確かに万が一、告白以外の用だったら、無視すんのは問題だよな」
爽太が戻ってきたのを見て、風麻もそばへとやってきた。
「いやいや、告るのわかっててもそこは放っておかないでしょ。向こうは向こうで一大決心だからね」
奏音は、例え目的がわかっていたとしても、話はちゃんと聞くべきだと思っているようだが、爽太に好意を持つ亜梨明は、妹の意見が不満らしく、「それは、そうだけど……」と、籠ったような声で言い、肩をすくめた。
「しっかし、二学期に入って何回目?文化祭前でしょ、それから文化祭当日の後夜祭。……で、今日!三回目だよ!?さすが、日下王子はモテますね~!」
「王子って……」
星華がまるで嫌味のように言うので、爽太は当惑する。
「王子様じゃん!困った人をササっと助けて、顔にもスタイルにも恵まれてさ!坂下にもちょっと分けてやんなよ!」
「オイ、サラッと俺をディスってんじゃねーよ……」
流れるように悪口を言われた風麻は、星華の肩を裏手で叩く。
「う~ん……でも、あんまりその呼び方されたくないな。それに、好きだって言ってくれる子の殆どが、名前くらいしか知らない子ばかりだし、正直困ってるよ……」
「うわっ、全国のモテない男子を敵に回したよ!ね、坂下!」
「うるせー!!」
まるでコントのようなやり取りを繰り広げる、星華と風麻。
緑依風は、その様子を黙ったまま、彼を注意深く観察していた。
*
「(結局誰なんだろう……風麻の好きな人)」
廊下を箒で掃きながら、緑依風は先日の風麻の反応を思い出していた。
ケーキを持って行ったあの日以来、ずっとその事が気になっている。
風麻は「いない」と言ったが、あれはどうみても、「いる」反応だった。
もっとしつこく問いただせば、本当のことも、好きな人のことも知ることができたかもしれない。
しかし、もし本当に好きな人がいたとして、その人物を知って、自分がその事実を受け止められるかなんて、できる気がしない。
「(知りたくないのに、知りたい……でも、知りたくない……)」
緑依風の視界の先では、風麻が教室の中で、男友達と雑巾の早掛けを競っていたが、本気を出し過ぎてしまい、途中で前のめりにズッコケ、ビリになっている。
「あははっ!坂下ってホント、『元気な子供』のお手本って感じだよね~!」
緑依風の斜め後ろにいる奏音が言った。
「ガキっていうんだよ、あれは」
ちりとりを手にした星華は、小馬鹿にするような発言をするが、亜梨明は「でも、坂下くんのああいうとこが、いつも楽しくて面白いよね!」と、褒めたたえた。
「“面白い”ねぇ~……。緑依風には悪いけど、坂下ってどうしても恋愛対象として見れないなぁ~。友達としてならいいヤツだけど、付き合うって考えると、やっぱり頼りがいのあって、紳士な子がモテると思うし。おまけにいつも一緒にいるのが、全部を兼ね備えた日下だもんね~!」
「…………」
「せ、星華ちゃん……いくらなんでも、緑依風ちゃんの前で坂下くんを悪く言い過ぎじゃ……」
緑依風がだんまりなので、亜梨明が気まずそうにする。
「えっ、あ……ごめん!そういうつもりじゃなくて~……。モテモテ日下と違って、坂下はそういった心配がないから、緑依風は安全だよね~って意味で……!」
「星華ちゃん、それじゃあ私は安全じゃないってことぉ~!?」
取り繕うはずが、今度は亜梨明がショックを受けるように星華に詰め寄るので、星華は「わぁぁ~!そういう意味でもなく~!」と、ワタワタしている。
「まぁまぁ、好きな人の好みなんて、人それぞれじゃない。うちらにはわからない坂下の良さを知ってるからこそ、緑依風はあいつが好きなんでしょ?」
「……うん」
緑依風は静かに頷くと、教室の掃除担当の人達は、もう机を元の場所に戻し始めている。
「さっ、私達も片付けよ!」
奏音が声掛けをすると、星華と亜梨明は、掃除用具入れに箒やちりとりを戻しに行き、奏音はゴミ袋をゴミ捨て場に運びに行った。
緑依風は、雑巾と汚れたバケツの水を捨てに、水道へと向かう。
「……モテなくていい」
流し台に水を捨てながら、緑依風がぼそりと言った。
ライバルができては困る。
そうでなくとも、風麻には今、好きな相手がいるかもしれないのだから。
「(風麻がモテちゃってライバルなんてできたら、私は……勝ち目なんてないよ)」
自分に自信が持てない緑依風は、まだ見ぬ風麻の想い人に対し、すでに負けたような気持ちでいる。
緑依風が悶々とした気持ちを抱えたまま、雑巾を手洗いしていると、「緑依風ちゃん!」と、背後から声を掛けられた。
「あ、
緑依風に声を掛けたのは、三組の女子生徒で、小学校時代の元クラスメイトだった。
「緑依風ちゃん、これ……」
そう言って滝は、折り畳まれたメモ用紙を緑依風に渡した。
「これは?」
緑依風は濡れた手をハンカチで拭き、メモを受け取る。
「あのね、うちのクラスの男子が緑依風ちゃんに渡して欲しいって!……ふふっ!」
滝はなんだか楽しそうに吹き出し笑いをすると、「今度結果教えてね!」と言って、さっさと教室に戻って行った。
「え……?」
スキップしそうな足取りの滝を、不思議に思いながら緑依風が白いメモを開くと、そこには少し武骨な書体で、何かが書かれている。
◇◇◇
松山さんへ。
松山さんに話したいことがあります。
明日の放課後、中庭の池の前に来てください。
大谷
◇◇◇
「えぇっ⁉」
思わず大きな声を上げてしまい、緑依風はパッと口を押える。
「こ、これって……!」
緑依風は、何事かと不思議そうに自分を見る、通行人の視線を恥ずかしく思いながら、今度は小声で呟き、もう一度文章を読み直して、内容を確認する。
このシチュエーションは、覚えがあった。
古い恋愛漫画、再放送のドラマ。
ありきたりでも、ワクワクドキドキしたもの――。
「こ、こくはく……の、よび、だし……?」
戸惑う緑依風は、しばらくそのメモ用紙を握ったまま、呆然と佇んでいた。
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