第116話 バースデーケーキ
二学期の中間テストが、一週間後に迫っている。
緑依風は、カレンダーに記入した中間テスト初日の日と、二十五日の日付を交互に見た。
「はぁ~ぁ……。まさか被っちゃうなんて……」
十月二十五日は風麻の誕生日だった。
緑依風は二年前から、風麻の誕生日になると、彼の好きなフルーツや味付けの小さなバースデーケーキを手作りして、購入した品物と一緒にプレゼントしていた。
ところが、テスト初日は二十三日で、風麻の誕生日はテスト最終日にぶつかった。
学生の本分は勉強なので、テスト優先が当たり前なのだが、想い人の大切な日に、彼の好物をプレゼントできないのはとても辛い。
「ん〜……最終日は一教科だけだし、前日の夜に……。でもなぁ……」
緑依風は独り言を言いながら、カレンダーとにらめっこを続けていた。
*
次の日――。
「あーあ……」
爽やかな朝の日差しとは正反対の、どんより顔の風麻が、気怠そうな歩き方をして、独り言を言う。
「ツイてないぜ……。誕生日と数学のテストが被るなんてよ……」
最終日のテスト科目は、彼が最も苦手とする数学だった。
小学校時代から、数字に対して苦手意識の強かった風麻。
二学期に入ってから、更に授業についていくことが難しくなったようで、このままでは赤点の可能性もあると言うのだ。
「解らないところあったら教えるから、いつでも聞いてよ」
緑依風が協力したい思いで言うと、風麻は「あ~……」と目線だけ上を向いて、延びた声を出す。
「数学は、爽太に聞くからいいや」
風麻が手をパタパタと振りながら断ると、緑依風はがっかりした気持ちで「そう……」と、力無く返事をした。
「あ、そだ!」
一歩前を歩いていた風麻が振り返った。
「今年は、お前からの誕生日ケーキいらねぇからな!」
「え?」
緑依風は立ち止まり、聞き返す。
「誕生日はテストに被るし、緑依風だって忙しいだろ?お前のケーキは普段からもらってるし、今年はいらないから、作らなくていいぞ!」
“いらない”という言葉が、緑依風の胸を重く突き刺す――。
「そりゃ、誕生日当日は無理だけど……。でも、テスト終わった後に作るから、だいじょ――」
緑依風はケーキを作る意欲を示すが、風麻は軽い口調で「いいって」と断り続ける。
「どうせ、おじさんの店でケーキ買うって母さんが言ってたし、予約ももうしてあるんだってさ!だから、今年は自分のテスト勉強に集中してくれよ!俺のケーキ作るのに成績下がっちゃったら、またおばさんと気まずくなるだろ?」
「……うん」
悪気が無いとはわかっている。
むしろ、風麻は緑依風を気遣い、毎年楽しみにしていた緑依風のバースデーケーキを辞退したのだ。
「(わかってる……わかってるんだけど……!)」
風麻の「いらない」という声が、そこだけ何度も再生されて、苦しさに息が詰まりそうになる……。
そんな緑依風の気持ちを知らない風麻は、誕生日とテストのことを交互に考えながら、彼女の前を歩き続けた。
*
放課後。
いつものメンバーでお喋りをしていると、「あぁ、そうだ……」と、爽太が何かを思い出したように話題を変えた。
「二十五日、風麻の誕生日だよね?プレゼントどんなのがいい?」
爽太に聞かれた風麻は「かっこいいもの!」と、答えた。
「かっこいいものって?」
漠然としすぎた返答に、爽太が首を傾げる。
「赤とか黒とか、かっこいい色のヤツが欲しい!」
風麻が好きな色のアイテムを求めると、「ぷぷっ、赤ねぇ~!」と、星華が噴き出し笑いをした。
「坂下らしいっていうか、なんだかイタい男子の典型的な色って感じ~!」
「なんだとー!?」
星華が小馬鹿にするように言ったため、風麻が怒る。
「いいか、赤っていうのはな、ヒーローの色なんだよ!」
「そういうとこが、イタいんですー!」
星華は批判的だが、緑依風は風麻に似合う色だなと思っていた。
幼き頃、戦隊モノのごっこ遊びをする時の風麻は、いつも赤色のヒーロー役を真似たがり、そして緑依風がいじめられていた時にも、そのヒーローの如く、駆け付けて助けてくれた。
「私らでまだ十二歳なのは、星華と坂下だけかぁ……」
五月生まれの爽太、八月生まれの緑依風を順に見ながら、奏音が言った。
「あ、女子達も祝ってくれるなら、遠慮なくプレゼント受け付けてるからな!」
風麻は奏音にやんちゃな笑顔を向けて、サッと手を差し出す。
「うわ~ぁ……自分から催促するなんて、坂下欲張りー!!」
星華は呆れたように言うが、自分の誕生日の時に「十二月の私の誕生日にも、よろしくねっ!」と星華に言われたことをハッキリ覚えていた奏音は、「あんたが言うか……」と、ため息交じりにツッコミを入れた。
「赤と黒かぁ~……」
亜梨明が小さく呟き、口元に手を添えて考えると、「あ、別にそれじゃなきゃダメってわけじゃない!」と、風麻は慌てて訂正した。
「青でも緑でも何でもいいから、難しく考えないでくれ!」
「うん、わかった!坂下くんが喜んでくれるようなプレゼント選ぶから、楽しみにしてて!」
亜梨明が張り切ったような笑顔を向けると、風麻は照れるように俯き、ポリポリと指で頬を掻いた。
「風麻、どうかした?」
様子がおかしい風麻を心配し、爽太が顔を覗き込む。
「いや、そのっ――急にションベンしたくなってきた!あ、爽太も来いよ!一緒にトイレ行こうぜ!」
「えっ?えっ――??」
風麻に引っ張られた爽太は、困惑したままトイレへと連行された。
風麻と爽太が揃って教室を出ると、奏音は「男子が連れションかい……」と、男の子ではあまり見られない行動について、苦笑いしながら言った。
「……ところでさ、坂下の誕生日うちらも祝っていいの?」
星華が、緑依風に遠慮するように言った。
「うん、もちろんだよ。祝ってあげて。――あっ、でも……亜梨明ちゃんと奏音は、風麻に何ももらってなくて損じゃない?」
「あ……」
「んっと……」
緑依風が聞くと、亜梨明と奏音は顔を見合わせた後、少し申し訳なさそうに眉を下げた。
「あ~……。緑依風ごめん、坂下に内緒にして欲しいって言われてたんだけど、実は私達、坂下にプレゼントもらったんだよね……」
「えっ、そうなの……?」
奏音のカミングアウトに、緑依風は虚をつかれたような声で聞いた。
「なんで内緒?」
「みんなの前で、女子にプレゼントを渡すのが恥ずかしいって、言ってたよ」
「…………」
星華の質問に亜梨明はそう答えたが、緑依風はこれまで、風麻が自分以外の女子に贈り物をしたなど、聞いたことが無い。
「(ダメ……!嫉妬なんて、みっともないよ)」
心に湧き立つモヤモヤとした想いを打ち消すべく、緑依風は己に、そう言い聞かせた。
*
テスト週間により、全ての部活動が休みなので、この日は六人揃っての下校となった。
帰り道でも話題となっているのは、風麻の誕生日プレゼントだったが、悶々とした気持ちのままの緑依風は、五人の会話に入らず、歩くだけだった。
「そういえば緑依風、今年は坂下にどんなケーキ作るの?」
今朝の出来事を知らない星華は、くるんと振り返って緑依風に聞いた。
「ことしは――……」
「今年はいらねぇって言ったから無いぞ!」
緑依風が言い切る前に、風麻が先に答えた。
「えぇ~っ!!いつも緑依風のバースデーケーキ楽しみにしてたじゃん……!どうしたの?」
風麻が大の甘党で、毎年楽しみにしていることを知っている星華は、驚いた声を上げて、彼の額に手を当てた。
「熱はねぇよ……。テスト中だから大変だろって思って」
風麻は星華の手を払いのけ、理由を説明した。
「テスト終わった日の夜にでも、作ってもらえばいいじゃん!」
緑依風の気持ちを汲み、星華が説得しようとするが、風麻は「簡単に言うなよー」と、腕を組んだ。
「緑依風は成績上位をキープしとかないと、店の手伝いできなくなるんだろ?俺の誕生日ケーキ作ったせいで、おばさんに怒られたら緑依風に悪ぃし、テスト勉強が無くったって、おばさんの帰宅が遅い日の緑依風は、メシの用意も、妹達の世話もあるんだ。緑依風が作らなくても、ケーキは親が用意してくれるし、わざわざ大変な思いさせてまで強請るもんじゃない」
「それは、そうだけど……」
緑依風の家庭事情や、母親との約束事も知っている星華は、一気に勢いを無くし、風麻の言葉に何も返せなくなる。
「うんうん、そこまで人のことを考えられるようになった俺は、大人になった……!」
「自分で言っちゃうとこは子供だよ……」
自画自賛する風麻に奏音がツッコミを入れると、亜梨明と爽太は「あはは」と笑い、いたたまれなくなった風麻は、「うるせー!」と、顔を赤くした。
「……いいの、緑依風?本当は作りたかったんでしょ?」
「うん……。ああ言われちゃ、作ったら逆に困らせるかなって思うし……」
「でもさぁ~……」
もどかしそうに歯を噛みしめる星華だが、緑依風は弱く笑って「いいんだ……」と、星華の気持ちを宥めるように、彼女の背中に手を添えた。
「…………」
本当の気持ちを抑え込むのに必死な緑依風は、楽しそうに会話をする風麻の横顔を見ることしかできなかった。
*
帰宅した緑依風は、制服から普段着に着替え、机の上にあるスケッチブックを手に取った。
スケッチブックには、ケーキを作るときのデザイン画が描かれており、最後のページには、風麻のバースデーケーキの図案もある。
ひと月前から計画していた、彼のためだけのケーキ。
何度も考え直し、描き直し――。
決まってはまたやり直しを繰り返してきたため、夏に買い替えたばかりのスケッチブックのまっさらなページは、もう残り少ない。
緑依風は完成したケーキのデザインを見て、「はぁ……」と、深いため息をついた。
「これなら喜んでもらえるって、自信あったのにな……」
去年より美味しいケーキを作ってあげたかった。
「うまそう!」「うまい!」と、無邪気な笑顔でケーキを頬張り、喜ぶ風麻が見たかった。
臆病で、素直に気持ちを言葉にできない分、「ありがとう」と「大好き」という想いを込めて、手渡したかった……。
「でも、“いらない”んだよね……」
緑依風はスケッチブックを静かに閉じて、棚にしまうと、鞄から教科書とノートを取り出し、机の上に広げた。
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