第112話 おひさまの家で(後編)


 亜梨明の髪を乾かし終える頃。

 毛づくろいを終えて遊びまわっていたフィーネとロンドも眠くなったようで、目をショボショボさせている。


 爽太は晴太郎と共に、亜梨明のために客人用の毛布や布団を取りに行った。

 唯はドライヤーのスイッチを切ると、亜梨明の乾いた髪の毛をブラシで優しく整えている。


「ごめんね、亜梨明ちゃん。うちの息子鈍感で……」

「えっ?」

 亜梨明がポッと頬を赤くして振り向くと、唯は「あはは」と笑って「大丈夫よ、爽太には言わないわ!」とからかうような口調で言った。


「まだ、色恋ごとには疎い子だけど、おんなじ境遇の友達に会えて、爽太はすごく嬉しかったんだと思うわ。……おばさん達は、あの頃の爽太の苦しみを分かち合うことも、知ることもできないから、きっと爽太の中でも、亜梨明ちゃんの存在って、特別だと思うの」

 そう言った唯の声色は、少し寂しげだったが、亜梨明がじっと唯の顔を見ていると、クスっと声を漏らして笑った。


「――だから、うちの子と仲良くしてあげてね」

「そんな、“してあげて”なんて……私が、爽ちゃんと仲良くしていたいです!」

「あっはは!」

 屈託のない笑顔で笑う唯は、亜梨明の髪にブラシを通すのを終えると、最後は両手でふんわりと髪を纏めた後、「ありがとね」と言った。


「お母さん、このお布団でいい?」

「うん、合ってるよ。――さ、亜梨明ちゃん、そろそろ寝ましょうか」

「はい……」

 亜梨明が返事する後ろでは、爽太と晴太郎が亜梨明の寝床を準備し始める。


「ソファーで申し訳ないけど、今晩はここで我慢してね」

「いえ、充分すぎます!爽ちゃんも、おじさんも……ありがとうございます」

 亜梨明が後ろを向いてお礼を言うと、二人は「どういたしまして」と言う代わりに、にっこりと口を曲げた。


「――ところで、そのパジャマ」

 ソファーの上にふわふわの敷物を広げた爽太が、亜梨明のパジャマを見た。


「もしかして、僕が昔着てたやつ?」

「えっ⁉」

 亜梨明がドキッとして、パジャマと爽太を交互に見る。


「そうよ。爽太急に背が伸びちゃって、ワンシーズンしか着てなかったからもったいないし、女の子が着ても可愛いから、ひなにおさがりとして使う予定だったの」

「――――っ!!」

 亜梨明が顔を真っ赤にして唯を見ると、唯は茶目っ気たっぷりにウィンクをして、「亜梨明ちゃんにも似合うわね!」と笑った。


「明け方は寒いかもだから、ヒーターは弱めにして点けっぱなしにしておくね。猫ちゃん達も一緒よ」

 唯は、亜梨明のそばに子猫が入ったバスケットを置くと、ヒーターの位置を調節しながら、「あ、そうそう!」と話を続けた。


「その猫ちゃん達なんだけどね、新しい飼い主が見つかるまで、うちで預かろうと思うの」

「本当ですか⁉」

 亜梨明が聞くと、「ええ」と唯は頷いた。


「爽太も子猫のことを随分心配してて……。――大雨に気付いた時、猫をうちに避難させたいって、私達を起こしにきたの」

「爽ちゃん……」

 亜梨明が爽太を見上げると、爽太は「本当は、明日の朝に連れてくるつもりだったんだ」と言った。


「――でも、目が覚めたら土砂降りで、このままじゃ危ないと思ったから、お父さんとお母さんに「今すぐ」って頼んだんだ。これでもう、子猫達が保健所に連れて行かれることはないよ」

「…………!!」

 フィーネとロンドが殺処分されなくて済む――。

 それだけで、亜梨明は大いに安心し、また目の奥が熱くなってしまう。


「ありがとう……!ありがとう爽ちゃんっ……!おじさんもおばさんも、本当に、ありがとうございますっ……!!」

 亜梨明は何度も頭を下げて、三人に感謝の気持ちを伝えた。


 *


 間接照明を一番小さいものへと落とし、爽太と晴太郎は亜梨明に挨拶を済ませ、唯より一足先に、それぞれ自分の部屋へと帰っていった。


「何か困ったことがあったら、いつでも起こしてね」

 唯はそう言って、最後まで亜梨明を気遣ってくれた。


「おやすみ」

「おやすみなさい……」

 唯に挨拶を交わした亜梨明は、用意してもらった自分の寝床に潜り、ソファーの近くに置かれたバスケットの中で眠る、子猫達の寝顔を見た。


「本当によかった……」

 これで殺処分を免れただけでなく、安全な居場所と、食事も用意してもらえる。

 なにより、優しい日下一家の人々の下で保護してもらえる。


「でも、これからだよね……」

 いくら爽太の家族が保護してくれるとはいえ、彼らはもう新しい家族を迎える予定がある。

 これに安心しきって里親探しを怠ってはダメなのだと、亜梨明は緩み切った気持ちを引き締めるべく、キュッと顔に力を入れる。


「ちゃんと、最後まで……私、頑張るね……!」

 亜梨明はそっと手を伸ばし、手前にいるフィーネの頭を優しく撫でた。

 すると、フィーネはパッと目を覚まし、立ち上がってぐぐーっと伸びをする。


「あ……起こしちゃった」

 亜梨明が申し訳ない気持ちでいると、フィーネは眠そうな顔のままバスケットから出て、亜梨明が寝ているソファーによじ登ってきた。


「あれ?」

 亜梨明の頭の横にやって来たフィーネは、くるくると二周ほど回った後、そのままそこで寝始めた。


 初めて出会った時は、亜梨明が抱き上げると顔も体も硬くして、警戒していたフィーネだが、今はとても信頼を寄せるように、亜梨明のすぐそばで穏やかな表情で眠っている。


「……私が、フィーネ達の家族になれたらいいのに」

 無理だとわかっていても、こんな風にされたらそう願いたくなる。

 亜梨明もゆっくり目を閉じると、そのまま深い眠りへと入っていった。


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