第109話 罪なき命(後編)
次の日の朝――。
亜梨明は公園にいる子猫にご飯をあげるため、いつもより少し早起きして、一人で公園に訪れていた。
亜梨明が子猫の巣箱となっているダンボールに近寄ると、子猫達は「ミャーミャー」と鳴きながら、亜梨明を見上げた。
「すぐあげるから待っててね~」
亜梨明が缶詰の蓋を開けて、飲み水も用意し始めると、子猫達は段ボールから出て、「早く早く」と急かすように鳴き続ける。
すると、白い子猫が亜梨明の足元にすり寄り、しっぽを絡ませる。
「白猫ちゃんは甘えん坊なんだね~!あっ……」
屈んで頭を撫でながら、亜梨明はふと思った。
「名前、どうしよう……」
白猫ちゃん、グレーちゃんでは、呼びづらい上に、なんだかつまらない。
「うーん……」と唸りながら、ご飯を食べる二匹の顔を見つめて、名前を考える亜梨明。
「よし、決めた!白い子はフィーネ!グレーの子はロンド!うん、いいかも!」
「な~に、大きな独り言言ってんの?」
ザッと足音を立てて後ろから声を掛けたのは、遅れてやって来た奏音だった。
「あ、奏音聞いて聞いて〜!今、名前つけたの!フィーネとロンドだよ!」
亜梨明は子猫達に手を指して紹介した。
「名前なんか付けたら、余計に飼いたくなるでしょ!ダメ!――……お母さんにも、猫は飼えないって言われたばっかりなのに……」
「わかってるよー……」
亜梨明は昨日、ダメ元で明日香に相談したが、答えはやっぱり奏音の予想通りで「NO」だった。
「動物っていうのはね、『可愛い』や『可哀相』だけで飼えないの」
おまけに厳しい一言も付け加えられ、亜梨明は悔しくて唇を噛みしめた。
「――でも、見つかるまではいいでしょ……。うちで飼えなくても、ここにいる間は、この子達の親代わりになってあげたいの……」
せめて、この公園にいる時だけでも――。
母猫と引き離され、飼い主に捨てられた小さな命を守りたい。
そう願う亜梨明の眼差しに、奏音は渋い表情をして黙っていた。
*
学校に到着すると、亜梨明は早速いろんな人に猫を飼わないか聞いて回った。
「子猫飼いませんか?すごく可愛いくていい子なんです!」
クラスメイトや他のクラスの生徒。
先生や通りすがりの先輩まで、一日でたくさんの人に聞いてみた。
しかし、結局飼い主候補は見つからず、放課後になるとすっかり落ち込んだ様子で途方に暮れていた。
「亜梨明ちゃんどうだった?」
緑依風が聞いた。
「見つからなかった……。どうしよう……」
「私、お店のお客さんとか……妹の友達にも貰い手がいないか聞いてみるよ」
緑依風が元気付けるように言うと、亜梨明は「ありがとう」とお礼を言った。
「僕も、妹の友達に猫欲しい人いないか聞いてもらうよ」
「うん、爽ちゃんもありがとう……」
「……じゃ、とりあえず公園に行こうか」
そう言った爽太は、少し古そうな傘を傘立てから持って来た。
「あれ、今日雨降るっけ?」
緑依風が聞くと、爽太は「これ?」と傘に視線を落とした。
「違う違う、雨が降った時の雨除けとして、巣箱に設置しようと思ってさ」
「そうだね。あの公園、雨を防げそうな所無いもんね」
緑依風の言う通り、子猫達のいる公園には屋根の付いたベンチなどが無い。
もし雨が降れば、子猫はずぶ濡れとなって風邪を引いてしまうだろう。
「飼うことは出来ないけど、飼い主が見つかるまで、僕も出来ることしてあげたいなって思って……」
「爽ちゃん……」
「だからみんなで、飼い主が見つかるまで頑張ろう!」
「うん!」
爽太の励ましを受けて、亜梨明は少し元気を取り戻した。
*
奏音は部活動があるため、今日は五人で公園に訪れた。
亜梨明と緑依風が子猫に食事を与えている間に、爽太と風麻が協力し合って子猫の巣箱に傘を設置し始める。
ガムテープで傘をダンボールの底に固定すると、安定感を出すために巣箱に少し大きい石を何個か置き、その上にタオルを敷いて、子猫達が寝心地悪くならないように工夫した。
「うーん、でもまだ硬そうだな……」
風麻がタオルを上から押さえながら悩んでいると、「私、ママからいらない布たくさんもらった!」と、星華がセカンドバッグからストールを取り出した。
「星華ちゃん、これ本当にいいの?」
「うん!整頓する暇なくてなかなか捨てられなかったから、使っていいってさ!」
星華が持って来た、すみれのいらなくなったストールも重ねて敷くと、先程とは打って変わって、ふかふかの子猫用ベッドが完成した。
「フィーネ達、気に入ってくれるかな?」
亜梨明がフィーネとロンドを巣箱に入れると、二匹はふみふみとストールを前足で揉み解し、クルンと丸くなって気持ちよさそうな顔で眠り始めた。
「みんな、協力してくれてありがとう!」
亜梨明は四人にお礼を言った。
「亜梨明ちゃんのためだけじゃないよ。私達がやりたかったんだもん」
緑依風が微笑みながら言うと、「俺らこういうことしか出来ないけど、何もしないよりかはな」と、風麻もニッと歯を見せた。
「そ~そっ!早く飼い主見つかるといいね!」
星華も明るい笑顔で勇気付ける。
「うん。私、また明日も他の子に聞いてみる!」
亜梨明はみんなの優しさに感動するように、両手を胸の前でキュッと握り締めた。
「じゃあ、今日は解散しようか。また明日ね!」
「私も帰ろー!バイバーイ!」
緑依風、風麻、星華は手を振り、一足先に家に帰っていった。
「僕達も帰ろう」
「うん、また明日来るね」
亜梨明は眠っている子猫達にそっと声をかけ、爽太と一緒に公園を後にした。
*
次の日も、亜梨明は子猫のために早起きをして、朝ご飯をあげてから登校し、放課後には、部活の無い友達と一緒に子猫のご飯を持って行った。
休み時間は、様々な人達に飼い主になってもらえないか尋ねまくった。
学校にいる人全てに断られると、もう一度飼ってもらえそうな人に再度頼んでみたが、やはりできないと告げられた。
*
金曜日の放課後――。
結局、この日も飼い主になってくれそうな人は見つからなかった。
公園に集まった六人は、元気よく遊ぶ子猫を横目に困った顔をしている。
「どうしよう……。もう、聞ける人いない……」
亜梨明が俯きながら言うと、五人も肩を落とす。
「……明日土曜で休みだし、店に集まって飼い主募集のポスターでも作ってみようか。うちの店と、海生の店に貼ってもらうように頼んでみるよ」
緑依風が提案すると、「ポスター作っても、見つからなかったらどうする?」と、風麻が言った。
「ここで飼い続けるわけには流石にいかないし……。でも、そうなると……」
そう言いかけて、奏音は口を閉ざした。
「そうなると……?」
亜梨明が問いかけると、「そのうち……保健所に連絡されるか、も……?」と、星華は言いづらそうな顔で言った。
星華の言葉を聞いた途端、亜梨明以外の五人の表情が、ますます硬く険しいものとなったが、何もわからない亜梨明は、キョトンとしている。
「“ほけんじょ”に連絡されたらどうなるの?」
亜梨明に聞かれた緑依風は、目を泳がせて、閉ざしていた口を開いた。
「えっと……。保健所では、一時的に子猫を預かってくれるんだけど……」
「預かってくれるの?それなら――!」
こんな野ざらしの場所よりも快適かもしれないと、一瞬喜ぶ亜梨明。
緑依風は、そんな亜梨明に事実を告げることを躊躇うように、口ごもりながら説明を続ける。
「でも、それはほんの少しの間だけで……。すぐに引き取り手が見つからなかったら、その……――」
口を半分開いたまま、緑依風はまた言葉を途切らせた。
一秒、二秒――。
誰もが僅かな時を長く感じたその時――。
「――殺処分されるんだ……」
爽太が、言葉を詰まらせる緑依風を見兼ねて、はっきりとした口調で言った。
「さっ、しょぶん……?」
緊張の走る空気の中、亜梨明が爽太の言葉を繰り返すようにこぼし、意味を考える。
「……殺されちゃう、って……こと?」
爽太は黙って頷いた。
「…………」
肯定されると、頭の中が真っ白になった亜梨明は、遊び疲れてダンボールで眠るフィーネとロンドを見た。
殺される?
今ここで、幸せそうに眠っているこの子達が……?
亜梨明はそのままゆっくりとした足取りで子猫に近付き、そっと手を伸ばした。
フィーネもロンドも、触れるととても温かく、健やかな呼吸をしている。
元気で健康で、死の匂いなど感じられない二匹が、殺される――。
「そんなっ……!」
何も知らないフィーネは、亜梨明の手に前足でしがみつき、ゴロゴロと喉を鳴らして喜び始めた。
「――――っ!」
その瞬間、悲しい話に耐えられなくなった亜梨明の目から涙が溢れた。
「なんで……なんでっ……!?この子達はっ、なんにも悪くないのにっ……!こんなに元気なのに……!なんで、殺されなきゃいけないの……っ!!」
「……………」
罪なき命が殺されてしまう理由を、爽太も緑依風も――風麻も奏音も、そして星華も誰も答えられなかった。
六人と二匹以外誰もいない公園に、亜梨明の小さくすすり泣く声だけが響いた。
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