第108話 罪なき命(前編)
公園から徒歩十分弱のコンビニまで歩く、亜梨明と風麻。
亜梨明は、お腹を空かせた子猫達に早くご飯を与えたくて、急ぎ足でアスファルトの道を歩いている。
「おい、あんまり急ぐと疲れねぇか?」
亜梨明の体力を心配した風麻に声を掛けられると、亜梨明は立ち止まり、「少しだけ……」と答えた。
子猫のことを考えすぎていた亜梨明だが、我に返った途端、軽い息切れを起こしていることに気付く。
「焦る気持ちはわかるけどさ、バテちゃったらエサ届けられねぇだろ」
「……うん。わかった」
風麻に指摘され、亜梨明がしゅんと俯くと、「別に怒ってるわけじゃねぇから……」と、風麻は後悔したように頭をポリポリと掻いた。
「俺達の任務は、子猫のご飯を無事に買って戻ること!……だろ?」
風麻がそう言うと、亜梨明は元気を取り戻したように顔を上げ、「そうだね!」と笑った。
*
コンビニに入ると、亜梨明はペット用品が置かれている列を探し、棚をじーっと眺めている。
「――あ!あった!子猫用の缶詰ご飯!」
亜梨明は缶詰を手に取り、ホッとした表情を浮かべた。
「早く戻って、食べさせてあげなきゃ」
亜梨明はそう言うと、レジに向かって会計をした。
会計を済ませると、風麻も何か買ったようで、隣のレジでお金を払っている。
「坂下くんは何を買ったの?」
「紙皿。エサ入れるものがなかったからな。中身取り出すための割り箸ももらった」
風麻はそう言って、少し底が深い紙皿の入ったビニール袋と割り箸を持ち上げた。
「そっか、私そこまで気が回らなかった。坂下くんありがとう!」
亜梨明がにっこりした笑顔でお礼を言うと、風麻は少し照れた様子で、「は、早く戻ろうぜっ!」と言った。
「あ、でも急ぎ過ぎないし、走らねぇぞ!」
「うん、わかってる!」
爽太に比べると不器用さが目立つ配慮。
それでも亜梨明は、自分のことを一生懸命考えてくれる風麻の心遣いが嬉しくて、「ふふっ」と、静かに息を漏らした。
*
亜梨明と風麻が公園に戻ると、六人はご飯をあげる準備を始めた。
子猫たちは本当に腹ペコだったらしく、お皿が目の前に置かれた途端、ものすごい勢いで食べ始めた。
「すごいね食欲。もう半分無くなっちゃったよ」
星華は膝を屈めて、子猫たちの食事を眺めている。
「お水も持ってきたよ」
奏音が余った紙皿に、公園の水道水を入れて持ってきた。
喉も渇いていたのか、グレーの子猫はすぐに水が入った紙皿に口を付けた。
「ふふっ、お水飲んでるだけなのに、それすら可愛いね!」
緑依風は、グレーの子猫が舌を使ってペロペロと水を飲む姿を、目を細めながら見つめている。
「お前、犬とか猫とか大きい動物苦手じゃなかったっけ?」
風麻に問われると、緑依風は「このくらいの大きさなら怖くないかも」と言った。
食事を済ませた子猫達は、その場に座り込んで毛づくろいを始めた。
しなやかな体を自由自在に曲げながら、顔や体を綺麗にしたかと思えば、白い子猫が自分の毛づくろいを中断し、グレーの子猫の耳の後ろを舐めて、お手入れを手伝っている。
その可愛らしくて、仲睦まじい様子にみんな癒されていたが、爽太の一言で、五人は一気に問題を突きつけられることになる――。
「――この子猫達……これからどうするの?」
しん……と、静まり返る公園の空気。
つい今し
「うちで飼おうよー!ね、奏音?」
沈黙を破った亜梨明が、白い子猫を抱き上げながら言った。
「私、お母さんにお願いしてみる!」
「ダメに決まってるでしょ!!」
「え……?」
奏音が腕を組みながら強めの口調で言うと、亜梨明はキョトンとした顔をした。
「猫って爪とぎとかするんだよ?うちピアノあるのに、ボロボロにされちゃうじゃん!」
奏音の言う通り、相楽家には父の真琴が長年大切にしている、大きなグランドピアノがある。
おまけに、まだ購入したばかりの新築の家を傷だらけにするようなことなど、両親はきっと反対するだろう。
「う〜……。でも――!」
「ダメなものはダーメ!!」
奏音は、口を尖らせながら訴える亜梨明から、ふいっと顔を逸らした。
「み……みんなのおうちは?」
「う、うちは無理だよ。マンションが小動物以外飼っちゃダメなとこだし……」
亜梨明と目が合った星華は、慌てて手でバツを作った。
「緑依風ちゃんちは?」
「うちも……親が飲食店で働いてるから、ペット禁止なんだよね」
「か……看板猫にするとか……」
亜梨明は、白い子猫の手を招き猫のように持ち上げて提案してみたが、緑依風は「ごめんね……」と申し訳なさそうに謝った。
「坂下くんのおうちは……?」
「悪いな……。うちの母さん、猫アレルギーなんだ」
「爽ちゃんちは?」
「犬飼う予定だから、うちも難しいかな……」
「…………」
亜梨明が肩を落として黙り込むと、他の五人も暗い表情で俯いた。
「……明日、学校で誰か欲しい人がいないか聞いてみよう」
「うん……」
奏音がそっと背中に手を添えて言うと、亜梨明は白い子猫をキュッと抱き締める。
服を伝って感じる子猫の体は、小さくともとても温かだった。
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