第8章 空を見上げるリコリス
第94話 二学期
九月二日。
今日から新学期が始まった。
幼馴染で家が隣同士の緑依風と風麻は、一学期と同様に、二人揃って登校していた。
「夏休み短けぇー!!」
夏城町の住宅街に、夏休みが終わってしまったことを嘆く風麻の声が響き渡る。
「毎年お盆過ぎると、急に夏の終わりが寂しくなるんだよねぇ~……」
風麻の隣を歩く緑依風は、ほんのり秋の香りがする空気を吸いこみ、少ししんみりした口調で言った。
「夏の終わりが寂しいんじゃなくて、長い休みが終わったのがなぁ~……。特に、最後の一週間は宿題終わるまで、部活以外の外出禁止だったし」
「それは、あんたの自業自得でしょ。しかも毎年同じことになってるし……」
風麻が夏休み最終日まで宿題を残すのは、もはや恒例行事だった。
「手伝わなかったら、絶対終わってなかったよ」
緑依風が、伊織に頼まれて風麻の宿題の面倒を見るのも、同じく毎年見る光景だ。
もっとも、緑依風はその頼まれごとを、内心喜びながら受けていたのだが。
*
緑依風達が学校に到着すると、真っ黒に日焼けした生徒の姿が多く見られ、また、教室に到着すると、終わりきっていない夏休みの宿題を、急いで片付ける生徒がチラホラと見えた。
「緑依風おはよ~!!」
残暑に負けないくらいの明るい声で、星華が挨拶をした。
「久しぶりー!星華焼けたね〜……」
別荘に行った時よりも、更に真っ黒になった星華。
まるで、ひと昔前に流行った、黒ギャルのようだ。
「夏休み中、桜とプールたくさん行ったからね。――向こうも今日、始業式だろうなぁ……」
少ししみじみとした様子で言いながら、手を頭に持って行く星華。
親友の香山桜は、八月の中旬に父親の実家へと引っ越してしまった。
口にはしなくとも、彼女の寂しい気持ちが緑依風と風麻に伝わる――。
「おはよう」
穏やかな声で挨拶をしてきたのは、日下爽太だった。
こちらは別荘に行った時よりも、肌が白く戻っており、あまり外出していないように見える。
「おはよう。日下はあんまり日焼けしてないね?どこも行かなかったの?」
緑依風が聞くと、爽太は「特には……」と答えてすぐ、「あ、でも水族館には行ったかな」と言った。
「家族みんなでね。イルカのショー見たり、少しだけ海にも足だけ浸かって遊んだな!」
「へぇ~、楽しそう!」
緑依風が言うと、「そういえば松山さん」と、爽太が何かを思い出したように話題を切り替えた。
「この間、夕方のニュース見たよ。松山さん、テレビに出てたよね!」
「えっ⁉」
「えぇっ!?」
緑依風がやばいといった顔になると同時に、星華が勢いよく緑依風に顔を振り向けた。
「インタビュー受けて、お店の宣伝してたでしょ」
「何それ、聞いてないんだけどー⁉」
「俺も聞いてないぞ!?」
木の葉の取材のことを友人に伏せていた緑依風は、真っ赤に染まった顔を押さえた。
「緑依風テレビに出たなら言ってよ〜!観たかった〜!」
「観なくていい〜!恥ずかしいし!」
「朝から何騒いでんの?」
星華が地団駄を踏んでいると、背後から奏音の声が聞こえた。
「おはよう!」
奏音の隣にいた亜梨明が、元気な笑顔で挨拶をした。
「あ、二人ともおはよう!ねっ、聞いてよ~!緑依風がテレビに出たんだってー!知ってた?」
星華が不機嫌な顔で二人に聞くと、「うん、観たよ」と奏音が答え、亜梨明も頷いた。
亜梨明と奏音もニュースを観たと知ると、星華はますます「観たかった〜!」と悔しがった。
――ガシャン。
緑依風が騒ぐ星華に呆れていると、教室の外で何やら大きな音が聞こえる――。
緑依風達が気になって教室の外を見ると、先生達が二組の教室に、新しい机と椅子を運んでいた。
「なんだろ?」
亜梨明が言った。
「もしかして転校生かな?」
奏音が言うと「転校生!!」と、星華が興味津々な様子で、二組の教室を覗きに行った。
「どんな子かな?男の子かなっ!?あぁ~……かっこいい子だったらいいなぁ〜!!」
「ざんねーん!女の子でした!」
星華が胸の前で手を組みながら、くるくる回っていると、椅子を運んでいた波多野先生が、星華の両肩に手を置いてストップさせた。
「なーんだ、女子か」
途端に冷めた顔になり、つまらなさそうにする星華。
「お前は新学期早々騒がしい子だねぇ……」
「ぴょん久しぶり~!二学期もよろしく~!」
まるで、友達に接するような素振りで片手をヒョイと上げて、挨拶をする星華に、波多野先生は「まったく」といった様子で、小さな笑みを作った。
「はいはい、チャイム鳴る前に教室に入ってな!」
そう言うと、波多野先生は星華の背中をパンっと軽く叩き、二組の前に集まった他の生徒も追い払った。
*
キーンコーンカーンコーン――。
夏城中学校の校舎に、チャイムの音が鳴り響く――。
二学期初日の今日は、朝礼の後すぐに体育館に移動し、そこで始業式を行った。
体育館から教室に戻った生徒達は、バケツに水を汲み、箒や雑巾を用意し、大掃除を始めた。
教室をピカピカにしたら、最後は各クラスの担任から、明日以降の予定について説明を受ける。
一組担任の波多野先生は、生徒達に予定表を配ると、一学期と同様の元気で張りのある声を上げながら、説明を始めた。
授業は早速、明日から始まること。
夏休みの宿題は、帰る前に教卓に提出すること。
全ての連絡事項を終えると、正午前には下校時間となった。
*
「ねぇねぇ!二組に転校生見に行こうよ!」
星華が緑依風達に声を掛けた。
「え〜……初日からいろんな子に見られたら、転校生も可哀想じゃん」
帰り支度をし終えた緑依風は、目をらんらんと輝かせる星華に言った。
「大丈夫~!遠くからチラッと見るだけだよ!ホラホラ、行こっ!」
「あっ、ちょっと――!」
星華は緑依風の手を掴み、教室の外へと引っ張っていった。
「あ~あ、緑依風巻き添え食らってる!――ね、亜梨明は見に行かないの……?」
「…………」
二人の様子を見て笑っていた奏音だが、振り返って見た亜梨明の顔色に、ハッと笑みを消した。
「――亜梨明?真っ青じゃない……気分悪いの?」
「……うん」
朝の様子から打って変わって、辛そうな表情の亜梨明。
どうやら、久しぶりの登校と、教室と違ってエアコンの無い体育館に長時間居たことで、体調を崩してしまったようだった。
「亜梨明……」
「相楽姉、大丈夫か……?」
二人の様子に気付いた爽太と風麻も、亜梨明のそばへとやってくる。
「教室に戻ってきた時は、ちょっと楽になったの。……でも、さっきからまた、だんだんしんどくなってきて……」
「どうしよう、今日お母さん用事で家にいないし。……私、部活休もうか?」
午後から女子バレー部の活動があるため、この後すぐに体育館に向かう予定だった奏音。
しかし、大切な片割れを一人で家に帰し、留守番させるのは心配だった。
「ごめんね奏音……。レギュラー入り狙うって、頑張ってたのに……!」
亜梨明が妹に負担をかけることを謝ると、「あのさ――」と、爽太が二人の会話に割って入った。
「僕が家まで送るから、相楽さん部活行きなよ」
「えっ?」
亜梨明と奏音が、同時に爽太を見上げた。
「男子は今日部活無いし。僕でよければ、おばさんが家に帰るまで付いて看てるよ」
「えぇっ!?」
一瞬、驚きのあまり体の不調が吹き飛んだ亜梨明。
「僕なら、亜梨明の具合が悪化したとしても対応できるし、相楽さんも部活行けるでしょ?」
「でも……」
「任せちゃえば?」
奏音が迷っていると、二組から戻ってきた星華が言った。
「日下だったら、亜梨明ちゃんが歩けなくなった時も、おぶって連れ帰れるよね?」
「え、おんぶはもういいよ!歩けるから!」
亜梨明が慌てて言うと、爽太は「ははっ」と笑った。
「まぁ、歩けるうちは歩いてもらうけど……でも、坂道もあるし。辛くなったらすぐ言ってね!」
「う、うん……お願いします」
青白い亜梨明の顔に、ほんのりと赤みが差す。
「――じゃあ、任せようかな。日下、亜梨明のことお願いします」
「うん、任せて!」
爽太は力強く頷き、亜梨明の分の鞄も持ち上げた。
「じゃ、私も科学部今日部活だから!亜梨明ちゃんお大事に~!」
「うん、ありがとう……」
亜梨明は、奏音にそっと体を支えてもらいながら、星華に小さく手を振った。
「じゃあ、私達は帰ろうか……」
「うん」
緑依風が、爽太と亜梨明、奏音が一列になって歩く後ろを付いて行こうとすると、風麻だけがその場から動かず、固い表情をしている。
「…………」
「風麻、みんな行っちゃうよ?帰ろう?」
立ち止まったまま、動かない風麻に緑依風が声を掛けると、風麻は「あぁ」と短い返事をして、緑依風の後ろを歩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます