第93話 おじいちゃんとおばあちゃんへ(後編)
「――はい、それでは九月から始まる期間限定スイーツを、今日は一足お先に、試食させてもらっちゃいまーす!!」
メイク直しを終えた女子アナウンサーは、テレビ局のスタッフに囲まれながら、大きくカットしたパンケーキを、パクリと頬張った。
「ん~~っ!?この、パンケーキすごいですっ!外は少しサクっとするのに、中はフワッと柔らかくて……!梨のコンポートもしっとりジューシーで~……!!」
試食をする女子アナは、カメラに向かってとてもいいリアクションを見せてくれる。
緑依風は、そのコメントを耳で聴きながら、ディレクターから即興で作られた台本を手渡され、それを読みながらドキドキした気持ちでいた。
撮影の流れは、女子アナの質問に答え、最後はお店の良い所を宣伝するというものだった。
「(上手くいくかわからないし、観てくれるかもわからないけど……!)」
放送日は、来週の夕方――ニュースの合間に、全国の美味しいスイーツ特集で行われるようだ。
もし、祖父母が番組を観てくれていなかったら、この緊張は無駄に終わり、緑依風にとって何の意味も無い物へとなる。
それでも、会ったことのない祖父と祖母に自分の姿を見てもらい、声を発信できるのは、これが最初で最後のチャンスかもしれないと思うと、もうやるしかない。
「――こちらのお店、スイーツも素晴らしいのですが、実はもう一つ、素敵なお話がありまーす!」
女子アナが新商品の試食を終え、打ち合わせ通りのセリフを述べると、「そろそろ出番だよ」と、ディレクターが緑依風に合図した。
「これまで木の葉は、シェフと奥様のご夫婦を中心に運営されていましたが、なんと今年の春からは、シェフのお嬢さんもお手伝いしているんです!今日は、お嬢さんにも取材に協力してもらえることになりました!――どうぞ、お越しください!」
緑依風が照れながらカメラの前に進む。
「シェフの松山さんのお嬢さん。緑依風ちゃんです!こんにちは〜!」
「こ、こんにちは……」
とびっきり明るい声でハキハキ喋る女子アナとは真逆の、掠れて震える声で挨拶をする緑依風。
女子アナは、そんな緑依風の様子を指摘することなく、緑依風の肩に手を添えたまま、カメラに向かって喋り続ける。
「緑依風ちゃんはなんと、まだ中学一年生らしいのですが、お店でお手伝いをしながら、お父さんのお仕事を見てお勉強しているそうです!やっぱり、将来の夢はパティシエさんですか?」
「はいっ……!!」
ひっくり返った声で返事をする緑依風は、ギュッと前にした手を握りながら、「落ち着け……」と、自分に言い聞かせる。
「い、いずれは……!店を継げたらいいなと、思って、ますっ!!」
「すごいですね〜!お店のスタッフさんにお話を伺った所、大人顔負けの対応をしてらっしゃるそうです!そもそも、シェフからお話を聞いたところ、このお店の名前も――……」
台本ではこの後、緑依風による、木の葉の宣伝が行われる予定だ。
上手く伝えなきゃと、何度も唾を飲み込み、静かに深く息を吸って吐く――。
「――では、最後に!緑依風ちゃんから、全国のお客さんにメッセージをどうぞ!」
アナウンサーの合図で、カメラが緑依風の顔をズームアップして撮影する。
ドクン、ドクンと、緑依風の鼓動が緊張で大きく高鳴る。
「あのっ……!うちのお店のお菓子はっ……!父の作るお菓子は、とても美味しくて、食べた人が笑顔になってくれます!父のお菓子を日本中……世界中の人に食べてもらいたいと思っております!ご来店っ、お待ちしておりますので、是非お越しください!」
頭の中では、もっと上手いセリフが浮かんでいたのに、実際喋ると単調な言葉しか出てこない。
「~~~~っ!」
緑依風は言葉を終えると、深く頭を下げて、カメラに向かってお辞儀をする。
伝えきれなかった想いは、行動によって真心を表した。
「――はい、カット!ありがとうございましたー!」
「…………!」
テレビ局のスタッフの声が聞こえると、緑依風はバッと顔を上げ、安心による脱力感で、その場にへなへなと座り込んだ。
「いや~、とっても可愛かったですよ!ねっ、ディレクター?」
「うんうん、一生懸命さがすごく良かったよ〜!ご協力ありがとうございました!」
ディレクターが緑依風に手を差し出して、お礼を言った。
「あ、あはは……。はい、こちらこそ……」
緑依風はディレクターの手を借りて立ち上がり、周囲を見ると、木の葉のスタッフ、お客さんまでもがパチパチと拍手をして、緑依風の頑張りを
*
緑依風が、厨房の入り口の前に立つ北斗の所へ向かうと、北斗も「お疲れ様」と言って、緑依風の頭をポンポンと、軽く叩いた。
「恥ずかしがり屋なのに、よく頑張ったね」
「もう、すっご~く緊張した!!」
緑依風が、ギュッと目をつぶり、火照ったままの頬に手を当てて言うと、北斗は「はははっ」と笑った。
「――……緊張、したんだけど、ね」
緑依風が目を開けて、北斗の顔を見る。
「?」
北斗は、そんな娘の様子を、疑問符を浮かべながら見つめ返す。
「あのね、お父さん。私さっき……おじいちゃんとおばあちゃんのことを、考えて喋ったの」
「緑依風……」
北斗は驚いた顔になり、目を丸くする。
「言葉一つ一つに、『お父さんのケーキは美味しい!お父さんはこんなに頑張ってる!私はそんなお父さんを尊敬してる!……だから会いに来て!』って、想いを込めたの……!!」
緑依風はそう言いながら、堪えきれなかった涙を拭いた。
「今すぐ会いたくても、それは無理だから、会えるのはいつかでいいの……。でもねっ、気持ちだけは先に伝えたかったっ……!」
緑依風が両手で涙を拭き続けていると、北斗は緑依風をそっと抱き締めた。
「届くかな……おじいちゃんとおばあちゃんに……」
「きっと届くさ……」
北斗は肩を震わせて、そう言った。
「……ありがとう緑依風。いつか、いつかきっと……!緑依風のおじいちゃんとおばあちゃんに会えるように、お父さんも、そうするから……!」
緑依風は北斗の服をぎゅっと握って、腕の中に顔を埋めた。
袖から香る甘くて優しい匂いは、父という人、そのものを表すようだと、緑依風は思った。
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