第91話 しらゆりの記憶(後編)


「ほいさ~!持って来たぞ~!!」

 良治は大きな風呂敷に包まれた、アルバムをたくさん持って来た。


 幾重にも重ねられたアルバムは相当重いようで、良治は「あぁ~……年々力も無くなるなぁ~」と、痛くなった腕を振っている。


「この中のどっかにあるはずだ。花と葉子の写真もあるぞ」

「お母さん達の写真⁉見たい見たい!」

 良治が写真を畳みの上に置くと、先程まで寝転がっていた千草と優菜、立花もやって来た。


 子供達が騒ぐ声を聞いて、葉子は「そんな昔のやつ見なくていいのに……」と、花と顔を合わせて恥ずかしそうにした。


 緑依風がとあるアルバムを開くと、葉子の小学校入学時の写真が貼られていた。


「うわ、小さいおばちゃん、緑依風と優菜に似てるー!」

 横から見た立花が驚いていた。


「なんか……これを見ると自分の未来が予想できるね……」

 緑依風は葉子を見ながら、約三十年後はこんな感じかと思った。


「うちのお母さんは……口元は立花かしら?」

「シュッとした鼻とかは、海生ちゃんと似てるんじゃない?」

「そうかしら……――あら?」

「ん?この綺麗なおばさんは?」

 千草が指差した写真には、五十代前半くらいの、長い髪をきちんと結わえて、幼い葉子を抱っこしている女性が写っていた。


「おお、それが母さん……お前達のひいばぁちゃんだ」

「え、このおばさんがひいおばあちゃん?」

 緑依風が身を乗り出して見た。


「それもう六十五くらいの時かなぁ……」

「六十五⁉そんなに歳いってるように見えないんだけど⁉」

 孫達は、写真に写る曽祖母を見てびっくりした。


「確か、こっちのアルバムに結婚前の母さんの写真が……ほらあった!」

 モノクロ写真に写るのは、髪型は違えど、海生と見間違えるぐらいそっくりな、綺麗な女性だった。


「これ……お姉ちゃんじゃないの?」

 立花は良治に聞いた。


「…………」

 海生は、あまりに自分に似すぎた曽祖母の写真を黙って見つめている。


「それは本当にひいばぁちゃんだよ。ユリって名前でな。自慢の母親だったよ!」

「じぃちゃん、ひいおばあちゃんのお話もっと聞かせて!」

 海生が良治に頼んだ。


「うむ……ひいばぁちゃんは性格も海生に似ててなぁ~。……いや、海生よりもっとぼんやりした人だった。少しの段差でつまづいて派手にコケたり、お茶っ葉を全部落としてダメにしたこともあったなぁ……。ドジな話は話すとキリがないくらい、おっとりした人だった」

「よくお嫁に行けたね、ひいばぁちゃん……」

 立花は、口元を引きつらせながら言った。


「ん~、こっちの眉毛が立派なおじさんは?」

 千草に聞かれると、「それはひいじぃちゃんだ」と、定治が答えた。


「ひいじぃちゃんは定治さだはるって名前で、厳しくて怖くて頑固な人だ。俺はひいじぃちゃんが怖くてなぁ……いつもひいばぁちゃんに甘えてた。でも、滅多に笑わないひいじぃちゃんはな、ひいばぁちゃんと話した時だけは、少し表情が柔らかくなるんだ」

「癒し系キャラなのも、お姉ちゃんとひいばあちゃん似てるんだね!」

 立花はにひひっと笑って、千草と顔を向かい合わせた。


 生まれたばかりの良治を抱いて写る定治は、とても赤子に見せる表情ではないくらいおっかない顔だが、ユリが定治に話しかけながら、泣いている良治を抱き上げようとする写真では、少し歯を見せて、困ったように笑っている。


「ひいじぃちゃんは、『厳格』という言葉が似合う、浮ついた言葉など絶対口にしないような人だったけどな、死ぬ間際になって、手を取るひいばぁちゃんにこう言ったよ。「愛している。心から……」とな」

 そう言うと、良治は懐かしそうな顔で、年老いたユリと定治が夫婦揃って写る写真を見た。


「……ひいおばあちゃんは、ひいおじいちゃんになんて言ったの?」

 緑依風が聞いた。


「母さん……ひいばぁちゃんは、「知ってます。私も同じですから」ってだけ言った」

 美枝子と共に夕食の準備をしていた葉子と花も、しんみりした表情で良治の話を聞いている。


「――……葬儀の時もひいばぁちゃんは涙一つ流さなくてな、「なんでだ?」って聞いたんだ。そしたらひいばぁちゃんは「こんなに楽しかったんだから、悔いはない」ってさ」

 良治は他のユリの写真もたくさん見せてくれた。


 かしこまった場で撮影された写真は、少し冷たそうにも感じる凛々しい表情。

 ――しかし、夫や子供達と出かけた時の写真や、近所の人と縫い物を楽しむ写真のユリは、キリっとした顔立ちを大きく崩し、あたたかで優しい笑顔をしている。


「ひいばぁちゃんは八十八歳の時、昼寝してそのまま死んだよ。その昼寝する前にな、こんなことを言っていた。「また会いに来るよ。ちょっと待っててね」って」

 良治の言葉に、海生はピクっと肩を揺らした。


「認知症になって、ボケちゃってたから、俺はまた変なこと言ってるくらいにしか思ってなかったんだけどな。その一年後、海生が生まれて驚いた……。俺の母さんそっくりなんだからな」

「それで、私はひいおばあちゃんの生まれ変わりって言われてたのね」

 海生は、小さい頃から母や親族に言われていた言葉を思い出した。


「俺だけじゃなくて、花もばぁさんもびっくりしたさ!大きくなったらますますひいばぁちゃんそっくりになっていくからな」

「もしかしたら、本当に生まれ変わりだったりして!」

 海生は笑いながら曽祖母の写真を指で撫でた。


「――でもま、そんなことは気にするな。ユリさんはユリさん。海生は海生だ。騒いだ俺らが言うことじゃないがな」

 良治はそう言うと、海生の頭を撫でた。


「じぃちゃん、仏壇にひいおばあちゃんとひいおじいちゃんの写真飾っちゃダメかしら?」

「そうだな……。実家に戻ってリフォームする時に、飾り損ねてそのままにしちゃってたけど、顔忘れちゃうからな」

 そう言うと、良治は二人の写真をアルバムから剥がし、写真立てに入れた。


「これで……父さんも母さんも、ひ孫達と顔合わせができるな」

 良治は写真に写る両親の顔を、目を細めて見ていた。


「――さて、もう一度ご挨拶しましょうか」

 海生は従妹達を呼び寄せて、仏壇前に移動させた。


 線香を立て、おりんを鳴らし、ひ孫一同で手を合わせた。

 外では母親達が迎え火を焚き始めている。


「ほらあんた達、もう少ししたら晩御飯だよ。アルバム片付けて、テーブル拭いてちょうだい」

 大皿一杯に盛りつけた野菜天ぷらを手にしながら、美枝子が孫達に言った。


「ばぁちゃん、野菜そんなにいらないからね!」

「ちーはまだ好き嫌いしてるのか?大丈夫、鶏天もウィンナーもたくさん揚げるよ」

「私えび~!」

「はいはい、立花ならそう言うと思った!」

 美枝子が台所に戻りながら笑うと、緑依風は海生と共に散らかったアルバムを集め始めた。


「――ん?この写真は……」

 アルバムを片付けていると、緑依風は両親の結婚式の写真を見つけた。

 松山家と白崎家――両家の親族の集合写真だ。


「あ、これ……」

 良治や美枝子と反対側の位置に、北斗の面影を見せる白髪交じりの男性と、きっちりと髪を後ろに結わえ、口を真一文字に閉じる女性の姿が写っている。


「お父さんの方の……だよね」

 父方の祖父母と思しき人達は、冷たく険しい顔で正面を見据えていた。


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