第89話 やっぱりお前に似合ってる


 松山家を出た風麻は、再び冬丘街のショッピングモールへ向かう。

 そして、ある物を購入して自宅に戻ると、夕食の準備をする母親の元へと近付いた。


「なぁ、母さん。頼みがあるんだけどさ――」

「頼み~?」

 鍋の中の料理を覗き込みながら、伊織が不思議そうな声で返事をする。


「これ、直し方教えてくれ!」

「えっ?」


 *


 八月八日――。

 今日は、緑依風の十三歳の誕生日だ。


 目を覚ました緑依風は、上半身を起こし、ぐーんと背伸びをしながらあくびを一つする。


「十三歳、かぁ……。今年の誕生日は、どんな一日かなぁ~」

 ベッドから出て鏡を見ると、悩みのくせ毛は、今日も外側に広がるように跳ねているが、髪が伸びてきたので、去年よりやや控えめだ。


 普段、休みの間は、寝起きと同時に耳に装着するイヤリングも、今は手元に無いので付けることが出来ず、これも去年の誕生日と違うものとなった。

 お守りのように付けていたイヤリングが無いのは、五歳の誕生日以来だ。


 夏休み期間に誕生日を迎える緑依風は、相楽姉妹のように学校でプレゼントをもらったことはなく、適当な時間に星華や晶子がわざわざ家にやって来て、プレゼントをもらうのが通例だった。


 晶子は、今年は八日に家の用事があるからと、宅配で誕生日プレゼントを送ると言っていた。

 星華は、中学校で新たに友達となった相楽姉妹と、昼ご飯を食べ終えたら三人で一緒に来てくれるらしい。


 家族も毎年と同じように、緑依風の生まれた日を祝ってくれた。

 

 父の北斗は、今朝も早くからケーキの仕込みのために仕事へ行ってしまったが、「おめでとう」の言葉と、「誕生日ケーキを持って、早く家に帰るよ」と、緑依風の携帯にメッセージを送っていた。


 母の葉子は、今日のために仕事を休みにしており、この日は朝食も準備してくれている。


 母からの誕生日プレゼントは電子辞書で、「勉強の役に立つでしょ?」という言葉が、少し緑依風の心を複雑にさせたが、役に立つことには変わりないので、ありがたく受け取ることにした。


 妹の千草と優菜も、姉である緑依風の誕生日を祝ってくれる。


 日頃、緑依風に反抗的な態度をとることが多い千草だが、「お姉ちゃんおめでとー」と言いながら、緑依風にタオルハンカチをくれた。


 そっけない口調で、目を合わせようとしないが、緑依風の反応が気になるのか、横目でチラチラと緑依風を見る千草。


 緑依風はそれに気付いており、「ちゃんと使うからね」と、一言言うと、千草はむず痒そうに「どっちでも〜」と言った。


 お小遣いの無い優菜は、プレゼントを買えない代わりに、画用紙に緑依風の似顔絵を描いて、それをプレゼントした。


 つたない字で「おねえちゃんおめでとう」「だいすき」と書いてあるのが可愛くて、緑依風はその絵を愛おしい気持ちで見ていた。


 *


 午後一時過ぎになると、亜梨明、奏音、星華がやって来た。


「緑依風ちゃん、お誕生日おめでとう!」

 別荘でのお泊り会が終わった後、体調を崩してしまった亜梨明だったが、今日はすっかり元気なようで、玄関先で緑依風に抱きつきながら、お祝いの言葉を言った。


「亜梨明ちゃん、ありがとう!」

 緑依風がお礼を言うと、奏音も「おめでとう緑依風」と言いながら、亜梨明を引き剥がし、星華はその後に緑依風に抱きつき「おめでとー!!」と言ってくれた。


 緑依風が三人を部屋まで案内すると、早速各々が準備した誕生日プレゼントを取り出し、緑依風に渡した。


 亜梨明からのプレゼントは、パステルカラーの可愛らしいマニキュアセットだった。


「わぁ、三色もある!」

「マニキュア、料理をするから手にはしないって言ってたけど、足にはできるでしょ?私もこのピンクお揃いの塗ってるんだ~!」

 亜梨明はそう言って、自分の手を見せた。


「私はこれね。料理する時、使ってくれるといいなと思って」

 奏音は、たくさんの動物がプリントされたエプロンを緑依風にプレゼントした。


「もしかして、もうエプロンたくさん持ってるかなって思ってたんだけど……」

「ううん、すっごく嬉しい!可愛いし、大事に使うね!」

 緑依風の反応を見た奏音は、ホッとした顔で「うん、使って使って!」と言った。


「私これ~!お菓子作ったら、これと一緒に食べればいいかな~って!」

 星華からのプレゼントは、いろんな種類のコーヒーや紅茶の詰め合わせセットで、一緒に可愛い砂糖菓子や、ティースプーンも透明な袋の中に入っていた。


「ありがと星華!」

「あ、ちなみに私これ好きだから、お菓子作った時呼んで、これ淹れて!」

 星華が袋の中にある、ストロベリーティーを指差して言うと、「あんたって子は……」と、奏音が冷やかな目を向けた。


 三人が来る前に届いた晶子からのプレゼントは、木の素材を使ったバレッタだった。


 お金持ちの晶子だが、こういった贈り物は、もらう側が遠慮してしまわないよう、同年代の子供でも購入しやすい物を選んでくれるので、緑依風も彼女の誕生日にプレゼントをお返ししやすくて助かっている。


 ――ピーンポーン。

 松山家のインターホンが鳴る。


「緑依風ー!風麻くんよー!!」

 階段の下から、葉子の声が聞こえた。


 トントントンと、階段を上る風麻の足音。

 緑依風の胸の鼓動も、トクトクと高鳴っていく。


「入るぞ~!――と、お前らも来てたのか」

 ドアをノックした後、風麻はドアを開けて緑依風の部屋に入ってきた。


「あ、坂下もプレゼント持って来たの?」

「まぁ、な……」

 星華が聞くと、風麻はチラリと亜梨明を見た後、後ろ手に持っている小さな紙袋を前にして、緑依風に近寄った。


「あの……この間の、さ……」

 風麻は袋を破って、緑依風の手に何かを乗せた。


「あっ、イヤリング!」

 風麻が手渡したのは、緑依風から預かった葉っぱのイヤリングだった。


 片方は壊れ、もう片方は壊れてこそいないものの、長い歳月をかけて錆びや傷が付いていたのだが、どちらも真新しい金具が取り付けられている。


「それ、今回俺が付け直したから……」

「えっ、風麻が⁉」

 緑依風が驚くと、風麻は照れ臭そうに頬を掻き、斜め下を向きながら、その話をした。


 どの部品を付ければいいのか店員に聞き、それを購入し、伊織に教えてもらいながら、自分一人で修理をしたのだと――。


 亜梨明や奏音達は意外そうに目を丸くし、緑依風は宝物のイヤリングを、風麻が直してくれたことに感動して、胸の真ん中がきゅうっと嬉しさに引き締められた。


「俺、そういうのやったことないし……もし、付けにくかったら、母さんにやり直し頼むから……」

「……今、付けてみるね」

 緑依風はそう言って、横髪を耳に掛け、イヤリングを装着した。


「――ん、大丈夫!ちゃんと付けれるよ!」

 緑依風が指先でイヤリングをつついて揺らすと、風麻は「ははっ、似合う似合う!」と言いながら笑った。


「やっぱり、お前に似合ってる!」

「うん、一番のお気に入りだもん……」

「誕生日、おめでとさん」

「うん、ありがと!」

 和やかな空気に包まれた緑依風と風麻を見て、亜梨明達も微笑ましい気持ちで、それを見守っている。


「――ところで、坂下。プレゼントは?」

「えっ、これが今年のプレゼントだけど?」

 星華の質問に風麻が答えると、「えっ⁉」と亜梨明が立ち上がった。


「ちょっと、嘘でしょ坂下……。プレゼント修理だけ……!?」

「あ~もうっ、だから星華ちゃんに付いていってもらったらって言ったのに~っ!!」

「こ、これだって、部品代掛かってんだぞ!!」

 風麻は、星華と亜梨明に責められて、両手を前にしながら、二人との間に距離を作った。


 奏音は膝に肘を乗せて頬杖をつき、タジタジになっている風麻を憐れむように、苦笑いして三人を見ている。


 緑依風は、二人が何と言おうとも、もう充分過ぎるくらい幸せな気持ちだった。


「緑依風からも何か言ってくれよ~!」

 助けを求める風麻は、腰を低くしながら部屋の壁に背中を付け、亜梨明と星華に追い詰められている。


「あははっ!」

 緑依風が笑うと、耳元の葉っぱのイヤリングが柔らかく揺れた。


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