第7章 緑に依りそう風のように
第80話 相談相手
沖家の別荘から帰るバスの中。
風麻は、バスのエンジン音に混ざりながら聞こえる、亜梨明と爽太の会話から気を紛らわすように、隣の車線を走る車の数を数えていた。
「(二十五、二十六……あ、この車うちの色違いだ)」
「ねぇねぇ、帰りのパーキングエリアでも、あのソフトクリームあるかなぁ?」
「どうかなぁ……。上りと下りで売ってるものも違ったりするし」
孤立したシートだが、隣同士になれば会話はたやすい。
「(うるさいなぁ……)」
亜梨明と爽太の話声が、耳障りに感じる風麻。
亜梨明の隣の座席に座るよう、晶子に促された爽太は、亜梨明とずっとおしゃべりをしており、晶子は奏音と利久と。
晶はシーザーとで、紀行はタブレット端末で仕事に関するものを閲覧しており、雅子はサングラスを付けて静かにしているので、多分寝ているのだろう。
風麻の隣にいる緑依風は、時折風麻の方をチラチラと見ては、前の座席にいる晶子達との会話に混ざっていた。
星華は行きと同じように、別荘近くの駅まで送ってもらった後、電車を使って夏城に帰っている。
「(人を好きになったって、いいことなんかありゃしねぇや……)」
風麻は鼻から息を漏らしながら、これまでのことを振り返った。
亜梨明が爽太にばかり特別な表情を見せるのは、彼に好意があるからで、同じ境遇の爽太に仲間意識というだけで懐いているのではない。
爽太はそのことに気が付いていなさそうだが、亜梨明の周りにいる女友達は、全員そのことを知っているようで、風麻は何故旅行初日の夜に、星華が爽太に相楽姉妹の――亜梨明の写真を送ったのかも、理解した。
風麻が知っている女子という生き物は、友の恋を過剰なまでに応援し、あれこれと手を回す。
小学校の頃、教室の隅っこでコソコソと話をしていたクラスメイトは、こんなことを言っていた。
「上手くいくように、あたしが協力してあげようか?」
その女子グループは、まるで面白いおもちゃを見つけたように、中央にいる女の子に「どこがいいの?」「もっと話しかけなよ」と、質問と助言を繰り返していた。
当時の風麻は「女子はコイバナってのがそんなに楽しいのか~?」と、空気を読まない発言をし、四、五人の女子クラスメイトに囲まれて、タジタジになった記憶がある。
「坂下って、ホントバカ!」
「これだから坂下は……。男子ってガキだよね~」
「女の子の気持ちを理解できない男子はあっちいって!」
「そんなんじゃ、一生モテないんじゃない?」
蘇る、苦い言葉の数々……。
水着のことで星華達に言い責められた時も、何も返せないまま、同じような状態になった。
「(女子の気持ちがわかれば、なんだってんだよ……)」
風麻はそう思いながら、横目で緑依風を見た。
そしてその時、風麻は思い出した。
「(そういえば……緑依風にも好きな人がいるって、海生先輩が言ってたよな)」
緑依風とは長い付き合いだが、風麻はそんな話を緑依風本人の口からは、聞いたことが無かった。
「(俺みたいに、中学に入ってからできたのか……?)」
一度考えると、緑依風の好きな相手が気になってしまう風麻は、窓辺に頬杖をついて何かを考えるような表情の緑依風を、じっと見つめた。
*
パーキングエリア内のレストランで昼食をとり、お土産コーナーに向かう風麻達。
亜梨明は、奏音と共に家族へのお土産を選んでおり、爽太も妹のひなたに、お菓子のお土産を必ず買ってくるように言われたと、苦笑いしながら利久と話をしている。
緑依風も家族と、従姉妹の青木家にもお土産を選んでいるようで、手に持った二つの箱を何度も見比べながら、「どっちがいいかなぁ……」と、悩んでいた。
お土産一つ選ぶのさえも真面目な緑依風に、風麻は呆れ返るように短くため息をついた。
ようやく決めたと思ったら、今度は冷蔵品のコーナーを眺めはじめる。
緑依風は、チーズが入った小さな箱を見ると、今度は酒のつまみのような、渋いパッケージの土産を手に取り、三つ目のお土産品を選び始めた。
「……何やってんだ?」
「――あっ、ちょうどいいところに!」
風麻がそばに寄ると、緑依風は風麻に相談を始めた。
「この間、おじさんがあれと同じチーズをお土産にくれたでしょ」
「あぁ、出張の土産か。……んで?」
「あのお土産のお礼に、おじさんに何かあげたくて……」
風麻の父、和麻は、出張で向かった地方の土産を、自分の家だけでなく、松山家の分まで買ってくることが多い。
お菓子の日もあれば、果物や魚介、いい酒のおつまみになりそうな物の時は、父親同士が庭先で酒を飲みながら、世間話をするなんてこともある。
「んなもん、なんでもいいって……。娘同然のお前が買ったんなら、なにやったって喜ぶだ――……」
風麻の視界に、亜梨明と爽太が映る。
既にお土産選びを終えた二人は、旅行初日に食べたソフトクリームと同じ物を見つけたようで、通行人の邪魔にならぬように気を付けながら、仲良くそれを食べている。
「……これにすれば。ビールに合うって書いてるし」
風麻は、揚げせんべいの入った箱を手に取り、緑依風に手渡した。
「あ、うん……。ありがと」
緑依風が後ろでお礼を伝えても、風麻は振り返らずに、その場から離れた。
今緑依風の方へ振り向けば、嫌でもあの二人の姿が見えてしまうから。
*
パーキングエリアでゆっくりと休憩をとった一同は、再びバスに乗った。
この日は日曜日ということもあり、高速道路はやや渋滞している。
お昼ご飯を食べて眠くなった者もチラホラと見え、亜梨明や爽太、利久は先程からとても静かだ。
いつもなら、どちらかといえば賑やかな方が好きな風麻だが、今はこの静かな車内の空気に安堵している。
考えることが多すぎて、昨晩寝付けなかったにも関わらず、全く眠くならない。
自分の好きな人、亜梨明の好きな人――……それから、緑依風の好きな人のことも思考の渦に混ざり始めて、風麻の頭の中は、常にフル回転している状態だ。
せめて、この重苦しい胸の内を誰かに話せればいいのだが、相手がいない。
爽太はまず論外だ。
親友とはいえ、恋敵となった彼に亜梨明のことは話せない。
利久も相談相手としては、イマイチ頼りない。
利久も自分と同じく、恋する少年だと知らない風麻は、「どうせ話たって、母ちゃんとパソコンの話になっちゃいそうだし」と、彼を相談する相手の候補から外した。
様々な話題を繰り広げることが出来る、直希がこの場にいればいいのだが、彼はこの旅行に誘われていないし、そこまで考えたところで、直希が一番の親友だと言っていた人物を思い出し、風麻はガクッと頭を下げた。
「(今回ばかりは、緑依風にも相談できないよなぁ……)」
異性とはいえど、風麻にとって一番信頼できる友達の緑依風。
もし、緑依風と亜梨明がそれほど仲が良くなければ、相談もたやすいかもしれない。
しかし、学校ではいつも亜梨明と共に行動する緑依風のことだ。
きっと彼女も、小学校のクラスメイト同様に、友の恋路を応援し、また、応援されているのだろうと風麻は予測し、自分と亜梨明の板挟みにされることになる緑依風の心情を考えると、やはり緑依風も候補から外れる。
「(――……まてよ、正直に全部言わなくても、遠回しに相談すれば、アドバイスくらいもらえるんじゃないか?)」
垂れ下がった頭を再び持ち上げた風麻は、ふと名案を思い付いた。
「(俺一人の頭じゃ、どうあがいたってモヤモヤして終わりだ。上手いこと話して、ヒントをもらえるように考えないと……!)」
風麻は、腕を組んで「うーん……」と小さく唸りながら、どうやって緑依風に恋の相談をするか考え始める。
そして、その隣にいる緑依風は、そんな風麻の様子を不思議そうに横目で見ていた。
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