第78話 シーグラス
「最後の夜はバーベキューだけじゃないぞ!」
「そうそう!最後の最後まで、思いっきり楽しまなきゃね!」
子供達は、晶とシーザーの言葉の意味が最初こそわからなかったが、二人が室内に隠していたものを手に持ってくると、「わぁっ!」と一気に笑顔を弾けさせた。
「花火やろう!」
「打ち上げもあるよ!」
晶とシーザーが持って来たのは、様々な種類のものが入った、花火セットだった。
*
花火セットを開封し、子供達と晶とシーザーは、テラスから浜辺に降りて、花火を楽しむことにした。
晶とシーザーは、昼間二人でドライブに行った際に、これを購入してきたようなのだが、その量はやたら多くて、手に持って遊ぶタイプのものだけでなく、筒状となった噴出花火や、打ち上げ花火まである。
あまりの多さに、晶子は「これ全部やるんですか⁉」と、少々驚いていたものの、他の者達はどれも興味津々に見ながら、どんな花火かワクワクしている。
まずは景気付けにと、大きな花火から楽しむことにした。
シュワワワー!!!
シーザーが火を点けると、黄色い火花が勢いよく噴出し、夜の海を明るく照らす。
「わぁぁ~っ!!すっごく綺麗!!」
「すっげー!!結構迫力あるな!」
「うん!」
亜梨明と風麻は、視界に映る花火で目を光らせながら、大興奮して花火を眺める。
「――次は、打ち上げだ!」
晶が黒い筒を設置し、点火すると、空に昇った小さな火花が、パンッパンッ!と、音を鳴らして闇夜に花を咲かせた。
「小さいけど、割と見ごたえあるよね~」
「た~まや~!」
緑依風の隣では、星華が花火にふさわしい掛け声を上げる。
その後も、晶とシーザーは、可愛い妹分や弟分を楽しませるように、買ってきた筒状の花火を次々と設置し、子供達はそのたびにきゃっきゃと歓声を上げて、小さな花火大会を満喫していた。
*
たくさんあった筒状花火は、意外にもあっという間に使い切ってしまった。
しかし、小さな花火はそれの倍以上用意されており、最終日の夜は、まだ続きそうだ。
「見てっ、二刀流!!」
晶は離れたところから、両手に勢いよく噴射する花火を持って、ぐるぐると振り回し、中学生に負けないくらいの子供っぽい笑い声を出している。
「兄さん、危ないので振り回さないでください!」
子供のようにはしゃぐ晶に、晶子が注意すると、晶は「ちぇ~」と言いながら、消えてしまった花火を、水を入れたバケツに捨てた。
「花火なんて、小さい頃以来やってなかったな〜」
亜梨明が火をつけると「火傷しないでよ〜」と奏音が言った。
「シーザーくん、それもらっていい?」
「えっ、これもうやるの?」
緑依風が指差したのは線香花火で、多くの人が最後の締めにやる花火だ。
「こいつ、昔っから線香花火が好きでさ~。小さい頃は、普通の花火だと勢いよく出るのにビビっちゃって、キャーキャー言いながら落としてたんだよ」
風麻はそう言いながら、長い棒状の花火をシーザーからもらった。
「昔の話でしょ!」
緑依風が、少しムッとしながら言った。
「――今は、そんなんで驚かないけど……。でも、線香花火の小さいのに、意外と力強くて、逞しいところが……私は好きなの」
「あはは、なるほどね~。確かに、君が好きそうな花火だ!」
シーザーから線香花火を受け取った緑依風は、一瞬その言葉に疑問を感じたが、ろうそくのある場所へ移動して点火すると、穏やかな表情で火花を眺めていた。
緑依風から数メートル離れた場所では、爽太が火を付けた花火を持って、利久がいるそばに向かおうとしていた。
「あ、日下の持ってる花火、私苦手〜……」
爽太とすれ違う星華が、爽太が持ってる花火を見て、警戒するように
「それ、スパークタイプっていうんだっけ?火花が飛ぶ範囲広くて、火傷したんだよね」
「そうなの?こんなに綺麗なのに……」
星華がやや離れた状態で新しい花火をもらいに行くと、彼女が踏んでいた砂から、火花に照らされて、何かがキラッと光る――。
「ん?なんだろう……」
爽太はしゃがみこみ、火花を灯り代わりにして、その付近を照らした。
砂を指で払うと、それは薄い青色をした小さなシーグラスだった。
「へぇ〜……」
シーグラスを拾い、花火で照らすと、まるで昼間の海のようにとても綺麗だった。
「ひなたに持って帰ろうかな――……」
爽太が独り言を言いながら、立ち上がると、「あ~あ、帰るの寂しいな」と言う、亜梨明の声が聞こえた。
「あっという間だったもんね」
「何か、ここに来たっていう記念のものが欲しいな。あっ、貝殻探そうか!ピンクの小さい貝殻無いかなぁ~!」
亜梨明が髪を耳に掛けながら、足元の砂をじっと見つめる。
奏音は、「こんな時間から探しても無駄だって」と、暗闇の砂浜で思い出探しをする亜梨明に言った。
「え~っ……。じゃあ、袋もらって砂だけでも……」
「甲子園の土か!」
奏音のキレのいいツッコミに、亜梨明はむ~っと、頬を膨らませた。
「…………」
そのやり取りを見た爽太は、シーグラスをズボンのポケットにしまうと、何かを決めたように、独り小さく微笑んだ。
*
晶とシーザーが買ってきてくれた大量の手持ち花火は、大きな花火と同じく、あっさり無くなってしまった。
今度こそ本当に、楽しい遊びの時間は終わりだ――。
名残惜しいが、明日は早く起きて、夏城に帰らなければならない。
十人で協力し合って片付けをし、部屋に続く階段のあるエントランスホールで、子供達と青年二人は「おやすみなさい」の挨拶をして、解散した。
「あぁ~ん、毎年短いよぉ~!あと一週間……ううん、十日は居たいね!」
星華がぐずるように言うと、晶子は「また来年もありますから!」と、クスクス笑った。
「ねぇ、写真またデータ送ってよ!」
「もちろん。現像したやつも今度配るね」
緑依風と利久は、利久がタブレット端末を使って撮影した画像を見ながら、ベストショットを見て笑っていた。
「亜梨明、ちょっといいかな?」
「えっ?」
利久と風麻が先に部屋に入る中、爽太は亜梨明を呼び止めた。
「先に戻りますから、ゆっくりお話してくださいね!」
晶子は星華と共に、にやける表情を我慢しながら、そそくさと寝泊まりする部屋の中へと入っていった。
「なぁに?」
爽太に手招きされた亜梨明は、女友達二人の期待する気持ちが伝わって、ちょっぴり緊張しながら彼に近寄る。
「手を出して」
「?」
亜梨明は、彼に言われるがままに手のひらを広げて、爽太に差し出す。
「――これ、あげる」
爽太は、ポケットから取り出したものを、そっと亜梨明の手の上に乗せた。
「わぁ~っ!」
亜梨明は、手のひらに乗せられたそれを見て、感動の声を上げた。
「きれいっ!――何だろう、石?宝石?」
大喜びする亜梨明の様子に、爽太も嬉しそうな微笑みを浮かべ、彼女の質問に答えた。
「シーグラスっていうんだよ」
「シーグラス?」
「ガラスが海で削られて、丸くなるとこんな風になるんだ」
「すごいね〜!宝石みたいだ〜!」
亜梨明は右手の指でそれを持ち上げると、海を閉じ込めたような色のシーグラスを、何度も照明に透かしながら眺める。
「気に入った?」
「うんっ!こんなに綺麗なのに、私がもらっていいの……?」
少し落ち着きを取り戻した亜梨明は、今になって申し訳なさそうに、彼を上目遣いで見上げた。
「もらってよ。ここにみんなで遊びに来た、思い出記念!」
亜梨明はぎゅうっと、喜びを噛み締めるように目を閉じた後、彼に向かって、まばゆい笑顔を弾けさせた。
「ありがとう、爽ちゃん!大事にするね!!」
亜梨明は、シーグラスを見つめながら、この三日間を思い返した。
最初は驚きばかりだったけど、晶子や晶子の家族、シーザー、利久。
――そして、いつも仲良くしてくれる、大好きな友達とたくさん笑って、たくさん美味しいものを食べ、少しケンカもして怒ったり泣いたりもしたけれど、どれも一生忘れられない、忘れたくない思い出になった。
爽太からもらったシーグラスは、きっと何年経っても、その思い出を蘇らせてくれるだろう――。
亜梨明は、爽太と「おやすみ」と言って部屋に戻った後も、時折それを眺めては、嬉しさに顔を綻ばせるのだった。
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