第75話 けんか
「あ~!た~のしかったぁ~!!」
「ねっ、このプールのスライダー迫力満点で超楽しいでしょ!?」
全てのウォータースライダーを満喫した奏音と星華が、波の出るプールで遊んでいる三人の元へとやって来た。
「楽しいの!?私もやりたい!!」
亜梨明は、奏音と星華の満喫した笑顔を見てスライダーに興味を持ったが、あまりのスリルで、心臓に負担を掛けることを危惧した奏音が「やめときな」と、やんわり止めた。
少し不満そうに亜梨明がむくれると、奏音は「それよりさ~」と、亜梨明の気を別のエリアへ逸らそうとする。
「あっちの流れるプールみんなで行かない?さっき上から見たけど、ここの流れるプールかなり長いよ!」
「そうだね。あのプール深すぎないし、秘密の洞窟を探検するみたいで、すごく面白いし!」
「ホント!?」
亜梨明は、緑依風が言った『秘密の洞窟探検』という、ワクワクするワードに惹かれて、「行きたいっ!」と、もうそっちに興味津々だ。
奏音は小声で「単純でよかった」とこそっと言いながら笑い、女の子五人は、流れるプールのエリアに移動し始めた。
*
流れるプールのスタート地点には、様々なプール用の遊具が置いてある。
奏音と星華はイルカの形をした浮き袋と、大きな白い浮き輪を借りてきた。
プールに入ると、星華は浮き輪を軽く沈めて、穴の上に乗り始めた。
晶子は、星華が乗る浮き輪に掴まり、これで泳ぐつもりのようだ。
「私もそれやりたい!」
亜梨明が、面白そうという顔で言いながら、星華と色違いのペールピンクの浮き輪を取ってきた。
「え、やめときなよ。亜梨明ちゃん泳げないし、ひっくり返ったら危ないよ?」
緑依風は転覆した時、泳げない亜梨明が溺れたら危険だと思ったが、亜梨明はそのまま浮き輪と共に、水の中に入っていく。
「大丈夫だよ〜!奏音押さえててね!」
「はいはい」
星華の真似をして浮き輪に乗った亜梨明は、奏音に押さえてもらって、「さっ、みんな行こう!」と、グーにした手を上に向かって突き上げた。
緑依風が万が一のことを恐れて表情を曇らせていると、奏音は「そんなに心配しなくても、これくらいなら大丈夫だって!」と、緑依風に言った。
「私が亜梨明の浮き輪押さえてるし、絶対落ちないよ」
「まぁ、奏音が言うなら……」
双子の妹である奏音が「大丈夫」と言うならばと、緑依風はそれ以上反対するのをやめた。
――具合悪くなったり溺れたりしないように見ててくれるか?
緑依風の脳裏に、風麻の言葉が僅かに蘇るが、いくら心配といえど、これ以上強く注意して、せっかくの楽しい空気を台無しにするのも嫌だったし、恐怖やストレスで亜梨明の体調を崩してしまうようなことが無いのであれば、その方が良いと思った。
転覆して溺れる心配も、しっかり者の奏音が支えてくれるならば、きっと大丈夫だろう。
緑依風は、奏音が掴まる予定だったイルカの浮き輪に掴まると、星華の「しゅっぱーつ!」の声に合わせて、みんなと一緒に水の流れに身を任せた。
*
流れるプールは、壁の造りが岩肌をイメージしたものとなっており、プールサイドには南国の花や、ヤシの木が植えられている。
木の上では、本物そっくりの色鮮やかな鳥が首を動かしており、薄暗い岩のトンネルゾーンに入ると、海の洞窟を探検しているような気持ちにさせてくれた。
緑依風や亜梨明達は、学校の話などを雑談しながら――そして、時々変わった花や、鳥の模型を指差しながら、水の流れに乗って楽しんでいた。
すると、一定の間隔で、両サイドから水をアーチ状に発射させるエリアに入った。
一同が近付いてきた時は停止されていたが、先頭を流れていた星華が通過しようとした瞬間、壁穴に取り付けられていた装置から、再び水が発射された。
「わぷっ!」
話に夢中になっていた星華は、突然顔面に直撃した水に驚き、手足をバタつかせた。
「――ぃった!!」
パニックで暴れた星華の手が、すぐ後ろにいた奏音の頬にビタンと当たる。
「――ぁと、ととっ……!!」
星華に顔をぶたれてよろめいた奏音は、とっさに亜梨明の浮き輪にしがみつき、転倒を防ごうとした――が、その瞬間、穴の中に体を埋めていた亜梨明の体がバランスを崩し、大きく横に傾く。
「――えっ、きゃっ!!?」
――バシャァン!!と、音と共に水飛沫が上がる。
「あ…………!」
短い悲鳴の後、一瞬の沈黙が流れる――。
「――――!!」
ウォータースライダーから上がった風麻はその光景を目撃し、一気に青ざめた。
「……大変っ!!」
すぐに我に返った緑依風や奏音は、すぐに真下を見て、亜梨明を救出しようとする。
星華も浮き輪から降り、晶子も水中に潜って、亜梨明を探す。
――ザバアッ!
緑依風達がいる地点から二メートル程先の場所で、亜梨明が水中から顔を出した。
「……けほっ、けほっ!はぁ~っ……びっくりしたぁ~!」
「亜梨明ちゃん……よかった……」
「ほんっと、焦った~……」
緑依風と奏音、星華や晶子は、何事もなさそうな顔の亜梨明を見て、ホッと胸を撫で下ろした。
――が、そこに真っ青な顔をした風麻が走ってきて、亜梨明のいる場所に近いプールサイドからドボンっと、勢いよく飛び込んできた。
「だっ、大丈夫か⁉」
「うん、大丈夫、大丈夫〜!お水ちょっと飲んじゃっただけだよ!」
亜梨明がヘラヘラとしながら風麻に無事を伝えると、風麻は安心して深く息を吐いたが、その直後、彼は緑依風を強く睨みつけ、彼女の元へ近付いてくる。
「――っ、なんでちゃんと見てなかったんだよっ!!」
風麻が緑依風に大声で怒鳴りつけた。
「えっ――……」
「お前、ちゃんと相楽姉のこと見てるって言ったじゃねぇか!!相楽姉泳げないのに、溺れて何かあったらどうするんだよ⁉」
風麻は怒りで全身を赤くしながら、緑依風にきつく問い詰める。
「ご、ごめんっ……!」
「――坂下、違うの……最初に私が……」
「星華だけじゃない、私も悪いの!緑依風は最初に止めてくれたのに、私が大丈夫だって言ったせいで――!」
「知るかっ!!」
星華と奏音は、無実の緑依風を庇おうとするが、風麻は聞かずにそのまま怒りの言葉を続けた。
「大体……っ、今日だけじゃない……!お前ら、昨日も相楽姉のことほったらかしでボール遊び続けやがって……自分達だけ楽しかったらいいのかよっ!友達ならもっと気遣ってやれよ!」
「――やめてっ!!」
風麻が怒鳴り続けると、今度は亜梨明が大きな声を上げ、風麻と緑依風の間に入った。
「緑依風ちゃんも星華ちゃん達も悪くない!私がやりたいって言ってやったんだから、私のせい!」
「…………っ!」
亜梨明が風麻に負けないくらい顔を赤くして、はっきりと告げた。
亜梨明が心配で駆け付けたというのに、その亜梨明に気持ちを無下にされたように感じた風麻は、歯を食いしばって彼女の目を見る。
「みんなに酷いこと言ったの、謝って!!」
亜梨明は風麻から目を逸らさず、友達に謝罪するように要求した。
「~~~~っ、なんだよ!心配してやったのに!!」
「――――っ!!」
風麻が悔しさにそう告げると、上からの物言いに亜梨明は目を見開き、全身を震わせた。
「……わたし、私、心配してなんて頼んだこと無いっ!!」
亜梨明は風麻に一歩距離を詰めながら、更に大きな声を張り上げて風麻に怒鳴る。
「そんな風に言うなら、もう心配なんかしなくていいっ!!それに、私は昨日だって楽しかったもん!勝手な思い込みで特別扱いなんてしないでっ!!」
「――二人とも、そこまで」
亜梨明と風麻が息を荒げて睨み合っていると、いつの間にか近くまで来ていた爽太が、二人の肩を掴んで引き離した。
「……一回プールから出よう。怒って血圧が上がった方が危ない」
爽太が奏音を見て静かな声で言った。
「――あ、そうだね。……亜梨明、休憩しよう」
「……うん」
亜梨明は言いたいことを堪えるように、両目を閉じ、奏音の言う通りにした。
「私達も上がろう……」
緑依風達もプールサイドに上がり、ベンチのある場所へと向かった。
「風麻……。僕達はあっち側で休憩しよう」
「…………あぁ」
風麻は、絞り出すような声で小さく返事をすると、爽太と共にプールを後にした。
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