第70話 寝顔


 別荘に到着してから、女の子達はガールズトークを。

 男の子達は、利久が作ったゲームで遊びながら、それぞれ自由に過ごしていた。


 亜梨明とはすでにすっかり仲良しだった晶子は、学校ではあまりゆっくり会話が出来なかった奏音にも、様々な質問をして、彼女のことを知ろうとしていた。


 爽太に恋する亜梨明に対し、奏音はまだそういった話が無く、晶子にそのことを問われた奏音は、「好きな人なんて、そのうちできるでしょ~」と、今は恋に興味がない様子で答えていた。


 晶子も、今は友達の恋を応援するのが一番楽しいようだが、晶子に想いをひそかに寄せている人物を知っている緑依風と星華は、その反応を見て苦く笑った。


 男の子の部屋では、ゲームで交流を深めた爽太と利久が、風麻をやや置き去り気味に、難しい話をしていた。


 医者志望の爽太と、機械いじりが好きな利久。

 分野は違えど、理系の二人はすぐに意気投合し、爽太は利久が作ったゲームの開発方法を、興味津々に聞き入っていた。


 *


 各々部屋で盛り上がっていると、あっという間に夕食の時間になった。


 海が見える一階のテラスに集まると、別荘を管理している老夫婦、雅子、晶とシーザーが、大きなテーブルに料理を次々と運んできた。


「さぁ、今日はイタリアンパーティーだ!」

 紀行が威勢のいい声で言った。


 テーブルの上には、小さな薄いパンの上に、野菜やハム、チーズなどが乗ったもの、ほろほろにとろけた牛肉のミートソースがかかったボロネーゼと、ベーコンと黄色いクリームソースが魅力的なカルボナーラのパスタが二種類。

 赤いトマトと、緑色が鮮やかなバジル、白くてもっちりとしたモッツァレラチーズのカプレーゼなどが、とても華やかにテーブルの上を彩っている。


「まだあるぞ~!」

 首にタオルをかけ、軍手をつけた晶とシーザーが、焼き立て熱々のチーズがたっぷり乗ったピザを、木製の皿に乗せてテーブルの中央に置いた。


「わぁ~!!」

 子供達が一斉に歓声を上げる。


「よし、冷めないうちに食べよう!」

 紀行の声で、全員が「いただきます」を言って、ピザに手を伸ばした。


「うめっ!生地がすっげーモチモチしてる!!」

 風麻がピザを頬張りながら感動している。


「本当だ!すっごく美味しいです!」

 普段は、食べ物に大きな反応を見せない爽太も、風麻と同じような様子で、晶に感想を伝えた。


「これ晶くんとシーザーくんが作ったの?」

 あまりの美味しさに、あっという間に一枚目を食べ終えた緑依風が聞いた。


「ああ。イタリアにシーザーと旅行に行った時に、本場のピザ職人に教えてもらったから、今度晶子の友達が来たら作ろうって思ってさ。この日のために、父に窯を作ってもらったんだ!」

 晶は、軍手をつけた手でテラスの端の方を指差して、ニッと笑う。


「金持ちやること違う〜……」

「驚きの一日だね………」

 奏音と亜梨明が晶の話を聞きながら言った。


「まだ第二弾焼いてるからたくさん食えよ〜!」

「兄さん、パスタもこれからデザートもあるんですよ?」

「だいじょーぶ!父さんと母さんも食べれるよね!」

 晶が振り返って両親に聞いた。


「ああ、いただくよ」

「もちろん、食べますよ」

 海を眺めながらワインを飲んでいた晶子の両親も、まだまだ食べられそうだ。


「晶子ちゃんの家族って仲良しだね。スケールが色々違うって思ってたけど、こういう所は、私達の家とあまり変わらないかも」

 晶とシーザーのおふざけに注意する晶子と、それを微笑ましく見守る、晶子の両親。

 その光景は、どこの家庭でも見える、優しくて温かい姿だ。


「思ったより親しみやすいでしょ?だから私達、毎年晶子の家族と会えるの楽しみなんだ!晶子も嬉しそうだし!」

 緑依風は、晶と共に窯を見に行く晶子を見つめた。


「晶子、普段はあまりおじさんや晶くんとは会えなくて、こういう時じゃないと家族揃って集まれないから」

「そうだったんだ」

 亜梨明が、貴重な家族の時間に、自分達が呼ばれてよかったのかと考えていると、「ピザ焼けましたよ~!」と、晶子が晶とシーザーと共に、焼き立てのピザを運んできた。


「亜梨明ちゃん、ここチーズたっぷり乗ってて美味しそうですよ!さあさあ、食べてください!」

 晶子は、そんな亜梨明の考えを吹き飛ばすような明るい声で、一番美味しそうな部分を小皿に乗せて手渡した。


 風麻は少し欲張って、一度に二枚取り、それを緑依風と利久に怒られている。

 晶子は、それを見て屈託のない笑顔で笑う。


 楽しそうな晶子の姿を見て、亜梨明は潮風に揺れる横髪を軽く押さえながら、余計な心配だったと思った。

 彼女はこの旅行を、家族と過ごすためだけでなく、友人達と――自分達と一緒に過ごしたいと思っていると、信じることが出来たから。


 *


 豪華で楽しい夕食の後は、シーザーお手製のティラミスが、デザートとして振舞われた。

 心もお腹も満たすと、明日の海水浴に備えて、早めに入浴を済ませ、就寝の準備をする。


 ――が、せっかくのお泊り会だ。

 このまま眠るはずもなく、眠くなるまで遊ぶことにした女の子達は、トランプで遊んでいる。


「――……さて、緑依風ちゃんと亜梨明ちゃん」

「ん?」

「はい?」

 三度目のババ抜きを遊んでいると、軽く咳払いをした晶子が、緑依風と亜梨明の名を呼んだ。


「風麻くんや日下くんと、今日は何かいいことありましたか?」

 晶子が白いネグリジェを握りながら言った。


「いや、その――……無いね」

「私も……。今日は驚きすぎて、それどころじゃなくて……」

 少し渋い顔で言う二人。

 亜梨明の隣では、奏音が「私上がりー!」と喜んで、揃ったトランプを軽く投げた。


「ダメですダメです〜〜!二人にはこの夏、好きな人ともっと仲良くなっていただかないと〜!」

「そうだそうだ!!晶子いいぞ~!もっと言ってやれ~!!」

 一番に勝ち抜けした星華が、晶子の応援をする。


「特に緑依風ちゃん!」

「わ、私?」

 晶子が緑依風に指をさした。


「緑依風ちゃんは風麻くんのことが好きになってだいぶ経ちますけど、いつになったら仲が深まるんですか?」

「え〜……」

 亜梨明と一対一になった緑依風は、亜梨明からトランプを引かれて、ジョーカーが手元に残ってしまい、敗北する。


「あ………」

 このトランプの結果が、自分の残念さを表しているようで、緑依風は「ふぅ……」とため息をついた。


「明日は海ですよ!仲良くなるチャンスです!二人とも、頑張ってくださいね!!」

 晶子は緑依風に詰め寄るが、緑依風は困ったなという顔をした。


 *


 深夜零時――。

 先に眠くなった亜梨明と奏音は、隣の寝室で眠っている。

 緑依風達も明日に備えて寝ることにした。


 ――すると、先に寝室に入った星華が、「二人とも!見てみてー!」と言って、緑依風と晶子を手招きした。


 星華に呼ばれて、緑依風と晶子が寝室に入ると、向かい合って眠る双子の姿が見えた。


「可愛くない?写真撮っちゃおう!」

 星華は携帯電話を手に取ると、相楽姉妹の寝顔を撮影した。


「本当だ〜。私も写真撮ろう!」

「私も!!」

 緑依風と晶子もこっそり寝顔を撮影した。


 亜梨明と奏音は、まるで鏡のように、どちらも顔元に手を添えて同じポーズで眠っており、撮影されていることなど気付いていないようだ。


「やっぱりそっくりだね〜!性格は全然違うのに!向かい合わせになってるのが余計面白い!」

 星華は「ププッ」と笑って、撮影した画像を見た。


「これ、日下に送っちゃおう!」

「え、やめなよ〜」

 緑依風が止めるが、晶子は「星華ちゃんナイスです!」とノリノリだった。


「こうやって、少しずつ日下くんに亜梨明ちゃんを意識させていかないと!」

「でも……バレたら怒られるよ」

 緑依風は後々のことを考えて止めるが、星華は「二人に内緒って言えばいいじゃーん!」と言って、爽太に写真を送信した。


「緑依風はそうやって、いつも慎重になりすぎるから、坂下と何年経っても幼馴染のままなんだよ。進展しないままずっとビクビクしてると、そのうち坂下に好きな子でもできちゃうかもよ?」

「う……そ、それは嫌だ」

 星華に指摘され、その言葉にグサリと胸を突きさされる緑依風。


 ――だが、風麻とのこの近いようで遠い関係に、もどかしくも安心して過ごしてきたのだ。

 簡単に壊したくはなく、勇気が出ない。


 *


 ――男子の部屋では、利久だけ睡魔に負けて寝室で眠っており、爽太は、母の携帯を使って連絡してきた妹のひなたからの、『おみやげ買ってきてね』というメッセージに返事をしていた。


 風麻は、家から持って来た漫画本を、ソファーの上で寝転がりながら読んでいる。


 爽太が、画面の時刻表示を見て、そろそろ眠ろうとしていた時だった。

 ピコンと、通知音が鳴る。


「……?あははっ!」

「どうした〜?」

 少し眠くなりかけてた風麻が、のそっと起き上がって爽太に話しかける。


「空上さんから」

 風麻が爽太のスマホを受け取り、画面を見ると、『天使の寝顔』という文章と、眠る相楽姉妹の写真が送られていた。


「――――!!」

 風麻は顔が熱くなり、眠気が一気に吹っ飛んだ。


「お、おっ……おい!これいいのか!?寝顔勝手に撮って、人に送っても……!?」

「えっと、『二人には内緒にしてね~』だって!」

「な、内緒って……」

 風麻は爽太に携帯電話を返しながら、見てはいけないものを見てしまったような罪悪感と、相楽姉妹の――亜梨明の、貴重な眠る姿の画像を送られた爽太に羨ましい気持ちが相まって、じんわりと額に汗を掻いた。


「起きて喋ってると、あまり双子らしくないって思うけど、こうして向かい合って寝てると、本当にそっくりだね!一卵性双生児だから、当たり前だけど」

 爽太は笑いながらホーム画面に戻すと、「じゃあ、僕もそろそろ寝るね」と言って、寝室に入っていった。


「おぉ……。俺も、すぐ寝る……」

 パタン、と静かに戸が閉まる音がすると、風麻はボフッと、荒っぽくソファーに座った。


「(なんで……爽太だけなんだろう)」

 星華が、爽太にだけ亜梨明と奏音の写真を送ったことに、風麻は胸の奥でざわつく答えに気付かぬよう、考えることをやめて、自分も眠ることにした。


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