第69話 母親想い


 丁寧に剪定された庭木に囲まれる、白くて頑丈な造りの豪邸。

 どうやら、この建物が沖家の別荘らしい。


 上の方を見上げると、バルコニーもあり、もう一度首を戻せば、庭の範囲も夏城の家とほぼ変わらないくらい広い。


 初めてお泊り会に参加した三人は、またもや目をぱちくりと何度も動かしながら、バスの前で立ち止まり、固まってしまった。


 中に入ると、エントランスの広さ、高い吹き抜け、常人には理解できないような、何かのオブジェも置いてあり、床も階段も、上質な素材で作られている。


「家の中でも、靴脱がないんだね……」

「ホテルみたい……」

 亜梨明と奏音はぎこちない様子で、一歩、また一歩と、この床を汚さないかと躊躇ためらうように、屋内に足を踏み入れる。


 雅子はその様子を察したように、緊張している相楽姉妹に、くるりとゆっくり振り向いて、優しく微笑む。


「そんなに気を使わないで。何にも気にしなくていいから」

『ひゃっ、はい!』

 姉妹が言葉まで揃えて、おかしな返事をすると、緩やかに波打つ、艶やかな長い髪の毛を揺らしながら、雅子は口元に手を添えて、クスクスと上品に笑う。

 その気品溢れる所作は晶子と同じであり、絵に描いたような、"お金持ちの奥様"といった雰囲気だ。


 しかし、眼差しも声も、住む世界の違う子供達を蔑むような雰囲気は微塵も感じず、それよりも、早くこの場所や自分達に慣れて、打ち解けて欲しいといったものだ。


「リラックスして、楽しんでちょうだい。お部屋も、好きに使ってね」

 雅子はそう言うと、この別荘を管理している老夫婦の元へ挨拶をしに行った。


「……すごく、優しいね」

「うん。なんか、緊張一気に薄れたかも」

 亜梨明と奏音は、互いに顔を近付けながら、雅子と――そして、息子とその友人とも気さくに話す紀行をみて、固かった表情をほぐすように笑った。


 *


 階段を上って右側の通路を、晶子を先頭にして、緑依風や亜梨明達は付いていく。


「お部屋なんですけど、女の子達はこちらを。男の子は一番奥のお部屋です。部屋は別々ですがバルコニーは繋がってますので、夜は波の音を聴きながら、一緒にお星様とか見れますよ!」

 晶子がチラッと緑依風と亜梨明を見て言った。

 亜梨明は、ワクワクしたように表情を輝かせ、緑依風は苦い顔をする。


「お風呂とトイレは各部屋にありますからね。えっと、使い方は――……」

「晶子、日下くんには僕と風麻が説明するから、女の子達の方よろしく」

 利久がそう言うと、晶子は「はい。お願いします」と言って、女子部屋として使う部屋のドアを開けた。


 *


 ――ガチャッ。

 少し重みのある木造の扉を晶子が開くと、薄いレースのカーテンと、淡いピンク色の絨毯が敷かれた部屋が見えた。


「ひゃっほーう!一年ぶりだ~!私こっちのベッドね!」

 緑依風と同じく、毎年別荘に招待されていた星華は、二間続きになっている部屋の扉を開き、その部屋の奥のベッドに飛び込んでいった。


「広っ!ベッドデカっ!!」

 奏音が大きめの声を発しながら、天井や窓に視線をあちこち移して観察していく。


「すごーい!テレビで見るリゾートホテルのスイートルームみた~い!!」

 亜梨明の言う通り、入り口のドアを開けた途端に見える、白くて大きなソファーや、ローテーブル、隣の部屋のベッドも、セミダブルサイズだというのに、そのベッドが四つ置かれていても、全く狭く感じない部屋の広さは、正に超高級リゾートホテルのスイートルームのようだ。


「毎年ここに来てるの?」

 奏音が緑依風に聞いた。


「うん。いつもは晶子も同じ部屋で寝泊まりするけど――……ベッド四つしかないよ?晶子は?」

 緑依風が聞くと晶子は、「私は一応、自分の部屋がありますので」と言った。


「今年は自分の部屋で寝泊まりするつもりです。なので、どうぞこの部屋は緑依風ちゃん達が使ってください」

「そんな!晶子も一緒の部屋がいいよ〜!」

 星華が晶子に抱きつきながら言った。


「でも……。ここに今からベッドを運ぶのも……」

「それなら、私と亜梨明が同じベッドで寝るよ!こんなに大きなベッドなら余裕だし、いいよね?」

 提案した奏音は、横にいる亜梨明に聞いた。


「わーい!奏音と一緒に寝るの久しぶり!」

「よろしいのですか……?」

「遠慮しないで!ってか、晶子の別荘じゃん!」

 奏音は腰に手を当てて言う。


「夜はみんなでガールズトークしよう!」

 星華が「ねっ!ねっ?」と、首を左右に揺らしながら言うと、晶子はクスっと笑ってから、「では、お言葉に甘えて」と嬉しそうに目を細めた。


 *


 ――その一方、男子の部屋では、風麻と利久が、爽太に部屋の説明をしていた。


「本当に、僕までお呼ばれしてよかったのかな……」

 入り口横の扉を開けて見たお風呂の広さに驚きながら、爽太はソワソワとした様子で呟いた。


 浴室の洗い場はもちろん、その前にあるジャグジーバスは、爽太のように、男の子でも細身の子ならば、二人分入れてしまいそうな広さだ。


「いいじゃん!ラッキーって思おうぜ!」

 風麻が歯ブラシとコップを洗面所に置きながら言った。


「日下くん――……あ、僕も爽太って呼んでいい?こっちも利久でいいからさ」

 ここに何度も来て慣れていると発言した利久が、爽太と同じように、何やら落ち着かない顔つきで、爽太に尋ねた。


「うん、いいよ」

 風麻の隣に自分の歯磨きセットを置いた爽太は、振り向きながら言った。


「えっと……爽太は、パソコンとか電子機器……興味ある?」

 利久の問いかけに、爽太が「まぁ、それなりに」と答えると、少し声のトーンを上げた利久は、「よし!それならゲームとかは?好き?できる?」と、更に質問を続けた。


「できるし、普通に好きだよ」

 爽太がその質問にも答えると、利久は大きく息を吸い込みながら、「よーし!」と、声を上げ、嬉しそうな表情になる。


「これで一緒に遊ばないか⁉僕が作ったゲームなんだ!」

 利久は鞄からタブレット端末と、ノートパソコン、そして説明書のような薄っぺらい紙を取り出すと、爽太の目の前にその紙を見せた。


「アプリゲーム作ったの!?利久すごいね!」

 爽太が感動するように言った。


 利久は「へへっ!」と、得意げな顔でタブレットを操作している。


「こいつ、昔からパソコンとか得意なんだよ」

「機械はいいぞ!知れば知るほど奥が深いし、便利なものも、面白いものも作れる!」

 ノートパソコンも起動させた利久は、ソファー前のテーブルで、遊ぶための準備を始めた。


「ルールは簡単で、操作も単純なんだ。家でお母さんと一緒に遊んだ時も、お母さんは面白いって喜んでくれて……――あ、ごめん!僕、少しだけお母さんに電話かけていい?」

 利久は手を止めると、ズボンから携帯電話を取り出し、無料通話アプリのアイコンをタップした。


「到着したら連絡するって言ったのに、まだしていなかったんだ。うちは父親が仕事で、何日も家に帰らないって当たり前だから、僕がいない間、お母さんは家に一人きりだし、心配でさ」

「あ、うん……」

 爽太が返事をする前に、利久はササっと隣の寝室に移動して、ドアを閉めると、母親に電話を掛けた。


「あいつんち、ちょっと複雑でさ。利久は昔から、仕事で海外に行ってばかりの父ちゃんが嫌いで、母ちゃんべったりなんだ」

 風麻が小声で爽太に説明する。


「へぇ……」

「父親の留守が多い分っていって、おばさんは利久のこと可愛がってたし、利久も、おばさんがあまり体が丈夫じゃないから、家に一人にするのは心配らしい」

 最初こそ、利久の母親に対する発言に少し首を傾げたくなった爽太だが、風麻の話を聞いて納得する。


「……ま、心配する気持ちはわからんでもないが、そろそろおばさんと手を繋いで買い物に行くのはどうかな~って思うんだが……」

「つまり、利久は『お母さん想い』……なんだね?」

 爽太が風麻に目を合わせて言った。


「……そうだな!ちょっと甘えん坊な、『お母さん想い』だ!」

 風麻が、爽太の優しい言い方に、ふっと笑みを零しながら言うと、通話を終えた利久が二人の元に戻ってきた。


「二人ともお待たせ!さっ、ゲームやるぞ~!」

 利久が声を掛けると、風麻と爽太は利久を真ん中にして、彼の作ったゲームで遊び始めた。



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