第6章 サマーマジック
第68話 別荘へ
八月一日。
今日は待ちに待った、沖家の別荘へお泊りに行く日だ。
学校前で待ち合わせを予め決めていた、緑依風と風麻、相楽姉妹、爽太は、集合した後、揃って晶子の家に向かった。
「楽しみだなぁ〜晶子ちゃんち!きっと、すっごく大きいんだろうなぁ〜!」
亜梨明が今にもスキップしそうな足取りで浮かれている。
「お金持ちの家か〜。すでにこの辺の家全部大きいんだけど、晶子の家もこのくらい?」
超高級住宅街のこの通りは、どこを見回しても大きな家と、高そうな車が停まっており、晶子の家を見たことない相楽姉妹と爽太は、どの家なのかとキョロキョロしている。
「こんなもんじゃないよね……」
「ああ……。初めて見た時、家とは何かって思ったもんな……」
緑依風と風麻は、三人に聞こえない声量で呟きながら、顔を引きつらせていた。
*
住宅街をしばらく歩いていると、異国を彷彿させるような、鮮やかな緑色をした芝生と、噴水広場のある公園らしき風景が見えてきた。
「へぇ〜!さすが超高級住宅街!公園もイギリスみたいなオシャレな雰囲気だね」
爽太が柵の外から、丁寧に刈り込まれた芝生を覗きながら言った。
「それ、公園じゃねぇよ」
「え?」
「もう、ここ晶子の家の前だ。その中は晶子んち」
「ええっ⁉」
普段冷静な爽太も、さすがに裏返った声で驚いた。
五人がもうしばらく歩いて行くと、青色の屋根をした立派な造りの洋館が見えてきた。
亜梨明、奏音、爽太は、黒くて大きな門の前に立つと、ポカンと同じように口を開けたまま、その建物を見上げて固まっている。
「これが晶子ちゃんの家……」
「家……とは」
「予想の遥か上を行く豪邸だ……」
三人はそれぞれ感想を述べても、まだ驚きの顔から戻らない。
まるでヨーロッパの貴族が住む屋敷のような建物と、敷地の広さ。
緑依風と風麻も、何度か遊びに行ったことはあるが、あまりに立派すぎて落ち着かないので、滅多に訪問しなかった。
「とりあえず、ベル押そうか……」
緑依風がインターホンを押すと、老人男性の声が聞こえた。
緑依風が名前を告げると「お待ちいたしておりました」と男性が言い、門が自動で開いた。
門の中に入ると、テレビでよく見るような燕尾服……ではないが、沖家に仕えている老人男性が、これから別荘へと向かうバスが停めてある場所まで、案内してくれた。
*
バスの前には晶子と利久。
晶子の両親と思しき人達――そして、若い男性が二人立って待っていた。
「おはようございます〜!!」
晶子が大きく手を振りながら挨拶をした。
「おはよう晶子!」
緑依風が挨拶を返すと、晶子の隣にいる利久も「おはよう」と言った。
緑依風達は、晶子の両親にも挨拶をした。
晶子の父親、沖
「みんな今年も来てくれて嬉しいわ。お友達も増えたみたいだし、楽しんでね」
「これで全員揃ったかな?」
紀行が言うと、「星華ちゃんは?」と亜梨明が言った。
「星華は車酔いが酷いから、現地の最寄り駅まで電車で行くんだって」
緑依風が説明すると「なるほど」と亜梨明は納得した。
野外活動の時の星華は、行きも帰りも真っ青になりながら、顔をタオルで覆ってダウンしていた。
晶子の別荘は県外で遠い場所なので、星華は車に乗る時間を減らすべく、電車を使って移動するのだ。
「中学生可愛いなぁ〜!」
晶子の両親の隣に立っていた、青年の一人が緑依風達に近付いてきた。
青年は、日焼けのせいなのか小麦色の肌をしており、服装も黒いタンクトップにハーフパンツという、この場所に似つかわしくない風貌だが、よく見ると顔立ちは晶子とどこか似ている。
「こっちの子達、初めましてだね!
晶は、亜梨明達に順番に握手しながら手を上下に振っていった。
晶と初対面の亜梨明、奏音、爽太は、見た目だけなら、どこからどう見てもお嬢様な晶子とは真逆のタイプの兄に、家を見た時と同様の驚いた表情でいる。
「兄さん、もう少し年相応に振舞ってください!みんなびっくりしてるじゃないですか!」
晶子に注意されると、晶は「はっはっは!」と笑いながら、斜め後ろにいるもう一人の男性の元へと戻って行った。
「すみません。兄さん初めての方にも遠慮がない人なんです……」
驚く三人に晶子が謝った。
晶子の兄、晶は、晶子とは十歳年が離れており、現在は海外の大学に留学中だ。
普段は日本にいないのだが、毎年家族で別荘に行く時は帰国してくるのだと、晶子は兄と初対面の三人に説明した。
「……ってことは、未来の社長さん」
奏音がボソッとした声で言った。
「はい、一応。……そうは見えないかもしれませんが、あれでも賢いんですよ」
晶子は友達とふざけるように笑う晶を見ながら、クスっと笑った。
*
いよいよバスの出発が迫ると、初めて別荘に招待された三人は、再び驚いた。
外観こそ普通のバスのようだったが、乗り込むと、座席一つ一つのシートがふかふかの、柔らかい素材でできている。
椅子の幅も広く、長旅でもゆったりと快適に過ごすことができそうな造りを見た爽太は、「ちょっとお高い夜行バスみたいだね」と言った。
「リムジンとかだったら更に緊張するから、よかったよ……。まぁ、今でも十分、度肝抜かれまくってるんだけど」
奏音はため息をつきながら、亜梨明の真後ろの椅子に座った。
「風麻も幸田くんも、もう慣れてるって感じ?」
爽太が自分の前の方に座る二人に聞いた。
「まぁ、何年もこれで別荘連れて行ってもらってるし」
利久は平然とした様子で言うが、風麻は「慣れるわけねーだろ」と、やや緊張したような声で返事をした。
運転手がハンドルを握り、バスが出発する。
専属の運転手なのかと思いきや、この運転手は、今回の旅のために沖家に派遣されたようで、それを聞いて、またもや亜梨明達は驚かされた。
ブロロロロー――……と、エンジン音を立てながら走り続けたバスは、一時間程すると、休憩のためにパーキングエリアに停まった。
目的地まではまだまだあるようなので、各自トイレで用を済ませると、ペットボトルのお茶やジュース、キャラメルなど、バスの中でも食べやすいお菓子類を購入した。
風麻と亜梨明がソフトクリームを見ていると、晶と晶の友達のシーザーと呼ばれる人が、子供達全員に奢ってくれた。
彫りが深く、日本人離れをした顔立ちと、男性だがやや長めの髪の毛を後ろで括っているシーザーは、晶と一緒に中学生の子供達が退屈しないよう、ユーモア溢れるトークを繰り広げた。
バスでの長距離移動、住む世界の違うセレブな人達との交流に、最初こそ緊張しまくりだった、亜梨明、爽太、奏音だったが、座り心地の良い椅子と、楽しい時間のおかげで、星華と待ち合わせの最寄駅に到着するのがあっという間に感じた。
「シーザーくんってハーフ?本名?」
合流した星華が聞いた。
「うん、ハーフだよ。イタリア人と日本人のね。でも、本名は
キャラメルを星華に渡しながら、シーザーが言った。
「"シーサー"になるよな普通!」
晶が突っ込むと「沖縄の名物かよ!イタリア人混ざってるからな!」とシーザーは顔を半分に割る仕草をして言った。
「あ、海が見えてきた!」
窓の外を見た緑依風が言った。
「わぁっ!」
緑依風の声を聞いて窓の外を見た亜梨明も、思わず歓声を上げる。
「綺麗……青くて、キラキラだ……!」
夏の太陽を反射して、水面がきらめいている。
亜梨明は、車窓に手を添えながら、その景色に釘付けになっていた。
「明日晴れたら海ですよ!今日はみなさん疲れたでしょうから、向こうに着いたら休んでくださいね!」
晶子はそう言うと、斜め後ろにいる緑依風に視線を移し、口元に手を当てて企むように笑う。
緑依風はその笑みに、キュッと唇を結んだ後、晶子から目を逸らして斜め下を向いた。
亜梨明は、窓に張り付いたままだが、明日の海水浴をワクワクした面持ちでおり、風麻は利久と話しながら、チラチラと亜梨明を見ている。
爽太は携帯で海を撮影し、口に出さないが、楽しみな様子で景色を眺めていた。
青い空、白い雲、輝く海――。
ちょっぴり贅沢な、お泊り会が始まる。
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