第60話 サプライズ(後編)
タルト生地を焼いている間、緑依風と桜はアイスティーを飲みながら話をしていた。
星華と同じく、小学校では六年間緑依風と同じクラスだった桜。
決して仲は悪くなかったが、桜は星華と行動することが多く、緑依風も晶子や他の友達の方が一緒にいることが多かった。
なので、こうして二人っきりでゆっくり会話をすることは珍しく、これまであまり話したことのない話題までもが出てきて、二人は夢中になってお喋りを続けた。
緑依風は、今までも話す機会はたくさんあったはずなのに、今日まで桜と一対一で話をしてこなかったことを後悔していたが、どうやらそれは桜も同じようだ。
「――なんか今更だけど、緑依風ともっとたくさん話したり、遊んだりすればよかったな〜!」
桜は頭の後ろに手をやりながら、のんびりした声で言った。
「まだ、もう少しこっちにいるでしょ?」
「引っ越しの準備の合間に、また会いに行ってもいい?」
「もちろん!」
「へへ……緑依風も大好きだよ私」
「私も。遠く行っても友達でいてね」
「あたぼーよ!!」
桜がグッと親指を立てて言うと、緑依風も同じように親指をビシっと立てて、「へへっ」と、二人で笑った。
*
生地が焼き上がり、冷ましているうちに、ゼリーを型抜きし、生クリームを泡立てる。
生クリームを桜に任せた緑依風は、レモンの皮を薄く切り、細い千切りを作る。
「皮食べるの?」
「ここは苦くないんだよ。白いとこは苦いから薄く切ってるんだ。ちゃんと農薬使ってないやつだし、安心」
緑依風が細切りにした皮を桜の顔に近づけると、ふわっと香るレモンの匂いに、桜は「わぁ!」と、感動する。
「へぇ〜!皮ってこんなにいい香りするんだ!!」
予め用意していたレモンクリームをタルトに絞り、その上に生クリームを絞る。
オレンジ、黄色、茶色の星をクリームの上に差し込み、細かく砕いたピスタチオ、レモンの皮をクリームの一番高い所に乗せて、完成。
「おおーっ!すごいよ、売り物みたい!!売れるんじゃない?いくら取れる?」
「売らないよ。これから持って行くんだからさ。……その前に、一個半分ずつして味見しない?」
「する!」
二人は、先に持って行く分を箱に詰め、冷蔵庫に入れた後、レモンタルトの試食を始めた。
「ん!んまーーーい!!」
桜が目をかっ開いて叫んだ。
「美味しいよ緑依風!おいしーい!!」
「よかった。桜が作ったゼリーも美味しいよ」
「なんか、あげるの勿体無くない?ケーキと見せかけて箱だけ渡したら、星華驚くかな?」
桜がまたおかしなことを言うので、「それ、ますます仲直りから遠のくよ……」と、緑依風は呆れた。
「うん……うん!緑依風もなれるよ、お菓子職人。木の葉継いだら教えて!食べに行くから友達割引してね!!」
「いや、そこはちゃんと払ってもらうよ」
「ケチ」
*
――その頃、駅近くのマンションの一室で、星華は小学校の卒業アルバムを一人、リビングのソファーで見ていた。
「…………」
ぱらりとページを捲ると、六年生の遠足で、ヘビのおもちゃを持ってきた桜に驚かされ、泣きそうになっていた自分の写真を見つけた。
「あいつ……嘘付いたり、イタズラばっかりしてたな〜。……今度の話も嘘ならいいのに」
そう呟くと、寂しさが増して星華は膝を抱えた。
「桜……」
名前が思わず口から溢れると、インターホンが鳴った。
「――桜!……と、緑依風?」
星華が、エントランス前のドアのオートロックを解除すると、緑依風と桜が、星華の部屋がある最上階まで上がってきた。
「お届けものでーす!!」
桜がドアの前で、大きな声で叫ぶ。
星華がドアを開けると、桜がニヤニヤしながら立っており、緑依風がその後ろでにっこりした笑顔を湛えていた。
「いいもの持ってきたから入れて〜!」
「いいもの?」
星華が首を傾げると、緑依風は「ちゃんと伝えるんだよ」と桜に言い、帰っていった。
「うん!サンキュ、緑依風!」
「え、緑依風帰っちゃうの?」
「じゃーね〜!」
小走りで去る緑依風の背中を見て、困惑している星華の背中を、桜は「外暑いから早く入れて~!」と押しながら、彼女の家に入っていく。
「……何しに来たの?仲直りしようとか言うの?」
リビングのソファーに勝手に座る桜から目を逸らし、星華は口を尖らせながら言った。
「うん、そうだよ」
桜は素直に答え、袋からケーキが入った箱を取り出した。
「さっきはごめんね。私が悪かった」
桜はペコリと頭を下げた。
「……別に。私こそ……ごめん」
星華は桜の隣に座った。
「……何それ?」
「さっき、緑依風と一緒に作ったケーキだよ」
桜が箱を開けると、三色の星が飾られたタルトが二つ入っていた。
「うわ、すごっ……!」
「まぁ、殆ど緑依風が作ったんだけど、ゼリーとクッキーは一緒にやったよ。驚いた?」
「うん、驚いた……」
にししと笑う桜につられて、星華も小さく笑った。
*
星華はお皿とフォーク、飲み物を用意し、桜と一緒にケーキを食べた。
「私、そういえば今日ケーキ五個食べてる。これ六個目」
「食べすぎでしょ……。でもま、いいんじゃない?もうすぐ緑依風のとこのケーキ食べれなくなるでしょ……」
「…………」
一瞬、星華と桜を包む空気が重くなる。
「――引っ越しても、連絡こまめにとろうね……」
星華がフォークを置いて言った。
「うん」
「パソコンは使えるでしょ?ビデオ電話なら、顔も見れるし」
「うん!」
「長期休みの時は泊まりに来てよ。パパもママもいない日は、遠慮なく夜更かしできるから。私も遊びに行く」
「行く!飛行機使ったら、関東と四国なんてあっという間だよ!」
「それから……!」
星華が少し大きな声で言った。
「それからさ、新しい友達が増えても、私にとって桜は特別だからさ……。私の親友枠の第一号は桜だから……。お互い、この先もいろんな人と知り合うだろうけど、ずっと、桜のことっ――!ずっと……友達だと思ってるから……!」
「もちろん!私にとっても星華は特別!香川に行って、当然新しい友達作るけど、親友枠第一号は星華だから、安心して!」
桜が笑顔で言うと、星華は少し涙を滲ませながらも、「うん……!」と、力強く頷いた。
「……ケーキ美味しいね」
「でしょ。隠し味に鼻水入れた!」
「嘘つけ!!」
「嘘だよ」
*
夕方五時半――。
緑依風は小さな箱を手にしながら、坂下家の門の前にいた。
ドキドキと高鳴る胸の音を気にしながら、緑依風がインターホンを押すと、扉から風麻の母、伊織が出てきた。
「こんにちは、緑依風ちゃん」
「こんにちは。風麻いますか?そろそろ部活終わってると思って……」
緑依風が聞くと、伊織は残念そうな顔をした。
「ごめんね〜まだ帰ってないの。なんか、お友達が部活中に体調悪くなっちゃったらしくて、お迎えも来てもらえないから、おうちまで送ってくるんだって」
「え、そうなんですか……」
緑依風の頭に、以前爽太が倒れたという話が蘇る――。
「――あのっ、これ……ケーキ作ったから、風麻に渡してもらえますか?」
緑依風が箱を差し出した。
「……自分で渡さなくていいの?」
伊織は「ふふっ」っと、笑って言った。
「だ……大丈夫ですっ!えっと、か、帰ったら食べてって伝えてください!!」
緑依風が慌てて言う姿が可愛くて、伊織はクスクス笑いながら箱を受け取った。
「はぁい。じゃあ渡しておくわね!緑依風ちゃん、いつもありがとう」
「いえ!それじゃ、おやすみなさい!」
「おやすみなさい」
伊織と別れ、自宅の門扉に手をかけた緑依風は、伊織から聞いた話を思い出しながら、爽太の身を案じていた。
「日下だって決まったわけじゃないけど……大丈夫、かな?」
*
爽太のことを心配しながら、緑依風が自分の部屋に戻ると、ショートパンツのポケットの中にある携帯電話から、ピコンと、通知音が鳴った。
「……あ、桜だ!」
緑依風が携帯を手にして、メッセージを開くと、『仲直りできたよ!ありがと!』というメッセージと、細長くて赤黒い、生き物のような何かの写真が添付されている。
「ヒッ……!?――な、なにこれっ……?」
一瞬、宙に浮きかけた携帯を、ひしっと、握り直した緑依風は、さらにスクロールして、続きの内容を確認する。
『ミミズ!……によく似た、カバンの奥底に落ちてたヒモグミでしたー!!びっくりでしょ?』
緑依風は、写真の下に書かれたメッセージにホッとした後、呆れた顔で「桜ったら〜……」と苦笑いした。
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