第41話 お邪魔します
夏城町に戻ってきた亜梨明は、爽太と共に、彼の家へと向かって歩いていた。
「(爽ちゃんの家族って、どんな人達なのかな……)」
亜梨明は、まだ見ぬ爽太の両親や、妹の姿を想像しながら、緊張で胸をドキドキさせていた。
「――ただいま」
「おかえりなさい!」
爽太が開けたドアの向こう側には、爽太の母親と思しき女性が、明るい笑顔で息子を出迎えた。
「いらっしゃい!」
「お、お邪魔します!わ、私っ――」
「亜梨明ちゃんね?爽太からいつもお話聞いてるから、よく知ってるわ!」
亜梨明が自己紹介をする前に、爽太の母親は、目の前にいる少女が亜梨明だとわかっていたようだ。
爽太の母親――日下
その元気ハツラツなオーラに、亜梨明がちょっぴり身を固めていると、「困ったことがあったら、私にも相談してね!」と、唯はにっこり笑った。
「――えっ?」
「病気のこともね、この子から聞いてるの」
「あっ……」
亜梨明が爽太に振り向くと、爽太は小さく頷いた。
「体が辛い時はすぐに言ってね。この子で慣れてるから、大丈夫よ!――さ、あがってってちょうだい!」
唯は、亜梨明の分のスリッパを差し出すと、一足先にリビングに入った。
「……ごめん、余計なことまで言ったかな?」
爽太は申し訳なさそうに亜梨明の顔を見る。
「ううん、大丈夫だよ。ちょっとびっくりしたのと……いつも元気だから忘れてたけど、爽ちゃんも同じだったんだよなぁ~って、思っただけ」
「忘れてたの?でも……うん、そのくらい元気に見えるなら嬉しいよ」
「?」
「こっち来て!妹も多分ここにいるから」
爽太に手招きされた亜梨明は、パタパタと、自分の足よりも大きくてブカブカなスリッパの音を立てて、彼の後ろを歩いた。
*
リビングには、高い位置でツインテールに髪を結んだ、ややほっぺがぽっちゃりしている女の子がいる。
スレンダーなタイプの唯と、体型こそ似ていないが、顔のパーツはよく見ると母親似のようだ。
「妹のひなた」
「こんにちは!」
亜梨明が挨拶すると、「こんにちは!」と、ひなたも元気よく挨拶をした。
「ひな、遅れちゃったけど、お誕生日おめでとう!」
「プレゼント!?」
爽太がプレゼントを渡すと、ひなたはバッと受け取り、袋を開けた。
「可愛い〜!!お母さん見てみてー!お兄ちゃんがプレゼントくれたー!」
ひなたは、嬉しそうにぴょんぴょん跳ねながら、お茶とお菓子の用意をする母親の元へ向かった。
「よかったね〜!お兄ちゃん、こんなに可愛いの選べるんだー?」
「選んだのは亜梨明だよ」
「そうなの?えっと、あり……あちゃん?ありがとー!!」
「気に入ってくれてよかった〜!」
喜ぶひなたを見て、亜梨明はホッと胸を撫で下ろす。
もし、自分のセンスが合わなければどうしようかと、ずっとヒヤヒヤしていたのだ。
「そうだ!ひな、このお姉ちゃん、ピアノすごく上手いよ」
爽太がピアノに視線を移しながら言うと、プレゼントを眺めていたひなたは、「えっ!?」と、目を光らせた。
「弾いていいの?」
亜梨明が聞くと、ひなたは、「弾いて弾いて!」と、ピアノの蓋を開けながら、お願いした。
「なに弾こうかな……」
普段、オリジナルの曲ばかり弾いている亜梨明は、小さな子供でも知っていて、自分が弾けるものを考えながら、椅子に座った。
「クラシック……お星さまのうた?」
悩んでいた亜梨明の脳裏に、ショッピングモールで聞いた、ひなたの好きな物の名が浮かび上がる――。
「――あ!プチモンの歌とかでもいい?」
「プチモンっ!?弾けるの!?」
「うん、弾けるよ!」
亜梨明が答えると、ひなたはより一層目をキラキラさせた。
「それがいい!」
ひなたが言うと、亜梨明は鍵盤に手を――ペダルに足を乗せる。
そして、軽く息を吸って、深く吐くと、プチモンの現在のテーマソングになっている曲を演奏した。
低めの和音から、流れるように高い音の鳴る白鍵に指を走らせ、スタッカートをつけて、力強く――でも、重くなりすぎないように。
亜梨明は、楽譜を見てこの曲を覚えたのではない。
耳で聴いて、音を探って弾く――いわゆる、耳コピだった。
元々、プチモンは毎週見ていたわけではないが、たまたまテレビをつけて放送されていた時に、テーマソングを聴いて気に入ったため、練習して習得したのだ。
「ふわあぁぁぁ~~!!」
ひなたは感激の声を漏らし、軽快なメロディーを奏でる亜梨明の手の動きに、注目していた。
――練習してよかった。
ひなたが歌を口ずさむ姿が、黒いピアノに映り込み、亜梨明の腕に力が入る。
爽太は斜め後ろから、初めて音楽室で演奏した時のように、楽しそうにピアノを弾く亜梨明の横顔を、微笑みながら眺めていた。
*
演奏が終わると、少しだけ息の上がった亜梨明は、椅子からゆっくり立ち上がった。
「すごいすごーい!!かっこいい~!!」
ひなたは小さな手を素早く動かしながら、パチパチと拍手をしている。
「ホント?よかった……!」
ひなたにいい所を見せたくて、つい力んでしまった亜梨明は、乱れる息を悟られないように、静かに呼吸をしていた。
テンポの速い曲は、体への負担も増えてしまうので、普段はあまり弾かない。
それでも、聴いてくれた人の嬉しそうな笑顔を見ると、弾けて良かったと亜梨明は思った。
「すごいよー!魔法の手だ!!手がジャラララ~って、ちょー速く動いてたっ!」
まだ難しい曲が弾けないひなたは、亜梨明の指があちこち自由自在に動くのを見て、とても感動したらしい。
「もっかい弾いて!」
「も、もう一回かぁ~」
弾いてあげたい気持ちはあるが、連続で激しい音楽の演奏は、さすがに心臓への負担を心配してしまう亜梨明。
唯は、そんな亜梨明の体調を察したように、亜梨明とひなたの間に入ると、「ひな、亜梨明ちゃん疲れちゃうからまた今度ね」と言って、やんわりと止めた。
ひなたは、「は~い」と素直に返事をすると、亜梨明のスカートの裾を軽く引っ張り、じ~っと、彼女の顔を見上げた。
「……ねぇ、亜梨明ちゃんのこと、お姉ちゃんって呼んでいい?」
「?」
亜梨明が小首を傾げる。
「私ね、お姉ちゃんがずーっと欲しかったんだー!」
ひなたがそう言うと、爽太は「ひな、お兄ちゃんちょっとショックだな……」と、寂しそうに肩を落とした。
亜梨明は、爽太の様子にクスクス笑いながら、「いいよ~!」と、ひなたの両手を繋いだ。
「やったー!お姉ちゃんゲットですー!」
ひなたは、プチモンの名ゼリフを真似ながら、亜梨明にぎゅうっと抱き着いた。
亜梨明は、一応戸籍上『姉』となっているが、妹の奏音は双子で同い年なので、こうして年下の妹分ができたことを、嬉しく思った。
「本当のお姉ちゃんになってくれたら、もっとピアノ聴けるのに〜!!」
ひなたはやっぱり、まだまだ亜梨明の演奏が聴きたいようで、亜梨明とピアノを交互に見ている。
「よかったら、いつでも来てね」
お茶とお菓子の準備を終えた唯は、トレーを手に持って言った。
「……いいんですか?」
「もちろんよ!ひなもこんなに懐いてるし、私も亜梨明ちゃんのピアノの演奏、もっと聴きたいな!」
お世辞などではなく本心から、自分の演奏を聴きたいと言ってくれているのが伝わる――。
亜梨明は、その真っ直ぐと――偽りのない言葉で、人の心を晴れやかにする唯を、やっぱり爽太の母親なのだと感じた。
「は、はいっ!是非っ……!また、聴いて欲しいです!」
「お兄ちゃん、またお姉ちゃん連れてきてね!絶対だよっ!」
亜梨明が光栄に思いながら言う横では、ひなたが爽太の腕をがっちり掴みながら、強引に約束させた。
「はいはい。――さて、お兄ちゃんはお姉ちゃんとお話ししたいから、お茶とお菓子持って、部屋に行っていいかな?」
爽太は母親からトレーを受け取ると、リビングのドアを開けた。
「どうぞどうぞ!ゆーっくり話しなさい!」
唯は、何かを企むような笑みを浮かべている。
「じゃあ、亜梨明――僕の部屋で話しない?」
「う、うん……!」
亜梨明は自分の荷物を手に取ると、「では……」と、唯とひなたにペコリと頭を下げてから、爽太の後ろについて行った。
唯は、自分と娘の分のおやつを、ソファーの前にあるテーブルに置いた。
「お兄ちゃんが女の子連れてくるなんて、初めてね!」
「ね!」
食いしん坊のひなたは、早速袋に入ったクッキーを二袋手に取っている。
「爽太と同じ病気の子――それなら、亜梨明ちゃんのお母さんにも会わなくっちゃね」
「お姉ちゃんのお母さん?」
ひなたは、三個目のクッキーを食べ終えながら聞いた。
「うん。あとでご挨拶に行かなきゃ……」
唯は、物思いにふけながら、コーヒーを静かにすすった。
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