第40話 お呼ばれ


 冬丘駅に到着すると、爽太は「久しぶりだなー!」と、少し懐かしげな声で言った。


「そっか、爽ちゃんはこの辺に住んでたんだっけ?」

「駅からもっと離れたとこだけどね。亜梨明は冬丘初めて?」

「うん。買い物は大体、夏城か春ヶ崎で済んでたから。実を言うと……電車に乗ったのもすごく久しぶりで……なんか楽しかった」


 亜梨明は普段、長距離移動をする時は、母親の車で移動していたので、駅の雰囲気や、電車から見える景色が珍しく感じていた。


「今日、疲れたり苦しくなったらすぐ言ってね」

「うん、約束だもん!ちゃんと言うね」

「ごめん、一人で買い物に来られたら良かったんだけど……」

「そんな、誘ってもらえて嬉しかったんだよ!」

 申し訳なさそうに肩を落とす爽太に、亜梨明は声を強めて言った。


「お休みの日に友達と電車でお出かけって、憧れてたし!誘ってもらった日から、私ずーっと楽しみだったんだから!」

「そう?……なら、よかった」

 爽太が安心したように笑みを浮かべると、亜梨明もホッとして、にっこりと笑った。


「――ところで、買い物ってなに?」

 爽太の横をてくてくと歩きながら、亜梨明が聞いた。


「うん……実はこの間、妹の誕生日だったんだけど、何をプレゼントしたらいいのかわからなくて――買い損ねたら、妹にすごく怒られて……」

 爽太は妹の誕生日当日を思い出しながら、困った顔をした。


「そうなんだ」

「それで……女の子に一緒に選んでもらえたらなと思ったら、亜梨明が一番に浮かんだ」

「そ、そんな大役を選んでもらえるとは――!」

 爽太に選ばれたことが嬉しい亜梨明は、ポーチのベルトを、ぎゅうぅぅっ!と、力強く握り締めた。


「この辺いろんなお店があるけど、まずは、あそこのショッピングモールに行こうか?」

「うん!」


 *


 ショッピングモールに入った二人は、小さくて可愛いアクセサリーが売ってあるお店や、キャラクターグッズが売ってあるお店などを見て回った。


 爽太は、女の子が好きそうな小物や、雑貨を手に取ってみるものの、何度も「うーん……」と唸っては、それを元の位置に戻して、悩んでいる。


 亜梨明は、今まで知り合った子の中でも、妹や弟に、こんなに真剣にプレゼント選ぶ人など見たことが無い。


 以前、妹の髪結いもすると言っていた爽太。

 きっと、学校でだけではなく、家族にも優しい人なのだと思うと、亜梨明はそんな彼の人柄に、ますます惹かれていった。


「……ねぇ爽ちゃん、妹さんって歳はいくつ?」

 プレゼント候補を探すものの、爽太の妹がどんな人物か知らなかった亜梨明は、詳しい情報を聞き出すことにした。


「八歳。小学二年生」

「好きな物とか知ってる?」

「テレビのプチモンシリーズとか、猫とか――あと、食べることが好きかな?」

「プチモンならこの辺にグッズがあるけど……なんか男の子向けの色だなぁ……」

 亜梨明の目の前にあるプチモングッズは、強そうなモンスターと、青や黒を基調としたものばかりだ。


「爽ちゃんは、どういう物を妹さんにプレゼントしたいの?」

「使えるものの方がいいかな?」

「使えるもの……あ、何か習い事とかしてる?」

 亜梨明が尋ねると、爽太は少し上を向きながら「この間プールは辞めたから、今はピアノだけかな?」と、答えた。


「ピアノかー!じゃあ、爽ちゃんの家にもピアノあるんだね!」

 ピアノが大好きな亜梨明は、『ピアノ』というワードを聞いて、ぱあっと表情を明るくした。


「グランドピアノじゃなくて、小さいやつだけどね」

「そっかぁ~!……あ、これ可愛いっ!」

 ふと亜梨明が目にしたのは、音符のパーツがついたストラップだった。


「どれ?」

「あ、ごめん……これは、私が個人的にいいなと思っただけだから気にしないで!」

 爽太が後ろから覗き込むと、亜梨明は手に取ったストラップを、慌てて元の場所に戻した。


「……うん」

 亜梨明が他の場所に移動する後ろで、爽太はそのストラップをじっと見ていた。


「――ねぇ爽ちゃん!いいもの発見したよ!」

 爽太が亜梨明の声の方へ移動すると、彼女は手にトートバッグを持っていた。


「妹さんの習い事に使う用でどうかな?」

 白くて丈夫な布地に、音符や猫のシルエットがプリントされて、小さいキラキラしたビーズがついたトートバッグを、亜梨明は爽太の目の前に掲げた。


「これ、中に留めるボタンも付いてて、サイドポケットもあって便利そうかなって思ったんだけど、どうでしょう?」

 亜梨明が自信ありげに聞くと、爽太は「うん、いいね!」と言って、トートバッグに触れた。


「今使ってたやつ少し汚れてたし、新しいの買うよ」

「私の好みだけど、気に入ってくれるかな?」

「僕はいいと思うし、妹も多分嫌いじゃないと思うよ。――そうだ、もしよかったら、お昼食べた後うちに来ない?」

「え、爽ちゃんの家に?」

 突然のお呼ばれに、亜梨明は肩をビクッとさせて聞いた。


「疲れた?」

「ううん、じゃなくて……いきなりお邪魔して大丈夫!?」

「全然構わないよ!」

「じ、じゃあ――お、お邪魔します……!」

「うん!あ、僕これ買ってくるね」

 爽太がレジに向かうと、亜梨明はポーチのベルトを掴み、足を小さく小刻みに踏み鳴らしながら「今日はなんていい日なのっ!」と、体中で喜びを噛みしめていた。


 *


 亜梨明が店の外に出ていると、会計を済ませて、綺麗にラッピングしてもらった袋を手に持った爽太が、亜梨明の元へやってきた。


「ありがとう。これで妹に誕生日プレゼント渡せるよ!」

「うん、よかったね!……あ、そういえば、爽ちゃんの誕生日っていつ?」

 爽太の誕生日を知らない亜梨明は、せっかくなので、これを機に聞き出すことにした。


「五月十三日」

「あ……終わっちゃったんだ」

 祝いたいと思っていた亜梨明は、すでに終わってしまっていると聞いて、目を伏せてがっかりした。

 

「亜梨明は?」

「わ、私?六月十三日だよ」

「じゃあ、もうすぐなんだ?」

 爽太は今日の日付と近いことを知って、聞き返した。


「そうなの、もうすぐ……――って!」

 何気なく返事をしながら、亜梨明は気付いた。

 この流れは非常にまずいことに……。


 これではまるで、爽太に誕生日プレゼントを強請ねだるために、あえて彼の誕生日を聞いたように勘繰られても、おかしくはない。


「あのっ、違うの!別にプレゼント欲しいとか思って、聞いたんじゃなくて……!!」

 亜梨明はおねだりしたと誤解されぬように、慌てて取り繕った。


 浮かれた気分から、一気に堕ちた気分になった亜梨明は、小さく項垂れてため息をついた。


「あははっ、わかってるよ。そっか……ちょうどひと月違いなんだね」

 爽太は、何事もないような顔で言った。


「爽ちゃんの誕生日、お祝いしたかったな……」

「あはっ、いいよ別に」

「したかったの……」

 こんなに誰かの生まれた日を祝いたいなんて、初めてだった。


 いつも、自分を優しく見守り、元気づけてくれる、大好きな爽太の大切な日が祝えないことを、亜梨明はとても残念に思っていた。


 ――もっと早く聞けばよかったなぁ……。


 後悔しても、もう遅い。

 次に祝えたとしても、約一年後だ。

 祝福したい大きな気持ちだけが、ゴロンと心に残ったままの亜梨明は、俯いたままの顔を上げられなかった。


「――じゃあ、『おめでとう』って言ってくれる?」

「…………!」

 亜梨明がようやく顔を上げると、爽太はニコニコしていた。


「――お、おめでとうっ!!」

 亜梨明の口から、爽太を祝いたい気持ちが飛び出した。


 二人だけの会話にしては大きすぎる声だったので、そばを通っていた人々は、何事かと驚いたように、亜梨明と爽太を見た。


「あ………!!」

 亜梨明は言い終わってから、自分の声のボリュームが大きかったことに気付き、パッと口を両手で塞いだ。


 爽太は、「ははっ!」と少し恥ずかしそうに笑った。


「ありがとう、嬉しいっ!」

 爽太はお礼を言った後も、口元を軽く押さえて、「あはははっ!」と、笑い続けていた。


『嬉しい』と、言ってもらっただけなのに――ただ『おめでとう』としか言っていないのに、亜梨明の心に温かくて幸せな気持ちが満ちていく――。


「あはははっ……って、あれ?なんで泣きそうな顔になってるの?」

「えっ……?」

 爽太に指摘されて、亜梨明は自分の涙腺が緩んでいることを知った。


「わ、わた、しっ……!ちょっと、トイレで鏡見てくるね!」

 走らずに、でも急ぎ足で亜梨明はトイレに向かった。


「…………」

 爽太は亜梨明の背中を見送った後、先程プレゼントを買ったお店に戻っていった。


 *


「~~~~っ!!」

 トイレの手洗い場で、亜梨明は手を何度も濡らしては、冷たくなったその手を顔に当てて、落ち着きを取り戻そうとしていた。


「(……恥ずかしいっ!こんなに顔に出てたなんて……!)」

 いつもは他の人よりも、やや青白い亜梨明の顔色は、とても真っ赤に染まり、瞼も腫れぼったくなっていた。


「爽ちゃん、変に思ったよね……」

 亜梨明は手を頬に当てて冷やしながら、ゆっくりと目を閉じた。 


 目を閉じれば余計に浮かんでくる、爽太の笑顔や声――。

 思い出せば思い出す程、爽太が愛しくてたまらない気持ちが、亜梨明の心に広がり続けていく――。


 ――好き、大好き……。


 頬に当てていた手を、今度は口元に添えて、感情を体の中に閉じ込めた。


「……戻らなきゃ」

 亜梨明は、少し赤みの引いた顔を確認すると、トイレを出て爽太の元へと戻った。


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