第34話 中間テスト


 中間テストが終わって、答案用紙が返ってきた。


 緑依風は中間テストの五教科中、国語、英語、理科を満点でとり、残りの二教科も、九十点台をとることができた。


「勉強会のおかげかな」

 緑依風は、五枚のテストを並べながら、そう思っていた。


 テスト前の休日、いつもの六人は、延期になっていた木の葉での勉強会を実行した。


 緑依風と爽太は、テストに苦手意識の強い、亜梨明、風麻、星華の面倒も見ながら、自分の勉強も同時進行で行っていた。


 二人が勉強のコツやポイントを根気よく教えたため、全員赤点を回避することができた。


 一番心配だった、長期欠席が続いた亜梨明は、教えてくれた二人に心から感謝した。


 *


 夏城中学校では、クラスでの成績上位十名と、学年成績上位十名に、数字が書かれた小さな紙が渡される。


 赤い文字で書かれた数字は、クラス上位の数を。

 青い文字は、学年上位の数字が書いてある。


 朝のホームルームでは、クラスの成績上位十名が名前を呼ばれて、教壇前に紙を受け取りに行った。

 名前を呼ばれた者の中には、緑依風と爽太もいた。


「学年十位以内に入ってる子は、その中にそっちの数字も一緒に書かれてるからね」

 全員席に戻ったのを確認した波多野先生が、そう説明した。


 緑依風が恐る恐る紙を開くと、なんとクラス成績も学年成績も、共に『1』と書いてあった。


 ――もし、平均点八十点以下をとった場合、お店の手伝いは禁止ね。あなたは学生なんだから、将来の夢の前に、学業を優先しなさい。


 母親に口酸っぱく言われた言葉が、緑依風の脳裏によみがえる。


「(これなら、手伝いしてもいいよね!)」 

 緑依風は、胸をホッと撫でおろしながら、紙に書かれた数字を見ていた。


 もちろん、これで安心せずに、期末も二学期もその先も、好きなことを続けるために、ずっと注意しなければならない。


 *


 キーンコーンカーンコーン――。


 チャイムのベルが鳴り、休み時間になると、星華がガタッと音を立てて、椅子から立ち上がり、緑依風に近寄ってきた。


「りーふー!紙見せてっ!クラス何位なのっ?」

 緑依風の予想通り、キランと目を光らせた星華の要求は、順位の書かれた紙だった。


「いちいち見せるもんじゃないのっ――あ、こら!返してっ!!」

「へっへーん!どれどれ……」

 緑依風の机からサッと、用紙の入った筆箱を取った星華は、中から紙を取り出し、開けて見た。


「――緑依風さっすが!学年一位だ!」

「ちょっとぉ!!」

 星華が大きな声で発表したため、クラス中に紙の中身が知れ渡る。


「えっ、緑依風ちゃんが一位なの!?」

「すごーい!おめでとう緑依風!」

 亜梨明、奏音が小さく拍手をすると、それを聞いたクラスメイトも、パチパチと手を鳴らして、緑依風に拍手をおくる。


「(う、嬉しいけど……目立ちたくないから知られたくなかったのに~っ!)」

 緑依風は、頬を染めながら「ありがと」と、ぎこちないお礼を言った。


「日下は~?紙見せて~?」

「うん、いいよ」

 星華が爽太に近付くと、爽太は何事もないように紙を渡した。


「2!どっちも!!」

 星華の大きな声が、少し離れた緑依風達にも聞こえてきた。


「爽ちゃんもすごい……!」

 亜梨明は感動しながら、爽太に向かって拍手した。


「うちのクラスに学年トップが二人も揃うのは、ちょっと嬉しいよね。まっ、私達も頑張んなきゃいけないけど」

「しかも、学年トップはどちらも我がクラスの委員長!一組最強じゃん!」

 星華はハイテンションで飛び跳ねながら、爽太に紙を返却した。


 爽太は、少しだけ困った笑みを浮かべながら、まだ恥ずかしそうにする緑依風に視線を送った。


 *


「二位は日下か……」

 家に帰った緑依風は、母親に答案用紙を見せるため、リビングに向かっていた。


 リビングでは母の葉子が、夕食の準備をするためにエプロンを取り付けていた。

 優菜を幼稚園に預けてから、お迎えの時間まで木の葉で働いていた葉子は、疲れた顔をしている。


「お母さん、テスト返ってきたよ」

「そう……――!」

 葉子は緑依風のテスト結果を見ると、途端に嬉々とした表情に変わった。


「すごいじゃない!さすがだわっ!」

 葉子が褒めてくれるのが嬉しくて、緑依風もちょっぴり誇らしげに笑う。


「あのねっ!私、学年一位も取れたの!これなら、手伝いもしていいよね!?」

 

 ――そうね、これなら全然問題ないわね。


 緑依風は、そう言ってくれるのではと期待しながら、母親の口元が開かれるのを待っていた。


 しかし、次の瞬間、母の口からは思わぬ言葉が出てきた。


「これなら、もっと条件を厳しくしても大丈夫ね!」

「――えっ?」

 緑依風の笑顔は、一気に凍り付いたように固くなった。


「平均点八十点以内なんて、緩かったわね。こんなにできるなら、クラス十位以内……ううん、学年十位以内でも余裕ね」

「…………」


 ――そんなの、毎回は無理だよ。


 喉まで出掛かった言葉を、緑依風はゴクンと飲み込んだ。


 今回は、まだ授業を始めたばかりで、簡単な内容だったから取れたようなものだ。

 「勉強が好きだ」と、勉強会で宣言した爽太とは違い、緑依風は勉強が好きなわけではない。


 やらなきゃいけないからやる――理由はそれだけだ。


「なあに、緑依風。不満?」

「あっ、えっと……」

 母の目が、緑依風の心の中を覗くように、ギョロリと動く。


「本気でお父さんの店を継ぎたいなんて思ってないでしょ?いい高校に進学して、大学に行って、ちゃんとした会社に就職の方が、将来安心よ」

「…………」

「お母さん、手伝うなとは言ってないわ。好きなことばかりして、勉強を疎かにしないか心配で言ってるのよ。わかるでしょ?」


 ――本気だよ。私、お父さんのお店で働きたいの。


 言い返したいのに、声が出ない。

 緑依風は、母が心配してくれることに感謝しつつも、自分の考えを押し付ける母の言葉に、胸の真ん中がぎゅうっと苦しくなった。


「……うん、ありがとお母さん。私、頑張るね」

「うん、期末も期待してるわよ!」

 葉子は、素直に従う娘の態度に満足すると、テスト用紙を返して、夕食の準備に取りかかった。


「大丈夫っ……学年十位なんて、キープしてみせる!好きなことを続けるためには、努力しなきゃ……!」


 部屋に戻った緑依風は、クシャっと、答案用紙を握り締めながら己を鼓舞した。


 *


「……あ、の、ねぇ~!!」

 坂下家では、伊織が息子のテストの点数を見て、頭を抱えていた。


 晩御飯を食べ終えて、伊織にテスト結果を見せるように言われた風麻は、堂々としながら、テストを渡した。


「赤点はちゃーんと回避したぜ!」

「赤点回避は当たり前なのっ!平均点、四十七点って……」


 伊織は、「この点数で、よく堂々と見せられたわね……」と思いながら、五枚のテストをそれぞれ細かくチェックしていた。


「お、怒ってる……?」

 頭の痛そうな表情をしている母親に、風麻はおずおずとしながら聞いた。


「怒る気力も起きないわよ~……。学年一位になれとは言わないけど、半分くらい取ってほしかったわ」

 伊織は何度もため息をついては、「早くバラエティー番組の続き観たいな~」と言いたげな様子の息子に、あと一言、二言何か言わなきゃと考えていた。


 ――すると、「たっだいま~!」と、父親の和麻の声が聞こえた。


「あっ、父さんおかえりっ!」

「こら、風麻っ!テストの話まだ終わってないわよ!」

 逃げるチャンスと思った風麻は、父親のいる玄関にダッシュしていった。


「ん、出迎えなんて珍しいな!欲しいゲームでもねだりに来たか?」

「ちょっとお父さん、見てよこれ~!風麻の点数!それからこの子の平均点!」

「あっ――!」

 風麻は「ヤベっ!」と、和麻から離れた。


「…………」

 和麻は、ネクタイを緩めながら、風麻のテスト結果を一枚一枚、じっくりと見ている。


「この子ったら、こんな点数で得意げにしてるのよ。赤点じゃなくても、これじゃ高校進学が心配よ~」

「……赤点は、何点からなんだ?」

 真顔で聞く父親に、風麻は気まずそうに「さ、三十四点……」と、掠れた声でボソッと答えた。


 パラリ……と、紙を捲る音を立てた和麻は、風麻の目を見ると、鼻からフンっと、短い息を漏らした。


 ――やっべ、怒られる?


 風麻が父親からの説教を覚悟し始めると、和麻は「ガッハッハッハ!」と、豪快に笑い始めた。


「こんのぉ~可愛いバカ息子っ!」

「へっ?」

 和麻は大きな手で、小さな息子の頭をガシガシと乱暴に撫で回した。


「赤点より十三点も取れたのかっ!次はあと十五点多く取れよ~っ!」

「ちょ、ちょっとカズ――!」

 伊織は、ソファーに脱いだスーツを置きはじめる夫に、もっと厳しい言葉を言って欲しそうにしているが、和麻は「おなかすいたからご飯ちょうだい?」と、伊織に言った。


 風麻が乱れた頭に手を添えていると、和麻はニカッと歯を見せて、息子に笑いかけた。

 風麻も、ニッと歯を見せて、「父さんサンキュー!」と、声に出さずに、笑顔でお礼を伝えた。


「はぁ……しょうがない。風麻、期末はもう少し頑張ってね」

「へいへい……。赤点より、十五点多く取れるように頑張ればいいんだろ~」

「そうじゃなくて~!」

 伊織は、夫の食事の用意をしながら、リビングを出ていく息子の背中に「まったくも~」と小声で言った。


「カズも、風麻に甘すぎよ」

 ダイニングテーブルの椅子に座る和麻は、ヒヒッと笑いながら、「勉強なんて、やりたいやつがやればいい!」と、笑いながらビールに手を伸ばした。


「――それに、風麻風邪引いてそうだったしな。具合悪い子にガミガミ言っちゃ、可哀相だろ?」

「風邪?」

 伊織は、学校から帰宅してからの風麻の様子を思い返したが、しんどそうな様子は、これっぽっちも見えなかった。


「声枯れてただろ?」

「えぇ~……気のせいじゃない?」

 和麻は、自分の言葉を疑う、伊織の分のビールをコップに注ぐと、「それより、一緒に飲まないか?」と、妻を晩酌に誘った。


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