第31話 お風呂
部屋に戻った者たちは、リネン室から持って来た白いシーツを、布団や枕に取り付けていた。
「ただいま~。あ、みんなありがと」
キャンプファイヤーの打ち合わせから戻った緑依風は、自分の分を取り付けてくれた、ルームメイト達にお礼を言った。
『なでしこのへや』と書かれた表札の部屋には、緑依風、亜梨明、奏音、星華の他に、美紅とまりあが同室となっている。
美紅もまりあも、夏城小学校出身のため、緑依風と星華は旧知の仲だ。
*
「二段ベット、どっちがいい?」
『なでしこのへや』のルームメイト達は、誰が上で寝て、下で寝るのか、話し合っていた。
「私、上がいいー!」
星華が真っ先に手を挙げた。
「私は下がいいな。トイレ行きやすいし」
緑依風は便利さから下を選んだ。
「私も下がいい……。上は怖いもん」
まりあは高い所が怖いらしく、緑依風と同じく下の段を指名した。
「私は上にしようかなぁ……」
「亜梨明はうっかり足滑らせそうだから、下のほうがいいよ」
「えぇ〜……。二段ベッド初めてだから、上に登ってみたかったのに〜!」
奏音の提案に、亜梨明は唇を尖らせて反論した。
「じゃあ、電気消すまでは上に登っていいから。私、上にする」
相楽姉妹は、亜梨明が下のベッドになり、奏音が上となった。
「美紅はどうする?」
緑依風に聞かれた美紅は、「んふふふ~っ」と、掛けている赤ブチ眼鏡を光らせて、怪しげな笑い声を出した。
「上とか下とかってさぁ〜BLみたいだよね!あぁ〜、男子の部屋見に行きたーい!妄想が滾る~っ!」
ボーイズラブが好きな美紅は、ベッドの上と下を、自分の趣味の話と繋げているようだ。
美紅のことをまだよく知らない相楽姉妹は、顔を見合わせて、「BLってなんだろう?」と、不思議そうにしている。
「美紅~、今はベッドの話だから、早く決めてよ……」
「おっ、そうだね。攻めかな?」
「……上ってことでいい?」
美紅の言語の意味を理解した星華は、「はい、会議おしまーい!」と、手を叩いて話を打ち切った。
*
場所が決まると、『なでしこのへや』のルームメイト達は、荷物を自分のベット近くまで運んだ。
「お邪魔しまーす!」
亜梨明が奏音のベッドに登ってきた。
「どう?亜梨明ちゃん、二段ベットの感想は?」
緑依風が見上げて聞くと、亜梨明は「すごーい!たかーい!天井ちかーい!」と、小さい子供のようにはしゃいだ。
亜梨明の様子に、ルームメイト達が微笑ましい気持ちでいると、ゴンゴンと、少し力強いノック音と共に、波多野先生が入って来た。
「おーい、お風呂の時間だよー!五時半になったら二組に交代だからねー!」
「あー!波多野先生ー!」
「亜梨明楽しそうだね〜!体調は?」
波多野先生は、二段ベッドの上で手を振る亜梨明に聞いた。
「すっごく元気です!二段ベッドの魅力に気付いてしまって、今楽しいんです〜!」
「そっかそっか!でも、そろそろお風呂に行く準備してね」
「あ……」
『お風呂』というワードを聞いた途端、亜梨明の笑顔が消えた。
「?」
「……わかりました!準備しますね!」
亜梨明は落ちないように、ゆっくりと階段を降りて、入浴の準備を始めた。
波多野先生は、一瞬表情が曇った亜梨明が気になったが、星華が準備の手を止めて、美紅やまりあを巻き込んで、携帯で記念写真を撮っていたため、「こらこら」と、星華の携帯を取り上げた。
「持ってくるのはいいけど、時間厳守で行動できないなら携帯没収するよ」
「ちぇ、ぴょんのケチー」
波多野先生に注意された星華は、頬を膨らませて悪態をついた。
「文句言ってないで、早くお風呂行ってこい!」
波多野先生は星華に携帯を返すと、他の部屋の生徒にも伝えるため、部屋を出ていった。
*
『なでしこのへや』のメンバーが脱衣所に移動すると、先に来ていた他の班の子達が、服を脱いでに大浴場に入っていった。
緑依風が体操着を脱いで、上半身がブラジャー一枚になると、「緑依風また育った?」と、隣で既に素っ裸になった星華が、緑依風の胸元を見て言った。
「バカ言ってないでさっさと脱ぎなよ……って、こら!触るな!」
「いいじゃーん!宿泊研修といえばコレでしょ!」
緑依風が、星華のボディタッチを防ぐために、右隣にいる奏音の方を向くと、奏音も同じ女子として、友の発育が気になっていたようで、視線が星華と同じく中央に向いていた。
「……緑依風の家系って、みんなこうなの?海生先輩も大きいよね」
奏音の顔は、何故かとても真剣な表情だった。
「う、うーん……そうかもしれない」
ふざけて聞かれるより、真顔で聞かれる方が恥ずかしく、緑依風は下も全て脱ぐと、急いでタオルで前を隠した。
「私は……あんまり大きくなりたくないんだけど」
緑依風が本音を吐露すると、星華は「贅沢すぎる悩みだ~!」と言って、ギリギリと歯を噛み締めた。
「私なんて、まだブラジャーいらないくらい真っ平らなのに!!」
星華が悔しそうに地団太を踏む隣では、亜梨明がキャミソール姿のまま、元気のない顔をしていた。
「どうしたの亜梨明ちゃん?みんなでお風呂入るの恥ずかしい?」
緑依風が聞くと、亜梨明は「あ、あのね……」と、少し泣きそうな顔でキャミソールの胸元部分を、きゅっと握り締めた。
「だいじょーぶ!女同士なんだから、恥ずかしくないよ!」
星華は大胆にも、タオルを取り払い、自分の裸をさらけ出すように、堂々としたポーズをとった。
「あのっ……私、きっと怖い……からっ!」
「怖い?」
奏音はその言葉に、亜梨明が何を恐れているのか察した。
「あ~、傷跡気にしてるのか」
奏音の言葉に亜梨明は頷いた。
「ごめんね……気持ち悪いもの見せちゃうから……」
亜梨明が周囲の目を気にしながら、ゆっくりとキャミソールを脱ぐと、亜梨明の胸に、小さな傷跡が数か所残っていた。
緑依風も星華も、亜梨明の傷跡を見た瞬間、息を呑んだ。
それは、先程まで元気いっぱいに遊んでいた彼女が、今までどれほど大変な思いをしたかを表していた。
「小さい手術は……何度か受けてて。……気にしないようにしようと思ってたんだけど、みんな綺麗な体してるのを見たら、気持ち悪がられるんじゃないかって、怖くて、恥ずかしくてっ……!」
亜梨明は腕で痕を隠すと、怯えるように震えた。
「――頑張った痕でしょ?大丈夫だよね!」
緑依風が星華に言った。
「うん、ぜーんぜん気にならない!」
「…………!」
亜梨明が前を向くと、緑依風と星華はニッと笑った。
「タオルで前を隠せば誰もわからないし、他の子の視線が気になるなら、私達で見えないように隠してあげるから!」
星華が、自分の前をタオルで隠しながら言うと、亜梨明の腕に込められていた力が、ふっと緩んだ。
「ほら、みんな大丈夫だってさ。早く入っちゃおう!」
奏音が亜梨明の背中に触れながら、お風呂に行くことを促した。
「うん、ありがとう……!」
みんなの言葉で勇気が出た亜梨明は、さっきまで怖がっていたのが嘘のように、笑顔で大浴場へと向かった。
*
夜八時になると、この野外活動でのメインイベント、キャンプファイヤーが始まった。
轟々と燃え滾る炎を囲みながら、各クラスで練習した歌の披露をし、最後には一年生全員と、先生達も混ざって、フォークダンスを踊った。
遠くで鳴くカエルの声や、虫の声も素敵なBGMとなり、楽しい時間となった。
九時になると、火は消化され、生徒は明日に備えて、部屋に戻って休むように伝えられた。
まだ遊びたいと名残を惜しむ者、クタクタに疲れて、既に眠気に負けそうな者など、生徒達の声は様々だ。
亜梨明が、緑依風達と話をしながら部屋に戻ろうとすると、「亜梨明」と、爽太が後ろから声を掛けてきた。
「先行ってるね!」
「うん!」
クスッと笑った緑依風に返事をすると、亜梨明は爽太の元へと近付いた。
「どうだった?初めての宿泊研修」
「すごく楽しかった!オリエンテーリングも、アスレチックも、川遊びも、キャンプファイヤーも!……ただ、飯盒炊爨が無かったのが少し不満かな……」
少しだけ頬を膨らませて言う亜梨明に、爽太は「飯盒炊爨?」と、首を傾けた。
「だって、野外活動とかキャンプって言ったら、カレーでしょ?緑依風ちゃんの学校ではあったんだって!みんなでカレー作りたかったなぁ~……」
緑依風から聞いた話では、彼女が小学校時代に行った野外活動では、夕食にみんなでカレーを作ったらしく、亜梨明もやってみたいと思っていたのだが、この中学校では飯盒炊爨は無く、宿泊施設が用意した食事を、ビュッフェスタイルで食べたのだ。
「――でもね、飯盒炊爨はできなかったけど、今日は私……漫画とか、本の中の主人公になれたような気持ちだったんだ!」
「主人公?」
亜梨明は強く頷くと、きらめく星空を見上げた。
「今まで、友達と一緒に協力し合って何かをしたり、めいっぱい遊んで過ごすなんてなかったし、それは私にとって、テレビや漫画の世界と同じだった。でも、それが今日は全部叶ったんだもん!……本当に、夢のような一日だった!」
亜梨明の瞳は、星空に負けないくらい、キラキラと輝いている。
隣にいる爽太にも、彼女の『嬉しい』という心の光が、眩しいくらいに伝わっていた。
「まだこんなの序の口だよ!これからいろんなイベントがあるんだから!」
「うん!毎日が楽しみ!」
にっこり笑う亜梨明に、「ふふっ」と、笑う爽太だったが、「まぁ、次の大きなイベントは、中間テストかな?」と、いきなり現実的な言葉を告げた。
「……テ、テスト!」
亜梨明は、瞳を輝かせていた姿から一転して、ビキッと、石化したかの如く固まった。
「ど、どうしよう、英語が……数学が……」
がっくりと頭を垂れ、苦手科目をブツブツと暗い声で呟く亜梨明……。
「……ふっ、あはははっ!」
表情をコロコロ変える亜梨明が可笑しくて、爽太は堪えきれずに笑った。
「心配しなくても、僕でわかる範囲なら教えるから!」
自分の頭に手を添える爽太に、亜梨明は「お願いします……」と、しょんぼりしながら言った。
――二人の姿を少し離れたところから眺めていた風麻は、ムスッとした表情で、ズボンのポケットに手を突っ込んでいた。
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