第30話 アスレチックとシャイボーイ


 オリエンテーリングをゴールした者達から、自由時間となった。


 昼食を食べ終えた生徒達は、各々自由に遊び始めていた。

 施設から借りたボールを使って、原っぱで遊ぶ者もいれば、森の中にある川で、水遊びする者もいる。


 この宿泊研修での一番の目的は、一年生同士の友情を深めることだ。


 二か月前までは小学生だった、夏城中学校一年生の生徒達。

 不慣れな中学校生活で、緊張も多かったであろうが、今日の一年生は、まるで小学生に戻ったかのように、あどけない笑顔を輝かせて、同級生とめいっぱい遊んでいる。


 緑依風、風麻、亜梨明、爽太、奏音、星華の六人は、森の中にあるアスレチックを回っていた。


 他の生徒達は、一つ目のアスレチックから、順番に廻って遊んでいるのだが、緑依風達は、アスレチックで遊ぶことなど無縁だった亜梨明に合わせて、彼女が挑戦しやすいものだけを選んで、回ることにした。


 亜梨明は、腕の力なども弱いため、自分の体を支えながらこなす遊具は難しいようだが、網目のロープで登るだけのものや、軽いジャンプで渡るだけのコースはすぐにクリアできた。


 午前中、一時間半近く歩き続けたというのに、亜梨明は不調を訴えることなく、「次、あれ行きたい!あれ教えて!」と、アスレチックを楽しんでいた。


 メンバーの中で一番運動が得意な風麻は、日頃、共通の話題が無くて会話がしづらい亜梨明に、アスレチックの攻略法を教えようとしていた。


 ――が、恋愛経験が今までなかった風麻は、いざ話しかけようとすると、緊張で上手く言葉が出てこず、そうしてるうちに、爽太や奏音、星華が先に、亜梨明に遊び方を教えてしまうため、今のところ、風麻が亜梨明に遊び方を教える出番はなかった。


 元々、風麻は女の子と話すのが少し苦手だ。


 何をするのも集団で動く、『女子』という生き物。

 すぐに内緒話をしたがり、何かと男子を下に見ている気がする……。


 小学校時代は、男子が女子に触れれば、また、女子が男子に仲良さげに話しかければ、周りはすぐに冷やかしてくる。


 その光景を何度も目にしたし、自身も緑依風との仲の良さを、からかわれることだって多かった。


 そういった経験から、風麻は一部の女子を除いて、あまり関わりたくなかったのだ。


 そして、これまで避けていたツケが、こうして今の状況を作っている。


「(さっきも結局、少ししか喋れなかったんだ……。簡単に教えられそうなやつねぇかなぁ……)」


 *


 ロープのトンネルを抜ける遊具を遊び終えた六人は、木にもたれながら休憩を取っていた。


 すると、「キャーッ!」と、叫びながら笑う他の生徒の声を聴き、一同は斜め前方のアスレチックに目を向けた。


 それは、ロープに掴まり、足を金具に掛け、向こう岸まで滑走する遊具だった。


「あれ、ターザンみたいなやつ⁉︎」

 亜梨明が横にいた風麻に聞いた。


「そうそう!あれ、めちゃくちゃ面白いんだぜ!」

 風麻は、ようやくチャンスが来たと思い、次はあの遊具に行こうと、提案した。


 『ロープウェイ』と書かれた、看板の前に来た六人。

 近付いてみると、出発台から向こう岸までの距離はやや遠く、高さもあった。


「なんか、結構スピード出るね……」

 緑依風が言うと、亜梨明は少し怖くなったのか、半歩後ろに下がった。


「怖いならやめておこう。無理にしなくていいよ」

 奏音に言われると、亜梨明は悩むように黙って、地面と遊具を交互に見ていた。


 風麻は、せっかく訪れた機会を逃したくないと思い、「大丈夫だって!」と、先陣を切って列に並んだ。


「しっかり掴まってりゃ絶対落ちないし、風を感じながら降りていくの、空飛んでるみたいで楽しいんだぜ!」

「空……!」

 亜梨明は風麻の言葉を聞くと、やってみたい気持ちが戻ったようで、「頑張ってみる!」と、風麻の後ろに並んだ。


 風麻は、かっこよく渡って、亜梨明にいい所を見せたいと意気込んだ。

 ロープウェイなら、小さい頃から何度も遊んだことがあるし、先程までの遊具よりも、実演した方が伝わりやすいものだ。


「よしっ!やってみるから見てろよ~っ!!」

「うん!」

 自分の順番がやって来ると、風麻は助走をつけて、ロープに飛び掴まった。


 シャーッという音ともに、向こう岸まで滑る風麻だったが、助走をつけすぎたのか、掴まっていたロープの金具が、到着台の上にある留め具にガンッと、勢いよくぶつかった。


「うわっ、わわっと……!!」

 風麻はその振動で、ロープから手を滑らせ、板で作られた台にドシンと、尻餅をついて落下してしまった。


 風麻が落ちると同時に、向こう岸から「あはははははっ!」と、笑い声が聞こえてくる。


 「(――さいっあくだ……!!)」

 あまりのかっこ悪さに、お尻の痛みよりも恥ずかしさが勝る。

 

 *


 ――出発台では、風麻の失態を笑う者の声で溢れていた。


「あーあ、痛そう……」

 星華は、お尻を撫でて、バツの悪そうな顔をしている風麻を、目の上に手をかざしながら見ていた。


「あれはお尻にアザできたね……」

 緑依風も「かっこつけるから」と、呆れたようにため息をついて、苦笑いした。


 亜梨明は、風麻が落下したことで不安になり、「やっぱり、ちょっと怖いかも……」と、爽太が手繰り寄せているロープをチラリと見た。


「風麻みたいに助走をつけすぎなければ、そんなにスピードは出ないよ」

「…………」

 爽太は、戻ってきたロープを亜梨明に差し出したが、亜梨明は迷っているようだ。


「……じゃあ、僕が先に行くよ。助走つけずにやるから、見ててごらん?」

 爽太はそう言うと、ロープに掴まり、助走をつけずに地面を蹴った。


 ――爽太が掴まったロープは、緩やかに滑走し、静かに金具にぶつかって、動きを止めた。


 無事に着地した爽太は、ニコッと、遠くにいる亜梨明に笑顔を見せた。


「…………!」

「おっ、日下上手いね〜!……どうする、亜梨明も行く?」

「私も上手くできるかな……?」

 亜梨明がまだ迷いを見せていると、「だーいーじょーぶーっ!!」と、爽太の大きな声が飛んできた。


「僕が止めてあげるから乗ってごらん!」

「……だってさ!行ってみる?」

 奏音は、両手を広げて誘う爽太に視線をやりながら、亜梨明にロープを手渡した。


「むしろ、勢いつけてそのまま抱きついちゃいなよ!」

 星華がニヤニヤしながら言う。


「……やってみる!」

 意を決した亜梨明は、ロープに掴まり、地面を蹴った。


 風が顔を横切り、すごい速さで向こう側の景色が近付いてきた。

 

 ――少し怖い。けど風が気持ちいい。


 ――と、亜梨明が思ったところでロープは留め具に当たり、衝撃で引っ掛けていた足が外れそうになった。


「きゃっ……!!」

「……っと!」

 落ちそうになった亜梨明を、爽太が抱きしめるような形でキャッチした。


「そ、爽ちゃんごめんっ!」

 亜梨明はパッと体を離し、爽太に謝った。


「ううん、大丈夫。……で、どうだった?」

 爽太はニコニコしながら、亜梨明に感想を聞いた。


「ちょっと怖かった……けど、楽しい!!もっかいやりたい!」

 亜梨明は今まで生きてきて、怖いのに楽しいなんて、真逆の感情を両方味わうことなど、一度もなかった。


「うん、もう一回やろう!」

 爽太は、亜梨明の喜びの感情が通じ合っているかのように、彼女と同じくらい嬉しそうに笑った。


「(あーあ……結局、また爽太に持ってかれたか)」

 風麻は少し不満そうな様子で、二人の後ろをついて行く。


 初めてのスリリングな体験に感動した亜梨明は、ロープウェイの面白さにすっかり虜になってしまったようで、何度も繰り返して遊んでいた。


 *


 アスレチックで遊んだ後は、川に向かった。


 六人は、他の生徒達と同じように、靴と靴下を脱ぎ、川の中で水遊びを楽しんだ。


 生徒と一緒に遊んでいた波多野先生は、「あんたら、体操着濡らしすぎないでよー!」と、注意していたが、自身もジャージのズボンを大幅に濡らしていた。


 初夏の日差しの暑さに、冷たい川の水はとても気持ちよく、森の木の葉が風に揺れて奏でられる音が、さらに癒しの時間を与えてくれた。


 相手が困らない程度に水を掛け合い、ツルツルの丸い石を拾ったり……。

 中には、退けた石の隙間から、小さな魚を見つけた者もいた。


 *


 楽しい時間はあっという間で、波多野先生は腕時計で時刻を確認すると、ピーっと、ホイッスルを吹いた。


「はい、センターに戻るよー!」

「えぇ~っ……」と、生徒たちの不満な声が上がる。


「クラス委員はキャンプファイヤーの話があるから、ロビーに集合。他の子達は寝泊まりする部屋のベッドメイキングね!」

 波多野先生の指示を受けた生徒達は、靴を履いて、ぞろぞろと宿泊施設に戻り始めた。


「ベッドメイキングが終わったら、お風呂だね!みんなどんな下着で来た~?」

 ニヤニヤした星華が、小さな声で女友達に聞くと、奏音は「ばーか」と言いながら、星華の横っ腹を肘で小突いた。


 その声が聞こえた風麻は、女の子たちの前方で、キュッと口を真横に結んだ。


「ん?どうかした?」

 隣を歩いていた爽太が聞くと、風麻は「べっ、別にっ!」とやや裏返った声で答えながら、先日のハプニングを思い出していた。


「……お風呂か」

「――亜梨明ちゃん?」

 緑依風は、亜梨明が突然立ち止まってしまったため、二、三歩後ろにいる彼女の元に戻った。


「疲れた?たくさん遊んだもんね……」

「あ、ううん!そんなに疲れてない!ホントだよ!いこっ!」

 亜梨明は緑依風の手を繋ぎながら、体操着の中にある、自分の体を気にしていた。


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