第29話 オリエンテーリング


 オリエンテーリングに出発した、緑依風、風麻、亜梨明、爽太、奏音、星華、紫郎の四班のグループは、自然あふれるあぜ道を歩いていた。


 オリエンテーリングでは長い道のりを歩くため、全員が亜梨明の体力を心配していたのだが、当の亜梨明は、初めての風景にはしゃいでおり、まるでスキップでもしているかのようだ。


「ちょっとぉ~!一人で先に行かないで!」

「あっ、見て!今田んぼで何か跳ねたよ!!」

「マジ?どの辺⁉」

 奏音の忠告も聞かずに、亜梨明は星華と一緒に田んぼを見ている。


「もぉ~……途中でバテても知らないよ」

「亜梨明さん……元気だね」

 七人の中で一番疲れた顔をしているのは、漫画研究部所属の中村紫郎だ。


 この日も気温は夏に近く、空気は乾いて爽やかなのだが、強い日差しが苦手なのか、紫郎は一番後ろでゆっくり歩いている。


「あの子、テンションが上がるといつもあんな感じなんだ」

 奏音は、紫郎にそう説明すると、「ごめんね」と謝った。


「いいんじゃない?元気に笑ってる顔見てる方が、こっちも安心するからさ」

 爽太はクスッと笑いながら、亜梨明を見ていた。


 校外学習というのは、学校で過ごしている時よりも、それぞれの性格が表れる。


 班長を務める緑依風は、責任感の強い性格なので、地図を確認しながら、道順があっているのかどうか、慎重になっている。

 

 しっかり者の奏音は、亜梨明に「はしゃぎすぎない!」と叱りつつも、元気な双子の姉の姿に嬉しそうだ。


 星華と亜梨明は、好奇心旺盛なのか、景色を楽しみながら歩いており、爽太は普段と変わらず、穏やかな笑みを浮かべながら、グループの様子を見ている。


 そして、風麻はというと、この宿泊研修中に、亜梨明と距離を縮めたいと考えており、そのチャンスを伺っていたのだった。


 *


 ――四班が、野外活動センターを出発してから、既に一時間経過していた。


「うーん……」

 ゴールまであと半分の距離まで来た四班は、地図を見ながら、目の前にそびえたつ、白い壁を見ていた。


 地図を見ながら辿り着いた場所は、高い外壁によって、行き止まりになっている。


「道……間違えたのかな」

 緑依風は何度も、周りの風景と地図を交互に見ては、眉間にシワを寄せて唸っていた。


「でも……お地蔵さんここにあるよね?」

 奏音も、地図に書いてある目印と、真横にある地蔵を見て、一緒に悩んでいた。


「ちょっと……疲れちゃった」

 急な傾斜の坂道ばかりを歩いた亜梨明は、疲労が溜まり、アスファルトの上に座り込んでお茶を飲んだ。


 星華は、車や人通りが無いのをいいことに、亜梨明の隣で大の字になって寝転がり、紫郎も運動が苦手なインドアタイプなので、同じく座り込んで「もう帰りたい……」と愚痴をこぼした。


「道があるとすれば……」

 風麻は、白い外壁の横にある、雑木林の方角を見た。


 ――雑木林はうっそうと暗く、一見すると、目的地に繋がっているとは考えにくい。


「入って大丈夫なのか不安だけど、やっぱりここだよね……」

 緑依風も地図と照らし合わせて、この道しかないと思っていたようだ。


「じゃあ、ここ進むか!」

 奏音はそう言うと、手をパンパンと叩きながら「三人とも立って~!」と、声を掛けた。


「えぇ~っ!この道を行くのかいっ⁉」

 紫郎は嫌そうな顔で、大声を上げた。


「だって、地図の通りだと、この道しかないよ?」

 緑依風が地図を見せながら説明するが、紫郎は「無理無理っ!」と、首を横に振る。


「だいたい、本当にそこであってるの⁉暗いし、不気味だし、イノシシとかヘビが出てきそうな道じゃないか!!僕やだよっ!!」

「そんときは逃げればいいじゃん」

 星華が軽い口調で言うと、紫郎は「走れない亜梨明さんはどうするんだよ!」と、亜梨明に指をさした。


「――――!」

 紫郎に指をさされた亜梨明が、ハッと息を呑むと、他の五人の視線も亜梨明に集まった。


「…………」

「あっ……亜梨明さん、そのっ……!」

 紫郎が謝ろうとすると、亜梨明は「いいよ、謝らないで……」と言って、謝罪を断った。


 亜梨明が申し訳なさそうな顔をすると同時に、発言した紫郎も、緑依風達も、気まずそうな表情になった。


 紫郎は亜梨明の心情を考えずに発言したことを後悔し、緑依風や星華達は、危険な場面に遭遇した時のことなど無計画だったと、後悔した。


 亜梨明は、自分が足手まといになることや、紫郎や他の仲間の気持ちを暗くさせてしまったことに、息が詰まりそうになった。


「そ、その時は……」

 亜梨明が俯いたまま黙り込むと、周囲の空気はますます重くなった。


 ――置いていっていいよ。


 なんて言えば、ますます周りを困らせてしまうと、悩んでいた時だった。


「――その時は、僕が背負って走るから大丈夫!」

 爽太は力強い声でそう言った。


 爽太以外の仲間達は、呆気にとられて、ポカンとしている。


「で、でも重いよ私っ!」

 亜梨明は顔を真っ赤にして、爽太の申し出を断ろうとしたが、爽太は「そんなことないよ」と、軽く笑った。


「前も亜梨明おぶって走れたし、全然重くなかったよ。それに、普通は危険な動物に会っても、背を向けて逃げるより、静かにゆっくりと立ち去るのが安全だから、そういったことには滅多にならないと思う」

「そ、そうなのか……?」

 紫郎は、掛けている眼鏡のズレを直しながら、爽太に聞いた。


「中村、これならいいよね?」

「――う、うん……」

「じゃあ、行こうよ」

 爽太は、「何も心配いらない」といった眼差しをしている。


「そうだね、行こう……!」

 緑依風もそう言うと、他のメンバーも意を決して、薄暗い雑木林の中へと入っていった。


 *


 林の中は、入り口こそ折れた枯れ枝や、トゲトゲした細い草がたくさん生えていたが、少し進むと、誰かが通った名残の足跡があり、不安な気持ちは一気に薄れた。


 空は生い茂った木々に遮られて、光は遠い。

 砂利や土によって、靴は泥まみれになっていく。

 細くなった道では、伸びすぎた雑草が、肌が露出した部分の腕や足に当たり、むず痒くなる。


 きっと、この道を歩くのが一人ならば、途中で引き返すことも考えていたかもしれない。


 ――でも、仲間がいる。


 四班のメンバーは、互いに声を掛け合い、獣道を歩き続けた。


「ひゃっ――!」

 ぬかるんだ地面に足を取られた亜梨明を支えようと、近くにいた緑依風、風麻、爽太が手を伸ばす。


「ありがとう……」

 亜梨明は、三人にお礼を言った。


「こけなくてよかった――ん?……痛っ!」

 今度は、緑依風の髪が、木の枝に引っかかってしまった。


「じっとしてろ……」

 風麻が緑依風の絡まった髪の毛を、丁寧に解いた。


「――よし、取れたぞ」

「あ、ありがと……」

 緑依風が照れながら礼を言うと、前の方で「みんな平気ーっ⁉」と、星華の声が聞こえる。


「……あっ、センターが見える!!」

 奏音が明るい場所を指さして叫ぶと、後ろを歩いていた緑依風達も、少し急ぎ足で出口に向かった。


「――道、あってたんだね!」

 亜梨明が緑依風を見上げて言った。


「うん、あともう少しだ!」

 四班のメンバーは雑木林を抜けると、ゴールとなっている大きな建物を目指して歩いた。


 *


「とうちゃーくっ!!」

 星華が波多野先生が立つ場所に、駆け足で到達した。


「おつかれー!最後から二番目だね!」

 四班のグループは、どうやらギリギリ最後を免れたようで、ビリのグループは、なんと雑木林を迂回して、ゴールに戻ってきたようだ。


 緑依風は無事に到着したことで、安堵したように表情を和らげ、星華は波多野先生の前で、ちょこまかと動きながら、話をしている。


 紫郎はもうクタクタのようで、芝生の上に寝転がり、それを見つけた、彼の幼馴染の朝倉美紅にからかわれている。


 亜梨明は、長距離を歩くことに慣れていない自分は、きっと疲労で動けなくなると思っていたのだが、それを達成できたことに心満たされ、不思議なことに、出発前より体が軽く感じていた。


「なんか……もう一周周れそう!」

「はぁっ⁉」

 奏音が驚いて振り向くと、爽太は「はははっ!」と声を出して笑った。


「オリエンテーリングはもうおしまいだよ。でも、お昼食べたら自由時間だし、今度はそっちを楽しもうよ!」

「お昼!」

 亜梨明がそう言った途端、背後からぐぅ~という、低い音が聞こえた。


「――今の亜梨明?」

 爽太に聞かれた亜梨明は、「私じゃないけど……」と、音の鳴った方へと振り向いた。


 ――視線の集中した先には、お腹を押さえた風麻がいる。


「……今のは俺」

 風麻が少し恥ずかしそうに言った。


「私も、おなかすいちゃった!」

 亜梨明もお腹を手のひらで押さえた。


「じゃあ、みんなであっちの芝生で食べよう!」

 緑依風がそう言うと、四班のグループは、美紅のいる三班のグループのメンバーと共に、昼食をとることになった。


 太陽の下で、芝生の青い空気を吸い込みながら、レジャーシートを敷いて、みんなで繋げる。

 教室ではあまり話すことの無いクラスメイトとも、会話が盛り上がった。


 楽しい会話が最高のスパイスとなった、今日のお弁当は、いつもよりとても美味しく感じたのだった。


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