第28話 野外活動


 ブロロロローと、エンジン音の唸るバスの中で、夏城中学校一年一組の生徒達は、他のクラスの生徒が乗るバスと共に、夏城町から遠く離れた、県外の野外活動センターを目指していた。


 バスの中は、前後左右の友達とお菓子を交換しながら、ワイワイとお喋りをする者、到着時間まで眠る者など、様々だ。


 夏城中学校では、毎年五月中旬になると、一年生同士の交流を深めるために、一泊二日の野外活動による、宿泊研修が行われる。


 中学校に入学したての一年生にとって、初めての大きなイベントだ。


「晴れてよかったねー!」

 奏音が、窓の景色を眺めながら言った。


「ホントだよ~」と、言いながら、進行方向を前にして、左二列の通路側に座る緑依風は、すでに跳ね始めている毛先に触れた。


「宿泊研修用に、小さいストレートアイロン持って来たんだけど、これ、あんまり綺麗に真っ直ぐにならなくてさ~。湿度が多いと、くせ毛があまり直らないんだ……」

 相変わらず、自身のくせ毛を気にする緑依風の右隣では、亜梨明が足を揺らしながら、鼻歌交じりにニコニコとしていた。


「亜梨明ちゃん、すっごく嬉しそうだね」

「うん!学校でお泊りなんて初めてだから、野外活動のお話聞いた日から、ずーっと楽しみだったの!」


 緑依風にそう答える亜梨明の隣では、奏音が「張り切りすぎて、真夜中に荷物詰め直すことになるとは思わなかった……」と、げんなりした表情で呟いた。


「一泊なんだから、必要最低限の荷物でいいのに……。鞄がパンパンに膨れて、破裂しそうになってたよ……」

 奏音が前日の様子を、呆れた声で語ると、亜梨明は「だって、だってー!」と言いながら、奏音の方を向いた。


「川遊びするなら、濡れた時のための着替えも必要だと思うし、夜はみんなで遊べるように、トランプとか、ボードゲームとかもあったほうがいいかなとか、考えだしたら、どれも必要かなって思ったんだもん!」

「就寝時間になったら、寝ないと怒られちゃうよ」

 緑依風が苦笑いしながら言うと、亜梨明は「えぇ~っ!!遊ばないのっ⁉」と、驚いたように叫んだ。


「も~~、みんな近くであんま騒がないで~!」

 そう注意したのは星華で、彼女は緑依風の隣で、真っ青な顔をしながらビニール袋を持っていた。


 いつもは元気だが、実は車酔いが酷い体質の星華は、野外活動は楽しみでもあり、恐怖でもあった。


「星華ちゃん辛そう……。大丈夫?」

 亜梨明が心配して聞くと、星華は「大丈夫、大丈夫~」と、言いつつも、片手で口を押さえて、「うっ……」と、低い声を上げた。


「酔い止めは飲んだんだけど、吐いたらゴメンね……音とか、ニオイとか……」

 星華が万が一のために、予め謝罪の言葉を述べた。


「車酔いするなんて意外すぎ……。普段の星華見てると、そんな繊細なとこなんて、何にも感じないもん」

 奏音がやや失礼な発言をすると、星華はのそっとした動作で、緑依風の隣から身を乗り出した。


「……亜梨明ちゃん、場所チェンジしない?私、奏音の隣で吐くわ……」

 星華が、「今すぐ吐くぞ!」という目つきで、奏音のそばに近付いていく。


「やめてよ!!」

 奏音は、自分の顔の近くまでやって来た星華に叫んだ。


「吐きそうになったら背中さすってあげるから、しばらく寝てなよ……」

 緑依風が星華をなだめると、自分の座席に戻った星華は、タオルを顔にかけ「そうする……」と言って、目を閉じた。


 *


「空上大丈夫か……」

 別の席では、緑依風達のやり取りを聞いてた風麻が心配していた。


「爽太は乗り物大丈夫なんだな」

 風麻は、自分の隣に座っている爽太に話しかけた。


「うん。飛行機とか船は、乗ったことないからわからないけど、バスとか車は大丈夫」

 爽太はそう答えながら、体操着のズボンポケットから、小さく折りたたんだしおりを取り出した。


 普段は制服姿の生徒達だが、この宿泊研修の主な服装は、体操着なのだ。


「――野外活動センターに着いたら、荷物を置いて、説明を聞いて、オリエンテーリングか」

「ぴょん先生は確か、速ければ一時間くらいで周れるって、言ってたよな?」

 風麻は、ホームルームで聞いた話を思い出しながら言った。


「うん。でも、僕らの班には亜梨明がいるし、坂道や階段の多い場所なら、少し心配だな……」

 心臓の弱い亜梨明にとって、長距離を歩き続けることや、急な坂道や長い階段は、体に大きく負荷がかかるため、なるべく避けたいものであった。


 爽太自身も、亜梨明と同じ病を経験しているため、彼女がどのようなことをすれば、具合が悪くなりやすいのか全部理解していた。


「んじゃ、相楽姉があまり疲れないように、俺らはゆっくり行こうぜ。緑依風達も、それは最初からわかってんだろうし、中村も賛成してくれるだろ」

 風麻が、そう提案すると、爽太は安心したように笑みを浮かべ、「ありがとう」と、風麻にお礼を言った。


「……なんでお前が礼を言うんだよ」

「え?」

「俺ら、相楽姉とは友達……だろ?」

 風麻はチラリと、後ろから聞こえる、亜梨明の明るい声の方へ視線を移した。


「うん、友達だ」

「友達に合わせて行動するのは、当たり前だろ」

 風麻の心は、『友達』として助けたいという気持ちではなく、『好きな人』を助けたいという気持ちだったが、まだこの気持ちは、自分だけの中に潜めておきたかった。


 *


 中学校を出発して二時間程経つと、バスは予定通りの時刻に、目的地に辿り着いた。


 星華は、バス酔いにより嘔吐してしまい、げっそりとした顔で、バスから降りた。


「誰よ……バスの中で、スルメイカとか臭いやつ食べたの……」

 彼女はどうやら、誰かのおやつの強烈な匂いによって、余計に吐き気を催してしまったようだ。


「まぁ、美味しいんだけどね」

 緑依風は、フラフラする星華を支えながら、宿泊用の鞄が置かれている場所に、共に向かった。


 荷物を受け取った亜梨明は、顔を上げて、辺りの景色を見ると、くりっとした目を大きく開いた。


「わぁ~っ!!」

 亜梨明は、初めての景色に大感動するように目を輝かせた。


「奏音、見てみて!周りが山だらけだー!!きれーい!!」

「山だらけで綺麗って……。夏城でも山は見れるじゃない……」


 亜梨明の幼稚な感想に、奏音は鼻で笑っていたが、「でも――」と、周囲を見渡すと、「確かに、綺麗な所だね」と、亜梨明と同じように感動していた。


 同じ山でも、夏城から見える山とは高さが違う。

 宿泊施設の周りも、青々とした草が生える広い原っぱが続いて、とても気持ちが良い。

 自分たちの頬をかすめる風も、草や土の匂いが混ざっていて、おいしく感じる。

 

 今日から明日の昼過ぎまで、ここを拠点に過ごすのだ。

 広々とした大地と、見慣れぬ風景に、テンションが上がる生徒達……。


 そんな生徒達の表情に、教師達も微笑みを浮かべるのであった。


 *


 宿泊施設に大きな鞄を置いた生徒達は、最小限の荷物を詰めたリュックサックを背に、先生からの説明に耳を傾けていた。


「車の通りが多いから気を付けて!他の通行人の方々に迷惑にならないようにしてくださいねー!」

 波多野先生が、拡声器を使って注意した。


 説明が終わると、今度は各班ごとに集まるように指示を受ける。


 緑依風を班長にしたグループは、四班となっており、メンバーは緑依風の他に、風麻、亜梨明、爽太、奏音、星華、紫郎の七人だ。


 メンバーは集まると、緑依風を中心にして、しおりに描かれた地図を見た。


「ポイントごとに先生がいるから、それさえ気を付ければ迷わないと思うけど……」

 緑依風はそう言いながら、ポケットにある携帯電話に触れた。

 

 他の生徒達は、オリエンテーリング中の携帯電話の使用は禁止なのだが、この班には亜梨明がいるため、緊急時のためにと、班長の緑依風のみ使用が許可された。


 緑依風は班長として、亜梨明や他の仲間と共に、無事にセンターに戻ってこれるよう、自分の役割に責任を感じていた。


「亜梨明ちゃん、疲れたらすぐに言ってね!」

「うん!」

 元気に返事をする亜梨明は、早く出発したくてたまらなさそうにしている。


「じゃっ!四班しゅっぱーつ!!」

 星華が、グーにした手を空に向かって突き上げると、それに合わせるように、四班のメンバーも「おーっ!」と、拳を空に伸ばした。


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