第24話 忠告


 今回のお話は、少し巻き戻り、緑依風が髪に願いを込める二時間程前の出来事だ。


「――はい、今日はこれで以上!委員長、挨拶おねがーい!」

 波多野先生が言うと、一年一組のもう一人の学級委員長、松山緑依風が、「起立――礼」と、号令をかけた。


 その一組の教室の前では、二組の生徒である三橋直希が、黄色いビニール袋を手に下げながら、何やら賑わう一組の様子を不思議に思っていた。


 ――ガラッ、と一組の教室のドアが開かれると、教室の中から一組の生徒達が、「可愛かったね~」「すっかり人気者だな~」と、会話をしながら、楽しそうな様子で出てきた。


「なんだなんだ?」と、直希が教室を覗き込もうとすると、「おっ、直希じゃん」と、爽太と並びながら出てきた風麻が声をかけた。


「よっ!」

 直希が片手をヒョイと上げながら、風麻に言った。


「風麻に借りたCD持ってきた。貸してくれてサンキューな!」

「もう聴いたのか」

 直希が手に持っていた黄色い袋には、風麻から借りたCDが入っていた。


「さっき、一組から賑やかな声聞こえてきたけど、なんか楽しいことでもあったのか?」

 直希が風麻に袋を渡しながら、ニヤニヤと歯を見せて聞いた。


「ん?あぁ……爽太が、相楽姉の髪の毛をオシャレにしたんだよ」

「オシャレに?」

 直希が首を傾げると、「髪を結っただけだよ」と爽太が、斜め後ろで友達とお喋りをしている亜梨明に、視線を向けた。


 亜梨明のような、背中まである長い髪をおろして過ごす女子生徒は少ないので、そのロングヘアーが、彼女のトレードマークとなっていたのだが、今、直希の瞳に映る亜梨明の髪は、高い位置でツインテールに結われていた。


「ああ、最近爽太が気にかけてる女の子か」

 亜梨明が学校で倒れて以来、他のクラスにも亜梨明の病気の話は、担任の先生を通して皆聞いていた。


 直希は、担任の竹田先生にその話を聞いた時、自分が小学校に入ったばかりに出会った、かつての爽太を思い出した。


 出会ったばかりの爽太は、いつも教室で寂しそうに一人で本を読んでおり、直希と仲良くなった後も、病気の自分に負い目を感じていたのか、消極的で、自分から他の子に話しかけに行くことは殆どなかった。


 元気になってからは、自分から会話をしたり、誰かを遊びに誘ったりすることも増えたが、中学校で再会してからの爽太は、その時とは比べ物にならないくらい、何かと亜梨明のそばに寄り添い、世話を焼いている。


「爽太って、あの子のこと好きなんだろ?」

 直希が聞くと、爽太の横で風麻はビクッと肩を上下させた。


「えっ、なんで?」

「なんでって、そりゃあ~お前、あんなに近い距離で話してるとそう思うだろ?」

「そう?」

 爽太は小学校時代から、女子生徒に人気者だった。


 色白で、今よりも可愛らしい顔立ち、優しく穏やかな性格。

 背丈も、今でこそ三人の中で一番高いが、昔は小柄で、直希と比べるととても小さかった。


 そこに、病弱な体質も相まって、クラスの女子生徒の庇護欲をくすぐっていたようだ。


 直希が冬丘小を転校する前も、爽太は度々、クラスの女の子から愛の告白を受けていたのだが、当時の爽太は、特定の女の子と特別仲良くなることはなかった。


 直希の知っている爽太は、そういう人物だったので、今のように、自分から女子である亜梨明にしょっちゅう話しかけに行くことは珍しかった。


「正直に言えよ~!誰にも言わないし、俺らだけの秘密にすっからさ!」

 直希は、大親友の爽太がついに好きな子ができたのではと、ワクワクしながら聞いたが、爽太は、「好きだけど、友達……親友……?」と、照れ隠しなどではなく、本当に恋の『こ』の字も感じられないような表情で考えていた。


 そして、その爽太の隣では、風麻がヒヤヒヤするような様子で、爽太の口元を見ていた。


「うーん……あ、妹」

「は?」

 直希が口を小さく開けた。


「ほっとけないとことか、構いたくなるとこがひなたに似てる」

 爽太は、その例えに納得したように言った。


「ひなたと同じレベルかよ~」

 直希はがっくりと肩を落とした。


「ラ……ラブは無い?」

 風麻は、恐る恐る聞きながら、爽太の返答にソワソワしている。


「僕、恋愛とかまだ興味ないな。彼女が欲しいって気持ちよりも、他にやりたいことがあるし、そういうのは当分いいや」

 爽太はあっさりした表情で、風麻と直希に言った。


「そういうとこ、小学校時代から変わんないなぁ〜。……お前、昔から女子に人気あるのに」

「やっぱりそうなのか……」

 男の子の風麻から見ても、爽太はイケメンの部類に入っているようだ。


 風麻は羨ましそうな視線を向けたが、爽太はニコニコしていても、そのことを自分から自慢するようなことはしなかった。


「でもモテるのに、爽太本人はこんなんなんだよ。女の子の気持ちにすげー鈍感だし、人の恋にも興味なさげ……俺が好きな子できたって話しても、「へぇ~頑張ってね」って、話に食いついて来てくれないしよ~!」

「応援はしたじゃない?」

「俺はもっと、どんな子かとか、可愛いかとか、色々聞いてほしかったのっ!」


 直希は、「しょうがないヤツ」と言いたげな笑みを浮かべながら、爽太の肩を叩いた。


「なのにサラッと、女子の心を嬉しくさせるようなこと言うからさ~」

「僕は、僕が思ったままのこと言っただけなんだけどね」

「て、天然タラシめ……」

 風麻は、口元をピクッとさせながら爽太をますます羨んだ。


 直希は、床に置いていた鞄を持ち上げると、「な~んだ、同情か」と、残念な気持ちで爽太に言った。


「亜梨明を見てると、昔の自分と重なるから……、役に立ちたいなって思っちゃって」

 爽太は、指で頬を掻きながら、参ったなという様子で笑った。


 そんな爽太の姿に、直希は先程まで保っていたニカニカとした笑いを消し、真剣な眼差しで、風麻と爽太を見た。


「爽太、それ……程々にしとけよ」

「えっ?」

 普段は、話し声に笑い声も含めたように話す直希が、あまりに真面目に忠告したため、言われた爽太だけでなく、風麻も緊張したように固まった。


 しかし、直希はパッと、またいつもの表情に戻すと、「あんまり過剰に世話焼くと、好きなんじゃないかって、周りに勘違いされるからさ!」と、歯を見せて笑った。


 ――本人にもな。


 その言葉だけは、とても小さすぎて、爽太も風麻も聞き取れなかったようだが、直希は、遠くからこちら側を見つめていた視線に、ずっと気付いており、そう言ったのだ。


 直希が、その視線を感じる斜め横に目を向けると、視線の主である少女はサッと、ツインテールの髪を揺らして、恥ずかしそうに友の方向に顔を背けた。


「じゃあ、俺部活行くわ。風麻、CDサンキューな!」

 直希はそう言って、二人に手を振りながら去っていった。


「おぉ……。俺らも部活行くか」

「うん、そうだね」


 *


 二人に別れを告げた直希は、立ち話をしている緑依風と亜梨明に、「松山、亜梨明、じゃーなー!頑張れー!」と言い、彼女たちの横を駆け抜けていった。


「じゃーね……」

「頑張れってなんだろうね?」

 緑依風と亜梨明は、疑問符を頭の上に浮かばせて、直希のエールの意味を考えた。


 野球部の部室を目指す直希は、「うーん……こりゃ複雑だ」と唸りながら、先程のやり取りを振り返った。


「(松山が風麻を好きなのは前からで、風麻はあの様子だと亜梨明が好きだな?……でも、亜梨明は爽太が好きで……爽太は……ただの仲間意識……いや、違うな)」


 ――あいつは恐ろしいくらいに鈍感だ。


 自覚は無いだろうが、直希から見た爽太は、亜梨明に自分を重ねているだけのように思えなかった。

 ただ、本人が自分の奥底に眠る感情に、全く気付きもしていない。


「早いとこ気付かせてやんねーと、なんかヤバイことになりそうな気がする……。でもなぁ~、風麻の応援もしてやりたいし、松山の応援もしてやりたいしなぁ~……あっ!」

 独り言を呟いていると、直希の視界に、奏音と並んで歩く青木立花の姿が見えた。


「おーい!立花~!!お前も部活~?」

「……!!デカい声で呼ぶのやめてよっ!恥ずかしいっ!!」

 振り返った立花は、顔を真っ赤にして怒った。


「奏音行こっ!部活遅れちゃうっ!」

「あっ、逃げんなよ~!……ちぇ~っ、最近避けられちゃうんだもんな」


 人の恋路を心配をしている直希だが、彼もまた、恋する男子だった。


「立花も早く、俺の気持ち気付いてくんねぇかなぁ~」

 直希はツンツン頭を、ガシガシと掻きながら、野球部の部室に足を運んだ。


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