第3章 初夏の風ときまぐれ
第22話 一年一組
緑依風が家の外に出ると、隣の家からカチャンと、門を閉める音が聞こえた。
「はよーっす」
緑依風は風麻に「おはよ」と、挨拶を返しながら、自分の家の門を開けた。
「今日から亜梨明ちゃん、学校に来られるね!」
「そうだな」
風麻はそう言いながら、ワックスで跳ねさせた髪をクシャっと軽く握った。
*
緑依風と風麻が学校に到着すると、下駄箱で、相楽姉妹が靴を履き替えている姿が見えた。
「あ、亜梨明ちゃん来てる!」
緑依風は嬉しくて、相楽姉妹に駆け寄って「おはよー!」と挨拶をした。
「おはよう緑依風ちゃん!」
「おはよう」
「亜梨明ちゃん、退院おめでとう!」
緑依風が亜梨明の退院を祝うと、亜梨明は「ありがとう」と、微笑んだ。
「あ、坂下もおはよう」
「おはよう、坂下くん」
「あぁ、おはよーさん」
相楽姉妹と風麻も挨拶を交わすと、四人は揃って一年一組の教室に向かった。
――教室が近付くと、亜梨明はピタッと足を止める。
「…………」
「なーに、まだ緊張してんの?」
「緊張?」
緑依風が聞くと、亜梨明は「うぅ~っ」と唸りながら、奏音の服の袖を掴んだ。
「みんな、隠してたこと、なんて思ってるかなって……考えたら、ちょっぴり怖くて……」
亜梨明は、緑依風や星華達に受け入れてもらった後も、他のクラスメイトにどう思われているか不安なようで、教室まであと数歩で辿り着くのに、その足がなかなか動かなかった。
「みんな何してるの?」
四人の後ろから、爽太がやって来て声をかけた。
「あ、爽ちゃん……!」
「日下、ちょうどよかった!」
奏音が爽太に立ち止まっている理由を説明した。
「――心配ないよ。誰も亜梨明が休んでいる間、悪く言う人いなかったし」
「うん……」
爽太に言われても、亜梨明がまだ躊躇っているような表情でいると、爽太はグイッと、亜梨明の手を引っ張った。
「ほら、大丈夫だって!」
爽太に手を引かれた亜梨明は、驚いた顔のまま、一年一組の教室に足を踏み入れた。
「――あ、相楽さん来た!」
一組の女子生徒が、亜梨明が教室に入った瞬間、そう声を上げて近付いてきた。
「相楽さんおはよう!もう大丈夫?」
「う、うん……おかげさまで」
その女子生徒は、まだ亜梨明があまり話したことの無い人物だったが、女子生徒は「よかった~!」と笑顔で言った。
「亜梨明さん、おはよう!」
「相楽~っ、俺らにも困ったことあったら言ってくれよ!」
その女子生徒だけでなく、今この教室にいるクラスメイトの殆どが、亜梨明に優しい言葉をかけてくれた。
「余計な心配だったな」
「えっ?」
風麻に言われて、亜梨明が振り返った。
「誰も、亜梨明ちゃんが隠してたことに怒ってないよ」
緑依風も、亜梨明の肩にポンッと優しく手を置きながら言った。
「……うん!」
亜梨明は、嬉しさに胸がいっぱいになり、目に涙を滲ませた。
亜梨明は、声をかけてくれたクラスメイト一人一人にお礼を言った。
まだ、名前もよく知らなかったクラスメイトもいたのだが、この機会に知ることができた。
*
キーンコーンカーンコーンと、チャイムが鳴り始めると、廊下から「急げ急げーっ!!」と、星華の声が聞こえた。
「あっ、亜梨明ちゃん来てるーっ!!おはよーっ!!」
寝坊をしたのか、いつも亜梨明の周りにいる友人の中では、一番先に学校に来ていた星華が、この日は髪をボサボサにしながら、一番最後に教室に入って来た。
「おはよう星華ちゃん!」
「おはよーっ!」
「こーらっ、ギリギリだぞ空上」
星華の真後ろで、ピンクのジャージ姿の、波多野先生がため息交じりに言った。
「他の子達も席に着く~。チャイム鳴り終わったよ」
波多野先生に言われると、立ち話をしていた一組の生徒は、自分の席に座り始めた。
学級委員長の爽太が「起立、礼――」と言うと、『おはようございます』と、一組の生徒は声を揃えて、教卓の前にいる波多野先生に、朝の挨拶をした。
「――さてと、久し振りに全員揃ったね!」
波多野先生は、自分の目の前に座る生徒達を見回しながら言った。
亜梨明は、一週間前もこの席に座っていたのに、まるで、今日初めてここに座ったような、真っ白な気持ちで、自分の座席の周りを見渡した。
――今日からが、私の中学校生活、本当の始まりの日だ!
そう思っているのは、亜梨明だけでなく、教卓の前に立つ波多野先生も、同じように思っていた。
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